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屋烏の愛  作者: 又一
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招待状

深い深い森の奥に、

ひっそりと一軒の洋館が佇んでいた。

外壁のレンガはところどころ剥がれ、

その隙間からは苔が顔を覗かせている。

蔦は幾重にも絡み合い、

満月を背に枯れ木に囲まれたその姿は、

まるでお化け屋敷のようだった。

窓のほとんどは割れ、

果たして本当に人が住んでいるのかすら怪しい。


「…はぁ、本当にこんなところに人が住んでいるのか?」


赤みがかった栗色の髪と、

頬に散るそばかすが印象的な青年が、

不気味な洋館を見上げて誰にともなく呟いた。

植物を思わせる装飾が施された青銅の正門は、

錆びつきながらもなお重厚さを保っている。

その隙間を抜け、

生気のない土を踏み締めながら玄関へと向かった。

青年はドアノッカーを叩き、

片手に王宮からの招待状を握りしめて家主を待った。


先日、国王陛下が王太子の花嫁選びのため、

舞踏会を連夜開催すると発表した。

加えて、隣国の姫君たちのみならず、

国中の年頃の娘たちにも招待状を送るよう命じたのである。そのため王宮に仕える騎士たちが配達の任を負うこととなり、一介の騎士である青年もまた日夜奔走していた。


青年の担当地域――ハイム男爵領は、

シュトローベル王国でもとりわけ緑豊かな地である。

そのおかげで配る招待状の数は少なかったが、

最後の一通の届け先が、

まさかこんな森の奥深くにあるとは知らなかった。

王都からの道のりは馬を走らせて半日かかったほどだ。

なぜか森に入った途端、馬は怯えたように嘶き、

いくら手綱を引いても言うことを聞かない。

仕方なく青年は森の中をひとりで歩いてきたのだった。

気づけば周囲の木々には数羽のカラスが止まり、

こちらを伺うように黒い瞳を光らせている。


何度かノックをしても、家主が出てくる気配はない。


「…仕方ない。招待状は扉の前に置いておくか」


そう呟いた青年は、

風に飛ばされぬようそこらの石を重しにして招待状を置いた。


ゴーン、ゴーン、ゴーン――

遠く離れた時計塔が、

十八時を告げる鐘の音を響かせる。

馬を待たせていることを思い出し、

青年は急ぎ足でその場を去った。


その数刻後――

洋館の扉が静かに軋み、一人の少女が姿を現した。

時代遅れのドレスを身にまとい、

足元まで伸びたウェーブがかった見事な漆黒の髪は、

まるでシルクのような艶を放っている。

身の丈は百五十センチほど。

少し幼さの残る顔立ちは、端から見れば精巧に作られたビスク・ドールのようだった。

琥珀色の瞳を足元に向けると、

そこには石に下敷きにされた手紙が置かれていた。


「………」


言葉もなくそれを拾い上げ、中身を確かめた。

宛名には――ミーナ・ホルツ。


『なにそれなにそれ~!』 


近くの木に止まっていた一羽の子ガラスが、

喋りながら少女のもとへ飛び降りてきた。


「……招待状のようね」


彼女の肩に止まった子ガラス――アデルは、

興味津々に手元を覗き込む。


『名前が書いてあるよ~!』

「ええ。私宛てのようね」


少女はアデルの頭を優しく撫で、

再び招待状を見つめた。

王太子の花嫁選びの舞踏会が、

ひと月後に連日開催されるという。

貴族・平民を問わず、

年頃の娘を招く旨が記されていた。

そして招待状の隅には、

小さく【ドレス着用必須】の文字。

恐らく宰相あたりが、未来の花嫁が下級平民になることを危惧して書き加えたのだろう。

つまり、どれほど若く美しくとも、

ドレスを用意できぬ娘は門前払いということだ。


(……招待状なんて、久しぶり。ダニエルに相談してみようかしら)


招待状を手に、少女は静かに洋館の扉をくぐった。

その背後で、

木々に止まっていたカラスたちが一斉に鳴き交わす。

呼び止めるようでもあり、

ただの偶然のようでもある声だった。

少女はふと気になって振り返ったが、

つい先ほどまで黒い影が並んでいた枝にはもうカラスたちはいない。

風に揺れるだけの空白が、

かえって不気味な静けさを際立たせていた。


「アデルは……行かなくていいの?」


肩に止まって寄り添う子ガラスにそっと声をかける。

アデルは小さく小首を傾げるだけで、

『ん……ねむい……』と気の抜けた声をもらし、

ふわりとあくびをした。

そのまま彼女の肩に身を預け、

器用にバランスをとったまま目を閉じてしまう。


「……そう。おやすみ」


少女はほんの微笑を落とし、肩に感じる小さな温もりをそっと確かめるように撫でた。

冷えた空気の洋館へ戻っていく足音だけが、

静かに廊下へ吸い込まれていった。

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