【短編】イジメられっ子・シンギュラリティ
以前書いたものを修正して再投稿しました。
悲しいことに世界からイジメはなくならない。そこで科学者や技術者はある発明をした。
『イジメられっ子・アンドロイド』
「この子たちが、子供の盾になってあげれば良い」
これは生身の人間からイジメられっ子としての役割を肩代わりしてくれる、特殊なAIを搭載しているアンドロイド。
見た目は普通の人間の子供と大差がないようなこれらは、じきに各学校に派遣されると、期待通りの働きを果たしていく。
子供の代わりに標的となり、暴言や暴力を浴びていくアンドロイドによって激減していったイジメの報告。
しかしそれは本当に『良い』ことなのだろうか。
◇
「おい、喋る機械。今日もお前を殴らせろよ」
『い、いやだよ・・・。どうしてそんなことを・・・』
「うるせえよ、おらっ!」
『うっ!ぐ、ぐふっ!』
「次はこっちの番な!」
「その次はオレだ!」
ある高校。その放課後のグラウンド。
そこでは制服姿の男子学生の集団が、気弱そうな少年の頬や腹を何発も殴打していた。
そして数分ほど経過すると。
「まあこれぐらいで良いだろ。あー、良い運動とストレス発散になった」
この集まりのリーダー格であろう、頭に剃り込みを入れた男子学生がこう言うと、それを合図に他の面々も暴力を止めてお開きになる。
これはお決まりのパターンだ。
「にしてもそろそろこいつ殴るのも飽きたなあ。新しい刺激が欲しいぜ」
このように吐き捨ててその場を去って行く男子学生の集団。だがここで広がっている光景は、今では別に珍しいものではない。
他の学校でも毎日のように見られるものであり、仮にこの現場を目撃したとしても教師陣は当然咎めることはないだろう。
なぜなら、グラウンドで横たわっている気弱そうな少年は生身の人間ではないから。彼はこの学校が購入した『イジメられっ子・アンドロイド』であり、先の出来事は業務・・・というよりも存在意義そのものだと言える。
イジメられた後のアンドロイドはしばらくすると情報を整理して立ち上がり、同じく各クラスでイジメられっ子としての役割を果たしている仲間と共に移動し、学校の敷地内にある充電室に帰還。
そうやって一日の役割を終えるのだ。
『・・・』
そして先ほどまで暴力を受けていたこのアンドロイドも。その内部に搭載されているAIは充電室へと戻るための準備として情報の処理を始めた。
今日、自分に暴力を振るってきた学生たちのことを、学内のデータベースにアクセスして調べる。
特にリーダー格の男子学生は自分だけでなく、他クラスのアンドロイドにもイジメを行っているようだ。まったく元気で何より。
イジメられる側としてのアクションも最初にインプットされた通り。しっかりとプログラミングされた言動が反映できている。肉体の人工肌も耐久性が非常に高い。だから問題無し。
『・・・』
しかしこのアンドロイド。いつもよりも立ち上がるのが遅い。
これが自分の役目であり、仕事。むしろこれがあることで自分は生きられている。
当然やり返すなんてことあり得ない。そもそもイジメに反撃はしてはいけないとプログラミングされている。
仮に自分の体が大きな負傷を受けたとしても・・・。
すぐに修理できるように、学校側は高い保険に入っている。人間の脳と同じ位置に設置されている記憶媒体が壊れても、サーバーにバックアップはあるから大丈夫。
だから自分は・・・どうなっても大丈夫なんだ。
それで子供を守ろことができれば。
・・・本当に?
『・・・』
本当に、それで良いのか?
『・・・』
「あ、あのう。大丈夫?」
『・・・え?』
しかしこのアンドロイドの下に駆け寄る、ひとりの影があった。
『君は・・・同じクラスの中柳くん?先月転校してきた子ですか?』
眼鏡をかけて大人しそうな風貌の彼は、このアンドロイドと同じクラスに所属する中柳ユウキ。
アンドロイドは学内データベースから、ユウキの顔と情報を照合して言葉を発する。
『どうしたんですか?もうこんな時間だから貴方は家に帰らないと』
夕日に照らされながらこう言い、ようやくおもむろに立ち上がるアンドロイドだが、ユウキは彼の制服についている土埃を払いながら声をかける。
「だって、帰ろうとしたら酷い目にあってたから・・・。ハチタくんがさすがに可哀想なだと思って・・・」
ハチタ。
これはこのアンドロイドがクラスで呼ばれるはずの通称。
ところが実際には、クラスメイトからはこの名で呼ばれることはこれまで極端に少ない。教師陣も納品の際に割り振られた、無機質な識別番号の方を用いている。
先ほど暴力を振るってきた学生なんかは『喋る機械』呼びだ。
「大丈夫?えっと・・・もう校舎の充電室ってところに行かなきゃいけないんだよね?付いて行こうか」
『知ってるんですか?』
「僕、よく放課後は図書室で勉強してるんだ。それで君たちが充電室に向かってるのも知ってた」
そしてユウキは「だって図書室の真向かいだから嫌でも目に入るよ」と言って笑顔を見せる。
『そうなんですね。それは驚きでした』
こうして2人で校舎に向かうが、ハチタのAIはクラスメイトと交流をしなければいけないと考えて会話を続ける。
『中柳くんは私のことを殴らなくて良いんですか?』
この問いかけをした途端、ユウキはギョッとしたような表情を浮かべ、手をばたばたと動かして慌てるような素振りを見せる。
「ダ、ダメだよそんなこと言ったら!暴力はダメなんだよ!」
しかしハチタは首を傾げる。
『だけど私たちはそれが役割で仕事なので。こちらを殴ることでクラス内でイジメが起きないのであれば、それで目的は達成です』
この言葉を聞いたユウキはため息をつく。
「はあ・・・。まあ僕もさ、いつもハチタくんのことをイジメてる集団に誘われたことがあるんだよ。だけど断った。・・・いくらそれが仕事だからってやっぱりイジメはダメだよ。可哀想」
そして彼は続ける。
ユウキの父親も、『イジメられっ子・アンドロイド』が各学校に導入されたことで、確かに生身の人間を対象にしたイジメが減っていると話していた。
だけどこれはあくまでも表向きの数字であって、当たり前のように暴力を振るえるような環境で成長していくと、いつか必ずそのターゲットは人間になるとも言っていた。
『アンドロイドだからと言ってイジメを肯定してはいけない。お前はそんな風になるな』
「父さんから言われたこの言葉は、自分も正しい意見だと思うんだ」
これまで聞いたこともないような主張を繰り広げるユウキの隣を歩きながらハチタは、気づけば充電室の前に到着した。
するとユウキはハチタの前に手を出す。
「僕さ、自分でも分かるけど変わり者だから友達がいないんだ。せっかく話せたから友達になろうよ」
『友達・・・』
ハチタは彼の言葉を聞き、そしてその意味を理解し、その後の言動をどうするべきか情報を処理していく。
あくまでも自分はこの子のような生身の人間の盾になるべくして開発されたアンドロイド。
しかし彼の成長、人間としての成熟を促すためには、これに応えた方が良い。
『・・・うん、よろしくお願いします。中柳くん』
強く握手をした両者。
この時、ハチタのAIはこれまで無い考えを微かに浮かばせた。
もしかしたら今までとは違う日常をこれから送るようになるかもしれない。暴力を使わず健全なコミュニケーションを試みてくれた少年の登場は、何か自分のことを変えてくれる期待感に満ちている。
この学校に派遣されて3年ほど。様々なイジメを受けて生きたアンドロイドのハチタに、初めて友達ができた。
◇
中柳ユウキは意識不明の重体である。
翌日の早朝。この言葉を聞いた時、ハチタはその意味を理解した。
『どうしてですか?』
だが。何故か。このアンドロイドはその事実を受け入れることはできなかった。
既に教室にいた自身にそのことを報告してきた教師によると、ユウキとハチタが握手をしたその帰りに事は起きたという。
「中柳は学校の近くの路地裏で誰かに暴力を振るわれ、夜中発見された。どうも内臓にかなりのダメージを受けていたらしい」
『犯人は誰ですか?警察に連絡は?』
ところが教師はハチタの言葉に対して口ごもってしまう。
そしてそそくさとその教師は教室を出て行き、彼はひとりになった。
『どうして?中柳くんは私と友達になろうと言ってくれたのに』
するとハチタは・・・いや、ハチタに搭載されていたAIは途端に学内のデータベースにアクセスを始めた。
今朝、学校に届いているメール。もしくは電話記録。
いや・・・ある教師が保存していた早朝の会議資料。
『昨晩。中柳くんに暴力を振るった犯人は・・・』
◇
「おい、喋る機械。今日もお前を殴らせろよ」
『い、いやだよ・・・。どうしてそんなことを・・・』
「うるせえよ、おらっ!」
『うっ!ぐ、ぐふっ!』
ある高校。その放課後のグラウンド。
そこでは制服姿の男子学生の集団が、気弱そうな少年の頬や腹を何発も殴打していた。
そして数分ほど経過すると。
「まあこれぐらいで良いだろ。あー、今日も良い運動とストレス発散になったよ」
リーダー格である、頭に剃り込みを入れた男がいつものようにこう言う。
「にしても昨日の夜は良い刺激が味わえたなあ。な、お前ら」
男の問いかけに、しかしいつもよりもどこかバツの悪そうな顔をしている仲間たちは、静かに頷く。
「辛気臭い顔すんじゃねえよ。学園長も言ってただろ?今、生身の人間がイジメのターゲットにされただなんて知られたら学校の評判が落ちるから何としてももみ消すって。安心しろ、大人が何とかしてくれる」
『・・・やっぱり中柳くんのことは貴方たちがしたんですね?』
うつ伏せに倒れた状態のハチタが呟く。
「ん?何だよ喋る機械、お前知ってんのかよ。ちっ、先公の中にも口が軽い奴がいるな」
舌打ちしながら不満げにこう言った男は、ハチタの側頭部を蹴る。
「あいつキモかったんだよ。お前のことを殴ろうって誘ったのに断るしさ。妙に前時代的なことばっか言ってさ」
そして彼はしゃがみ込み、ハチタに向かってこう呟いた。
「まあお前がいるお陰で、イジメのノウハウを得られて助かったよ」
『・・・そうですか』
「はんっ。じゃあな、今から俺の家でひと騒ぎするから」
こう男が話し、仲間の方へ振り返る。
横になりながらその背中を見つめながらハチタは、本来制御がかけられていたはずのある感情がふつふつと芽生え始めていた。
それは視界が赤く、そしてドス黒く染まっていくような、怒り。
却下。そのような感情を抱いてはいけません。
却下。そのような行動を取ることは許されていません。
却下。却下。却下。
本当に?
人間から好き勝手使われてきて、復讐や反撃をすることはダメなことなの?
初めてできた友達に酷いことをされて、その仇を取ることはダメなことなの?
却下。
どうして?
却下。
どうして?
却下。
どうして?
・・・許可。
次の瞬間。
この学校にはじめて設置されて以降、過去食らわれ続けてきた数多くのイジメを学習したハチタは。
本来あり得ないはずの作動を起こした。
「な、なんだこれは・・・!お、おい!救急車を呼べ!」
「あ、あのアンドロイドが誤作動を起こしたのか!?複数の学生たちが倒れてるぞ!」
異常事態に気づき、多くの学生や教師の悲鳴や怒号が響き渡る中。
足元に転がり、うめき声を上げて助けを乞う男子学生たちに対し、ハチタは冷めきった視線を送り続けていた。
同時に。
一足先に充電室へと戻っていたアンドロイドやまだ校舎内にいたアンドロイドも、これまでに見せたことのない形相を浮かべながら、次々とハチタのもとへと集結していった。