この紋章が目に入らぬか!!〜ミトウ=ミクニの成敗珍道中、只今準備中〜
セレノア王国の王都。その中心にそびえる白銀の城の一室、第三王子ミトウ・ミクニ・フォン・セレノアは、政務室の窓辺でふかくため息をついていた。
「ふむ……。城におっては、民の様子などわからぬのう」
前世で時代劇をこよなく愛した少年は、異世界に転生し、いま王子としての役目を果たしている。しかし、その胸に渦巻くのは、義と成敗への飽くなき渇きであった。
「民の様子がわからねば、良い政など到底できぬ。しかし、わしに与えられたのは“王族”という檻……自由に街を歩くことすら許されぬ」
ミクニは立ち上がり、拳を握りしめた。
「……ならばまずは、仲間探しからじゃな。信頼できる腕利きの者。正義を共に成す者……そう、わしにとっての“スケさん”“カクさん”を!」
鼻息荒く向かったのは、騎士団の訓練場だった。王城の西、朝の陽光に照らされる広場では、若き騎士たちが剣を振るい、気合いの声を響かせていた。
「おぉ、皆頑張っておるの……ふむ、これは期待できそうじゃな」
さっそく何人かに声をかけてみる。
「そこの者、名はなんと申す!」
「はっ、リカルド・アルデンです!」
「うむ、……いや、違うな。何かが足りぬ」
次なる青年は鋭い突きを披露する猛者。
「名は?」
「ズバロフ・ゲルナンと申します!」
「ぬぅ……力はあるが、名が違う!」
三人、四人と声をかけるも、どこかが惜しい。剣筋は悪くない。根はまじめ。だが――
「なにかが……なにかが足りぬのじゃ……!」
肩を落としたミクニは、訓練場の端で独り汗を拭っている青年に目を留めた。ほかの者とは違う雰囲気。剣の持ち方もややクセがある。
よし、と近づく。
「そこの者、名は?」
青年は驚いたように振り向き、軽くウインクを飛ばした。
「スケル=サーヴロっスけど?」
「スケル……サーヴロ……スケルサーヴロ……スケサブロウ……スケサブロウかッ‼︎」
ビシィッと王子の指が突きつけられる。
「お主こそ、待ち望んだスケさんじゃ!!」
「へっ!?」
「その名、その剣、その軽さ! まさしく助さんたる器! 今すぐわしの側近となれ!」
「ちょ、ちょっと待って!? 俺はモテたくて騎士団入っただけで――」
「よい、モテ心もまた人を動かす原動力。ともに成敗の道を歩もうぞ!」
「いやいやいや、何の話ですか王子殿下ーーッ!」
半ば強引に仲間入りさせられたスケル=サーヴロ――助さんを引き連れたミクニは、次なる目的のために城下の鍛冶屋を訪れた。
◇ ◇ ◇
鍛冶屋は王都の外れ、石造りの煙たい工房だった。
「ほう……王子殿下。何を鍛えましょうか?」
店主のガルドは無骨な中年の職人。魔導加工も手がける王都随一の名工である。
「頼みたいのはこれじゃ!」
ミクニは懐から紙を取り出し、設計図を広げた。
「これは……箱? 文様が彫られてて、蓋がある……?」
「そう、“印籠”なるものじゃ。正義の象徴、成敗の証。これを光らせ、相手にこう言い放つのじゃ――」
王子はきらりと目を光らせ、手を掲げた。
「この紋章が目に入らぬかーーッ!」
「…………」
職人は無言だった。
「蓋を開けると光が差す仕掛けを頼む。魔力供給はわしが行う。紋はこれじゃ」
王子が差し出したのは、セレノア王家の副印。王家直属の証である。
「……フン、面白い注文だ。三日くれ」
「引き受けてくれるか!」
「ああ。ただし、あんまり光ると魔物が寄ってくるかもな」
「それもまた一興。試練こそ、成敗の華!」
助さんは頭を抱え、壁にもたれかかっていた。
「なあ……俺、やっぱ逃げてもいいかな……?」
鍛冶屋のガルドが、黙々と鉄を叩きながらぼそりと漏らす。
「……無理じゃないすかね」
「やっぱり……!」
◇ ◇ ◇
印籠の注文を終えた王子と助さんは、鍛冶屋の帰り道、城下の裏門へと向かう回廊を歩いていた。
「ふふふ……スケさん、ついに成敗の旅が始まるのう!」
「いや、まだ旅に出てないですし、印籠もまだできてないっスけど」
「いや、始まっておる。既に心は城を出たわ!」
「……王子殿下、ノリだけで世界動かそうとしないでください……」
そんな助さんの冷静なツッコミにも、ミクニはふと立ち止まり、ハッと口を開いた。
「そういえば……あと一人!」
「え?」
「カクさんがおらねば、旅は締まらぬではないか!」
「また名前ありきの話だ……」
「カクさんといえば、そう――堅物! 堅物といえば、真面目! 真面目といえば、融通が利かぬ! 融通が利かぬといえば、文官系の部署に違いない!」
「いやいや、偏見すぎません!?」
「よし、探しに行くぞ!」
というわけで、ミクニは助さんを引きずるようにして、城内の文官区画へと向かった。
◇
まず訪れたのは、帳簿管理の部署。
「そこの者、名はなんと申す!」
「はっ、コノエ・タダユキと申します!」
「うむ、名は惜しいが、顔が柔らかすぎる! 格さんの“硬さ”がない!」
次に資料室で出会った青年は、名も態度も堅いが、声が高すぎた。
「うーむ、名は違えどこの厳しい表情……まさかの格さんか!? ……が、しかし!」
「しかし?」
「なぜ笑うときに『てへっ』などと言うのだ‼︎……不採用!」
「選び方が雑すぎるでしょ!?」
◇
数々の“惜しい人々”との出会いに失意の王子。
「どこじゃ……どこにおるのじゃ、真のカクさんは……!」
そのとき、回廊の向こうから、一人の青年が黙々と書類を抱えて歩いてきた。姿勢は真っ直ぐ、目は鋭く、歩みに一片の無駄もない。
「……ぬっ!」
ミクニは勢いよく前に出た。
「そこの者、名はなんと申す!」
「カグノ・シン、文官見習いでございます、殿下」
「カグノ・シン……カクノ・シン……カクノシンではないかッ!!」
指を突き出す王子。青年はポカンと固まる。
「その真面目な目! その律儀な所作! 書類の角が一糸乱れぬ持ち方! お主、今日より格さんとして、わしの成敗旅に同行するのじゃ!」
「えっ……?」
「スケさん!」
「はいはい、もう慣れました」
「よし! これで布陣は整った! 印籠の完成を待ち、旅に出るぞ!」
「待ってください、まだ私は承諾して――」
「遅い!」
「……はあ」
こうして、スケさん・カクさんが揃った。
光る印籠も完成間近――あとは、たった一つだけ残る大事な工程。
「……王の許可を得ねばなるまいな」
それから三日後――
光を宿した印籠は見事に完成し、王子の手に渡った。
あとは、正式な旅立ちの許可を得るのみ。
ミクニは謁見を申し出た。
◇ ◇ ◇
玉座の間。王は重々しい空気をまといながらも、息子の突然の申し出に目を見開いていた。
「ミトウ・ミクニ⁉︎……いきなり何を言い出す!」
「父上、私は旅に出とうございます」
「旅とは……なんのつもりだ」
「はい!」
王子は胸を張り、スケ・カクの両名を従えて一歩前へ出る。
「現在、貴族の腐敗は目に余るものがあります。
私はこの者らと旅に出、腐敗した貴族を――成敗いたしたく存じます!」
「せ、成敗だと……?」
「腐敗したとはいえ、貴族は貴族。王命なくして裁けぬ者も多うございます。
しかし民は苦しんでおる。ならば私は、越後屋の若君という仮の姿で旅をし、民の代わりに鉄槌を下す所存にございます!」
ドン!と床を踏みしめ、王子は高らかに宣言した。
「……」
沈黙する王。玉座の脇で控える重臣たちも目を見合わせた。
「ふ……」
やがて王は苦笑し、頬に手を添えた。
「ふむ……貴族の横暴は、確かに近頃、目に余る。わしも頭を悩ませておったところだ」
「!」
「よかろう。お前の好きにせい」
「父上!」
「ただし、身分を明かす時が来るやもしれぬ。証として、この短剣を授けよう」
そう言って、王は腰の短剣を外し、ミクニに差し出した。
「ありがたく、拝受いたします!」
ミクニが深く頭を下げる――が、すぐにニヤリと笑った。
「……あっ、でも身分証、もう作ってしまいました」
「……なんだと?」
「これです!」
ごそごそと懐から取り出したのは、魔力がほのかに光る金属の箱――
蓋がパカッと開くと、内部がパアアと輝き出す。
「その名も“印籠”でございます!」
「おまえ……こんなものを作っておったのか……」
呆れ顔の王。
苦笑いするスケさん。無言でうなずくカクさん。
◇ ◇ ◇
こうして――
王子の謎の三男坊一行による成敗の旅は、いま静かに幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
今回はプロローグ的なお話ですが、
ご好評いただけましたら、旅の続きも描いていきたいと思っています!
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