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「曲がり角に差し掛かります。亮太様、禅輝様、ミズキ様、お気をつけください」
「了解!」
「お、ok……」
「はーい!」
ユナをへばりつかせたまま、車は曲がり角の前にまで迫っていた。
ユナにイラッとした亮太の指示でスピードを上げた車の今の速度は70km。
普通ならここで減速するものだが、運転手の酒井は更にアクセルを強く踏み込む。
すると車は更にグンと加速した。
「お、おいおい、これって本当に大丈夫か?」
曲がり角を前にスピードを上げた事を不安に感じる禅輝。
そんな禅輝の言葉に亮太とミズキは大丈夫だろうとクスリと笑う。
「酒井さんの腕はお前も知ってるだろう?」
「亮太専属運転手に選ばれた酒井さんだよ?車の心配なんて必要ないよ」
「あ、ああ……そうだな……」
俺はユナの心配をしていたつもりなんだけど……そう思う禅輝だったが、誰もユナの事を心配しない車内の空気を察して、発言をやめた。
そして車は間もなく、曲がり角に差し掛かる。
グイッ!
酒井さんはハンドルを思いっきり左に向かって回した。
その瞬間、車体は大きく横に振られる。
車に乗っているのは4人(+車体上部に1人)。
重くなっていた車体に感性が働く。
キイイイイィィ!!
強烈なブレーキ音と共に車体は横向きとなり、左側のタイヤが大きく浮いた。
そして車の天井には少女が張り付いている。
側から見たその光景は、アクション映画の1シーンの様に映る事だろう。
だがこれはアクション映画の撮影でもなければ、車に乗っている人間もスタントマンという訳でもない。
「ギャアァァァ!!さ、酒井さん、やりすぎぃぃぃ!!」
車のとんでもない動きに叫び声をあげる禅輝。
車は左側のタイヤが浮かし、右側のタイヤのみで片輪走行している状態。
当然ながら車内も大きく傾いている。
普通の人間なら間違いなく禅輝と同じ反応を見せている事だろう。
だが、天井に張り付いている女子高生という名の「化け物」と渡り合ってきた人間はこの程度では動じる事はない。
「禅輝、うるさいぞ」
「そうだよ〜!こんなドライビングテクは実際にはそうそう味わう事は出来ないんだよ?」
叫ぶ禅輝とは対照的に全く動じる様子を見せない亮太とミズキ。
ちなみに車内のシートベルトは特注品で、たとえ車体が斜めになろうとも、横転しようとも装着者の姿勢を崩さない設計になっている。
故にこれくらいで車内が大惨事になる事はない。
だが、車外は話しが別だ。
「りょ、りょりょりょうたぐん、どめでええぇぇぇぇ!!」
急ブレーキにも耐え、車が片輪走行している状態でもまだ車にしがみ続けているユナ。
90km近いスピードからの急ブレーキに片輪走行。
ここまでされても車にしがみ続ける事が出来る彼女は最早、人智を超えていると言っても過言ではないだろう。
だが、車の中にいる彼ら……そして運転手の元F1レーサーの酒井も、そんな人智を超えた化け物と何年も渡り合ってきたのだ。
この程度の事で動じる事はない。
「酒井さん、準備運動はこれくらいで良いんじゃないか?」
「そうですな、それでは全力を出させてもらいましょうか」
そう言って酒井は目の色を変えた。
彼の名前は酒井照彦。
30年前に世界最高峰のレース、F1(フォーミュラワン)で日本人で唯一優勝を果たした伝説のレーサー。
引退後、その実績を買われて有明からスカウトされ、亮太の専属運転手となった。
引退後もそのドライビングテクで聖廉寺ユナの魔の手から亮太を逃し続けてきた歴戦の猛者である。




