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「やべええええ!!禅輝、ラストスパートだあぁぁぁ!!」
後方から聞こえてきた変態の声に反応し、俺は声を張り上げた。
後ろから迫り来る、地面を強く蹴る足音。
それは俺達が地面を蹴る音とは何もかもが違っていた。
ドン!ドン!と響いてくるその音に、俺の走って掻いていた汗は一瞬にして引き、代わりに鳥肌が止まらなくなっている。
俺の身体は警告しているのだ。
このままではお前に未来はない……とな。
「後200mだ!足がちぎれてもいいから走れえええ!!」
「だあぁぁ!くそっ、こうなりゃヤケだ!亮太!走らなくてもいいのに付き合ってやってるんだから、今日の昼飯奢れよぉぉぉ!!」
「ありがとよっ!親友ぅぅぅ!!」
2人は気合いを入れ直し、力強く足を踏み出した。
それは絶対にユナに捕まってやるもんかという意思だけではない。
親友の為に、そしてそれに付き合ってくれる親友の為に……そんなお互いを思う気持ちが2人に更なる力を与え合うのだ。
「おぉぉぉぉ!!」
「おぉぉぉぉ!!」
2人は更にその足を加速させた。
学校までの距離は残り100m。
さっきまでのペースだったら間違いなく捕まっていたが、今のペースで走り抜けたらユナに捕まる事はない……なんて事はない。
「亮太くん……もう逃げられないよ?」
「……え……」
ビュンと風を切る音と共に、すぐ後ろからから聞こえてくるその言葉に禅輝は絶望を覚えた。
凡人が良い感じの雰囲気を出し、多少思いの力で強くなった所で、怪物には及ばない。
それを今、まざまざと突き付けられたのだ。
必死に走ってはいるが、残りの距離は約50m。
だが、ユナと2人との距離はもう5mもない。
このままいけば間違いなく、捕まる事になるだろう。
こうなっては、もはや打つ手はない。
勝敗は決した。
この勝負……俺の勝ちだ。
「計算通りだ」
亮太はボソリと呟き、ニヤリと笑った。
ユナの身体能力のデータは今までの攻防を通じて殆ど把握している。
どれくらい足が早く、そして……どれくらいの時間で「俺の家から高校まで走る事が出来るのか」までな。
故に亮太はユナが超水圧砲から抜け出した時点で、こうなる事を確信していたのだ。
学校の直前でユナに捕まるという未来を……
そして、その未来を確信した時に決意していたのだ。
親友を同行させ、ユナに捕まるその直前……最後の切り札として彼を使う事を。
「禅輝!お前の犠牲は無駄にはしねぇぇ!」
そう言って亮太は禅輝をユナに向かってドン!と押した。
彼の親友を貶めるこの行動は、側から見たらただのクソゴミにしか見えない事だろう。
だがあえて言わせてもらおう。
それはクソゴミに失礼だ……とな。
「亮太ぁぁ!てめえ、計りやがったなぁぁ!!」
「亮太くん!私に飛び込ませるなら禅輝なんかじゃなくて亮太くんが良かったぁぁぁ!」
ぶつかった2人の体は急な坂になっている脇道に逸れ、叫び声をあげながらゴロゴロと転がっていった。
改めてになるが、彼の名前は流堂院禅輝。
日本最大手の人材派遣会社【流堂院ホールディングス】代表取締役社長の跡取り息子の1人。
次男ではあるが人を纏める能力は高く、次期社長の第1候補と言われているが、本人にその意思は全くなく、長男が継げばいいと考えている。
学校での肩書きは亮太の「親友兼左腕」