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酒井は車の窓を開けた。
車の窓を開ける理由は風を入れ変えたい、気分が悪くなった等が挙げられるが、酒井が窓を開けたのはそういった理由ではない。
いまだ車の上に張り付いている怪物に戦線布告をする為だ。
「ユナ様、亮太様からのご命令ですので全力でいかせていただきます」
酒井はそう告げた瞬間、ハンドルを一気に右に捻った。
そしてサイドブレーキを引く。
片輪走行で浮いていたタイヤは右に振られた影響で地面に着地したが、酒井はユナにも車にも息つく暇を与えない。
右に勢いよくハンドルを切り、サイドブレーキを引いた影響で強烈なブレーキがかかっている。
勢いそのままに車体は激しい円を描き始めた。
「ざ、ざがいさん、ほんどうにおぢじゃぅぅぅぅ!!」
とんでもない勢いでスピンする車にまだ振り落とされない様にと天井に喰らいつくユナ。
ユナを落とす気の酒井は当然ながら、そんな言葉で手を緩める事はない。
「ユナ様もやりますな。なら、もっと回転速度を上げますぞ」
酒井はアクセルを強く踏み込み、更にスピン速度を上げた。
道路には荒々しい運転をしていたと一目で分かる様なタイヤ痕が残っている。
激しい回転に天井に張り付いているユナは美少女と評判の女の子とは思えないような形相を浮かべている。
懸命に堪えてはいるが、強い遠心力と酒井の荒々しいドライビングテク。
一瞬でも油断すれば命取りとなるだろう。
そしてそれはユナに限った事ではない。
「うぷっ……も、もう無理、吐く……」
「待て、禅輝!絶対に吐くなよ⁉︎」
「今吐かれたら車の中がとんでもない事に……」
激しい車酔いに襲われる禅輝。
実は禅輝は10年近い付き合いだが、酒井が運転する車に乗った回数はミズキに比べてかなり少なめ。
それは酒井が運転する時は、必ずユナとやり合う事になるのが分かっているからだ。
「や、やっぱり乗るんじゃなか……うぷっ……」
禅輝の頬が一瞬にして膨らんだ。
顔は青くなっており、もうゲロを吐く寸前と言った所だろう。
一刻の猶予もない……このままじゃ車の中がゲロまみれになると確信した亮太は非常な判断を彼に下す。
「亮太!!お前の事は忘れねえ!!」
そう言って亮太は非常時用に用意しておいた車の中を遠隔操作出来るリモコンを使い、禅輝のシートベルトを咄嗟に外し、扉を開けた。
シートベルトを失った禅輝は車のスピンによる遠心力に耐える事が出来ず、体が外に投げ出される。
「りょ、亮太ぁぁぁ!!てめえ、今朝と同じオチはダ……オロロロロロ!」
車体から勢いよく弾き出されてしまった禅輝はゲロを吐き散らしながらゴロゴロと転がっていった。
その光景を見ていたミズキは流石に動揺を隠す事が出来ない。
「い、今のはいくらなんでもあんまりなんじゃ……」
鬼畜とも言える所業にミズキは亮太に問いかける。
だが、ユナとの闘いにおいて隙を見せてしまったらどんな目に遭うかを彼は知っている。
「百歩譲って俺達がゲロまみれになるのは諦めたとしよう……だが、運転している酒井さんがゲロの匂いで調子を崩してしまったら、俺達はどうなると思う?」
亮太の言葉にミズキは「はっ!」とした表情を浮かべた。
そう、今はユナと戦っている最中なのだ。
そしてミズキは今までの亮太とユナの戦いを何百、何千と目にして来ている。
ユナの恐ろしさは十分に理解しているのだ。
「くっ、禅輝すまない……仇は必ず取ってやるからな」
「そうだ、ユナの奴をぷっ飛ばして禅輝の墓前に添えてやる……それが俺達があいつにしてやれる唯一の事だ」
こうして禅輝を失い、亮太とミズキは決意を新たにした。
ちなみに車から放り出された禅輝は気を失い、20分後に全身ゲロ塗れになった姿で発見される事になるが、怪我は擦り傷のみの軽傷だったりする。




