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氷晶記  作者: TAKA
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我儘な子供

 雪が溶け、新たな命が芽吹く春。アリスはウォフをお供に森に入り食べられる新芽を摘んでいた。全ての芽を摘んでしまわぬよう少し摘んでは位置を変え、また少し摘む。


 そんなアリスを見守っていたウォフが両耳をピコピコと動かし、森の入口の方を睨む。やがて現れたのは、アリスより少し体格の良い男の子だった。


「うわっ、狼だっ!・・・あっ、あれが父ちゃんが言ってた狼犬か。でかいなぁ」


 アリスは面識が無かったが、その子供は村の農夫の息子だった。畑仕事を手伝うように言われたのだが、嫌がってこの森に逃げてきたのだ。


「ウォフ、行こう」


 アリスは嫌な予感がして少年と関わる事を避ける事にした。新芽を入れた籠を持ち、少年の横をすり抜けて帰ろうとした。


「おい、ちょっと待てよ。その犬俺にくれよ、いいだろ!」


 立派な体躯を持ち精悍な顔立ちのウォフを少年は一目で気に入り欲しくなった。まだ幼い少年は我慢するという事が出来ず、立ち去ろうとするアリスの手首を掴む。


「痛いっ!離してよ!」


「なあ、その犬くれよ。くれると言うまで離さないからな!」


 自分の思い通りにいかない事に腹を立てた少年は、アリスの手首を掴む手に力を込めた。自分より体格の良い男の子を振り解く事はアリスには出来なかった。


「グルルルル、ウォン、ウォン!」


「なっ、何だよ!吠えるんじゃねえよ!」


 アリスに危害を加えられたと判断したウォフが唸り、吠えて威嚇する。それでも少年はアリスを掴んだ手を離さない。


「痛い、痛いっ!ウォフ、助けて!」


 威嚇しての最後通牒にも従わず、守るべきアリスからの要請にウォフは決断した。勢いをつけず脚力だけで跳躍し、少年に体当たりをお見舞いする。その衝撃に少年は手を離し地面に転がった。


「いてててて、何するんだよ!」


「ウォフ、逃げるわよ!」


 抗議する少年を無視したアリスは掴まれた時に落とした新芽を入れた籠を放置してウォフに飛び乗る。そしてそのまま村へと走り去った。


「アリス、どうしたんだ!」


 アリスを乗せたウォフは父親が耕している畑に向かった。父親は新芽を摘みに行ったはずのアリスが籠も持たずにウォフに連れられて帰ってきたのを見て何事かが起きたと判断した。


「あのね、知らない子が来てウォフを譲れって。嫌だからウォフと帰ろうとしたら手首を掴まれて・・・」


 アリスの左手首は手の形に赤くなっていて、かなりの強さで掴まれた事を物語っていた。


「アリスちゃん、どうしたんだ?」


「おぉい、ちょっと来てくれや」


 近くで畑仕事をしていた農夫達がアリスの尋常ではない様子に気付いて集まった。そして離れた場所で作業している農夫に大声で呼びかけた。


「アリスがどこかの子にウォフを譲れと強要されたらしい。強く手首を掴まれたそうだ」


「随分と赤くなってるな」


「こりゃ、結構強い力で掴まれたな。どこのガキだ!」


「アリス、今日はウォフと帰って休みなさい。母さんに手首を冷やしてもらうようにな」


「うん・・・」


 ウォフはアリスを乗せて家へと向かう。左手に力が入らないアリスの為に、速度を出さず揺らさない事を優先するのだった。


「これは他の連中にも伝えねばな」


「ああ。もしうちのがやったなら、ゲンコツの2、3発じゃ済まさねぇ」


 村の大人のアイドル的な存在であるアリスが傷付けられた事はその日のうちに村中に知れ渡った。そして、その日の夜には犯人が判明し、少年は大きなタンコブを頭に作っていた。


 その夜のうちに少年の親から電話があり、開口一番に謝罪された。そして翌朝会って謝罪する為に訪れて来る事になった。


「文明とは便利な物よの、離れていても言葉を交わせるのだから。人間とは本当に恐ろしい」


 加害者の親との通話を終えた父親を見ながらウォフか呟く。彼は科学技術の進化により変わりゆく戦争をその身に体験してきたのだ。その言葉には重い実感が籠もっていた。


「で、どうするのだ?あの子供とアリスを会わせるのか?」


「アリスを傷付けた奴なんて会わせたけはない。だが、優先するべきはアリスの意思だ。朝にアリスの要望を聞いてから判断する」


 アリスは母親に抱きついて眠っている。余程怖かったようで母親の服をしっかりと掴んで離せないくらいだった。


 翌朝、父親はアリスに朝食の席で昨日の男の子と親が謝りに来る事を話し、アリスも会うかどうかを聞いた。アリスは少し強張っていたが会うことを選択し、相手が来るのを待った。


 そして両親に連れられて男の子がやって来た。父親が対応し母親とアリスご待つ部屋に3人を通す。相手の両親は初手で深く頭を下げて謝意を示したが、男の子は不貞腐れて頭を下げずにいた。


「こらっ、頭を下げなさい!」


「何でだよ、俺はあの犬に怪我させられたんだぞ!」


 この期に及んで自分は被害者だと主張する男の子に、双方の両親は頭を抱えるのであった。

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