⑲黒瀬 学
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西暦2000年七月に、とある男の子が産まれる。
それはひどく不細工な子でした。
顔のパーツが左右非対称も甚だしく。
その皮膚や唇の青さを見た看護師や医者は、
異様に緊張していた。
奇形児である。
しかも高い確率で厄介な病気を患っている。
検査を受ける。
骨格はもちろん、血管、頭蓋骨、気管といった重要な部位は、みな奇形でした。
その中でも一番ヤバイのは血管で、
いわゆる完全大血管転位症と言う病気が発覚した。
本来血液は右心室から肺動脈を伝って肺に潜り、
肺で酸素交換を行い、肺静脈を通して左心房に、
左心房からは左心室に、最後は大動脈へ流れるものだが、
この病気はこの二つの重要な血管ーーー大動脈と肺動脈が逆になったわけだ。
生まれて早々手術をする羽目になるが。
このとき、病院に駆けつけた父が我が子を一目見て、
顔を顰めてこう言い放った。
「なんだこの気持ち悪いのは」
学の父は三十半ばのイケメンである。
目は鋭く、顔もかなり整っていた。まさしくイケメンであるが。
中身は紛れもなくゴミ人間。
彼はすぐに治療を承諾する一方、妻の不倫を疑った。
自分の子供がこんなに気味悪いな訳無いとな。
さて、ジャテン(Jatene)手術ーー完全大血管転位の根治手術に関しては、
見事に成功しました。幸い学の家庭事情はかなり裕福で、そこだけは本当に運が良かった。
学が記憶を持つときから、父と母は日々喧嘩をしていた。
どうでもいいご飯の味から、歩くときの歩幅までけちをつけて、喧嘩する。
なかでも、学のことで、喧嘩することが多かった。
そうだけども、夫婦は離婚することはなかった。
そんな学の趣味は、意外なことに本だった。
ただ別に知識が好きとか、物語が好きとかじゃない。
本のページを捲って読む、それだけだ。
それだけで、母さんに褒められるから。
彼はあんまり頭がよくない、
絵本を理解するにも四苦八苦している様に、ずっと演じていた。
それもこれも、すべてが母に甘やかされるが為に。
実際のところ、絵本どころか、大人さえ難しいと感じる本も、
五つのときに理解できるようになっていた。
認知能力だけは、尋常ではなかった。
けど馬鹿のフリをし続ければ、母に愛される。
歪んでいる。彼自身も理解していた。
しかし、父親の虐待からひと時の休息は、母とのやりとりしかいなかった。
十歳のある日、学は既に何回も読んでいる絵本を持って、
親の部屋を開ける。
しかしそこには、酒瓶を片手にする父と、ベッドで気絶してる母が目に映った。
血が、ベッドに血が。
「あかあさん、、、?」
学は絵本を捨て、逃げた。
自分の部屋へ、自分だけの部屋へ、逃げ込んだ。
ドアに背を向けて、座り込む。
見つめる。窓の外を。空を。
彼はひたすら見つめていた。
どんよりなその非対称な目で、見つめることしかできなかった。
学校はある。彼もそこへ通っていた。
授業は簡単、小さい頃から本を呼んでるおかげで、そこまでむずかしくはなかった。
でもいい点を取ることは御法度。
母にバレるから、ぎりぎり合格で通してる。
授業以外は、とてもつまらなかった。
そんな陰鬱な彼の目と、何をされてもダンマリな彼の態度が、みなに嫌われていた。
だから当たり前とも言うべきか、彼はイジメられていた。
逃げず、抵抗せず、かと言って泣きもせず、無機物みたいに。
まあ、いじめと言っても、子供の嫌がらせなんて、大したことはない。
集団リンチ。
学を椅子に縛って、数人の男の子が順番で彼の腹を殴る。
それを週に一、二回の頻度で行われる。大体は金曜日か月曜日。
彼らはこれを「マモノ退治」と呼んでる。
ラノベの読み過ぎだ。
だが別に友達がいたことがないでもない。
三年生のときに、学には男の子の友達がいた。
名前は井上律という、可愛らしい男の子でした。
「はじめまして、りつといいます」
ぺこりとお辞儀をする。
周りがどれだけ「やめなよ、あんな子と話すの」と忠告するも、
学には普通に接していた。凄まじくいい子である。
そんないい子で、顔も可愛いゆえに、男の子にも女の子にも、モテてた。
当然学もそうでした。
一目惚れ。そうとしか言えなかった。
まだ男女の差があまりない年頃でした。
けどあるときを境に、律は変わった。
リンチを遭わせる学を、律は見てしまった。
見られてしまった。
当然、学のことを助けようとした。
でも多勢に無勢、律は殴られた。学と一緒に殴られた。
顔がボロボロで、泣きっ面に血が滲み、彼はやめて、僕を殴らないでと願った。
そしたらイジメ集団のリーダーの子がこう言った。
「じゃあ、君も俺たちと一緒にマモノ退治、しようぜ?
そしたらもう君を殴らない、どう?」
躊躇した。一瞬だけ。すぐに頷いた。それも思いっきりに。
痛みは人を変える。痛みは彼を、学の唯一の友達である律を、赤の他人に変えた。
律は泣きながら学を殴った。
痛くない。
学は律の顔を見つめる。
鼻水が垂れてる、ひくひくしている。
「綺麗だ」
学は律に向かって、笑った。
初めてだ。
こんなにいい気分だ。
それは、学が、彼が、生まれて初めて、
この世に、美しいと感じた瞬間だった。
そのときを境に、
律は友達ではなくなった。
「天使だーーー」
それは崇拝と言っても差し支えないモノだった。
「もし生まれ変わるならーー」
オレだけのモノに。
そう思うことすらあった。
しかしシアワセは続かなかった。
中学になった頃、天使は引っ越した。
その日以降。学はひどく退屈になった。
退屈しのぎに、自分がイジメられたところを隠し撮りして、
それを証拠に、いじめてた学生を次々と強迫し、
自殺で死んだ奴までいたが、自業自得としか言えない。
死んだその日までに。
天使とは、二度出会えなかった。
☆☆☆
みーつけた