プロローグ 盛者必衰
日が傾き、青年と神獣は村長の家に泊まる事となった。村を救った恩人をそのまま帰す訳にはいかない、という村長の言葉に従ったのだが、倒した兵士の仲間が来るかもしれないという危惧もあった。
村人達から差し入れられた食べ物を使った料理をいただき借りた部屋に落ち着いた青年は思考を巡らせる。食事後に村長に質問をしたのだが、その答えは良いものではなかった。
「魔物も、魔法も、魔王も知らない。そんな事はあり得ないが、嘘を言っているようには見えなかった」
「魔王は世界中に魔物を放ち侵略の魔の手を広げていたからな。魔物が居ない国など存在しない」
青年と神獣が居た国は、世界を支配せんとする魔王やその配下と戦ってきた。青年は代々伝わる能力を使った支援が主任務ではあったが、数え切れぬ魔物を倒してきたのだ。
「これはもう確定だな。ここは我らが住んでいた世界と異なる世界だ。そうでなければ説明が付かない」
「フェル、世界は複数あるのか?そんな話は聞いた事が無いぞ」
「我も世界神から聞いただけで存在を確認したのは初めてだ。我らの力をもってしても世界を越える事は出来ぬらしいからな」
青年は悔しそうに顔を歪めた。神の僕である神獣が世界を越えられないのならば、元の世界に戻る事は不可能だと言われたに等しいのだ。
「不幸中の幸いなのは、手持ちの氷晶を渡した後だった事か」
「そうだな、俺達には渡した分で魔王軍に勝利出来る事を祈るしか出来ない。そう言えば、ここでも氷晶を作れるのか?」
「やってみよう・・・出来るようだな」
青年が目を閉じて集中すると、青年の顔の前に蒼い水晶のような石が生み出された。重力に従い落ちた石を青年は両手でキャッチした。
「この世界には魔法が無いようだから、我以外には意味がない石だが無いより良かろう」
「フェルの魔法を増幅出来るのは有り難いさ。この先頼る事は多くなりそうだしな」
青年が生み出した結晶には魔法を増幅する効果があるようだ。青年は魔王軍との戦いにおいてそれを味方の魔法使いに配る事で戦闘に大きく寄与していたらしい。
この世界で生きるしかないと腹を括った青年と神獣は、村に住み着く事となった。隣国の侵略を受けている現状、強力な戦力である二人が住むのは村にとって大きな利となった。
彼らは襲い来る隣国兵を剣と魔法で撃退し続けた。その噂は近隣に広がっていき、彼らの助力を求める声は大きな物となっていく。不思議な力で侵略者を凍らせていくフェルは神の使いだと評判になった。
隣国の侵略を防ぎきった彼らは人々に請われ独立した王国の設立を宣言する事となる。初代国王には何度も断ったが押し切られた青年がついた。
王権とは神により授けられるというのが通説だ。神の使いであるフェルと共に居る青年が王にと求められるのは当然の帰結と言える。
神聖アイスフェル王国は、小国でありながら大国の干渉を跳ね除け続いていった。神の加護など嘘に決まっていると侵攻した国は、真夏だろうと氷弾で凍らせられるという理不尽な攻撃により撃退された。
しかし、永遠に続く王国など存在しない。それは神聖アイスフェル王国といえども例外では無かった。人類は神の奇跡に対して科学技術の発展という手段で対抗した。
東の大国が西に拡大を続け、神聖アイスフェル王国もその脅威に晒されたのだ。フェルか氷晶による底上げをしようとも、高空から爆弾を落とす飛行機や遥か遠くから砲弾を飛ばす大砲には敵わなかった。
時の国王は神獣に王妃と産まれたばかりの王子を託し城から脱出させた。そして兵を指揮し国民が避難する時間を稼ぐと最後まで戦い戦死した。
王国を脱出した国民は散り散りとなり、大国に呑まれた王国は次第に忘れられていく。守護神と崇められた狼も、国宝と言われた蒼き結晶も人々の記憶から消えていった。
そして、王国を征服した大国も衰退する運命からは逃れられなかった。世界を巻き込んだ大戦は乗り切ったものの、政治の混乱に乗じて西方の地域が独立。滅びはしなかったが版図は大きく削られてしまったのだ。
それでも大国と呼ばれるだけの国力を維持し、国の指導者はいつか失った国土を奪還する事を願いつつ国を動かしていく。
更に時は流れ、かつての大戦を経験した者は少なくなっていた。大国と言われる国々は競争相手となる大国と水面下で手を繋ぎ、牽制し、威嚇する。
そんな中、大国に接する小さな国の小さな村で一人の少女が誕生した。優しげな両親と大きな飼い犬に見守られた赤子は、柔らかい布に包まれすやすやと眠る。
世界の人々は知らなかった。この時から僅か5年後に、未知の病が世界を席巻する事になる事を。そして、世界のエネルギー事情を一変させる発見が成される事を・・・