⑦山賊現る(シンボルエンカウント)
館から逃げて二日目の朝。
俺は餓鬼の隣りで膝を抱えてる。
グーと言う音が鳴った。腹が空いた。
吐いたせいでこうなったのだ。
結局吐いた理由はわからないが、恐らく速すぎたせいだ。
餓鬼は気まずそうにこちらを見るが、実は彼もちょっと腹を空いた。
人はみな社会という鎖に繋がれてる、子や親がいれば、その人らの為に働かざるを得ない。
しかし俺は自由の為にこのクソ餓鬼を利用した。
そこは地獄だと俺が勝手に思い込んでしまった。
バチが当たった。自由なんて、ちっとも腹を満たせない。
餓死だけはしたくない。記憶では凄く辛いって話しだ。
そういう系の手記は趣味で見たことある。
まずは頭痛、腹痛、目まいや体力低下。
体重がどんどん落ちきて、それに伴って痛みもひどくなる。
しかしなかなか死ぬことはできず、死ぬまでずっと耐えなければならない。
俺が見た手記の人の最後はこう書かれてた。
「苦シイ」
寒気がする。
飢餓で死ぬなんて、普通に嫌だ。
「ねえ、おにいちゃん、、、もう帰ろうよ?」
今はまだ間に合う。お坊ちゃんだからきっと処罰されないはず。
俺は馬鹿だった。
どう考えても、子供二人で逃げるなんて不可能だ。
一揆とか革命とか戦争とか、全部飢えが仕出かしたものじゃないか。
うん、帰ろう。
「隣り町までは一時間でつく。」
馬鹿だコイツ。ついたところでどうなる?
あのオッサンどう見ても貴族だろう。
「ても、町に入ったら、お父さまに見つかっちゃいますよ?」
餓鬼は吃驚した、思ったことすらないみたい。
「そうに決まったわけじゃないだろう」
「お父さまじゃなかったら、もっと危険かもしれませんよ?
人さらいや盗賊、野生動物もわたしたちの脅威になります。
それにわたしたち金ないし、、、、」
それを聞いて餓鬼は少し眉を寄せた。
「僕が皆殺してくる。金も、奪う。」
「それって、盗賊じゃありませんか、、」
「シュヴィは帰りたいのか?」
「、、、少なくとも飢えません」
「なら僕が金を奪って、シュヴィの腹を満たせるさ。」
素敵な告白だ。内容は不確定で最悪なものだけど、なかなかどうして男前だ。
そうやって会話してると、俺のお腹はまた鳴いた。
餓鬼は俺を軽々と抱き上げ、小屋から出た。空気が湿ってる。
昨晩雨が降ったらしい。鳥の囀りが聞こえる。
「ちょっと遅くする。また気持ち悪かったら教えて」
「はい」
ドンと爆発音みたいな歩きだしだ。しかし風圧はそれほどキツイものじゃない。
昨日のが今よりヤバイらしい。こりゃ時速五十は固いな。
時速五十と聞いてぴんとこない人もいるかも知れないが、
あの家猫と同じ速さです。原付(二)を乗ってる気分。
人間超えてない?
さすがにこれは人間辞めてる。
それにまだ速くなれるし、異能とかそういうもん?
確か俺の一族は「必ず異能を持ち、世界を変える異能の持ち主も多数排出」でしたか、
ということは、「一般人にも異能を持つ人間が現れるが、確率的にそう多くない」
でしょうね。
この速さ、適当に加速度でキックでもすれば人が死ぬね。
しかし何でいきなり異能を持てるようになったんだろう、、、
コイツが言うに、恐らくオッサンは俺の体頼りに次の代で異能持ちを産ませようとした。
つまりあの時点でこの餓鬼は、異能を持っていない可能性はある。
もしくはそこまでの異能じゃなかった、、、
事実確認できないから、幾ら考えても意味ないか。
それよりまたちょっとクラクラしてきた。
やはり三才に、この程度でもキツイか。
やはりもう少し監禁されたほうが良かったわ、しくじった。
「きゅうけい」俺はそう言った。餓鬼はすぐに足を止めた。
「また気分が悪いのか?」
「うん、少しきゅうけい」
「わかった」
木に寄りかかって、俺は彼の膝の上に座らせて、面を向かった形で抱っこされた。
顔が近づいてくる。髪の毛に鼻が突っ込んできた。
「私の匂いがいいんですか?」
無粋にも俺は聞いた。
「じゃあ、別に私を攫わなくてよくないですか?
毎日私の部屋へこれば、嗅ぎ放題じゃありませんか?」
「、、、」返事はこなかった。
俺はとある違和感を感じた。俺を外に連れ出すには、きっと別の目的があると。
でもこの餓鬼に人を殺せるほどの目的って、どうしてもわからん。
数分の休憩をとって、また走り出す餓鬼。
時計もないからどれくらい走ったかよくわからないが、三十分は超えてそうな気がする。
いまだに息一つ上がることなく、ペースも一定に保っている。
俺を抱える状態でマラソン選手のような芸当ができてる。もしこれが異能なら、やべえな。
考え得る限り、偵察、情報伝達、行軍、それと特攻、どれもが手軽に出来ちゃう。
やはり「すばやさ」ゲーか。
何時間走っても、もう吐き気がしなくなった。慣れた。
森の風景にもそろそろ飽きた。ちょっぴり寝るか。
そう思ったとき、餓鬼は再び足を止まった。
どうしたと訊ねようと、俺は顔を上げた。
なんだ?笑ってる。
お目目がパッチリしてて、口元が邪悪に吊り上げとる。
俺も思わず彼の目線先のものをみたくなった。
茂みの向こうに、人がいるだ。
軽く十数人の大人の男が女を積み荷のように、馬車に追い込んでる。
死体もある。死体でヤってる人もいる。
ヒャッハー的な感じではない。もっと湿っぽくて、生々しいものだ。
ジメジメした泣き声はすれど、叫び声は一つも上がっていない。
恐らく叫んだ奴が先に殺されてる。
「どうしますか、おにいちゃん?」
「奪う。金を」
「女たちは?」
「君はどうしたい?」
俺か。うーん。どうするかな。
「盾にします。
このまま町に入っても恐らく怪しまれます、しかし略奪にあった女たちと一緒なら、
自然と奴隷にされかけた子供として扱われます。
どうですか?」
「わかった。ここにいろ、殺してくるわ」
無双予定