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「とりあえず、前に話していた罠を試してみよう」
「そうだな、あれならいかにあいつといえど……」
学校が終わった後、亮太と禅輝とミズキの3人は車で帰路についていた。
車は有明家が所有する高級外車。
そしてその専属運転手が迎えをしている。
基本的に亮太は特別扱いを嫌う為、車での登下校は行っていない。
だが、友人と遊ぶ際だけ車での下校を行う様にしている。
それは友人を危険に巻き込まないようにする為だ。
ドンッ!!
車の上に何かが接触した音がした。
それはかなり鈍い音で、ちょっとした物が落下してきたような音ではない。
「何か大きめの生物」が落下したような音だった。
「亮太くん、遊ぼぉぉぉ!!」
車の上に変態が降臨した。
車は現在時速40kmのスピードで走っており、簡単に飛び乗れはしない。
超人的な運動能力が成せる技だ。
「ユナの奴、車に飛び乗るとか相変わらずとんでもねえな……」
「まぁユナちゃんだからねえ」
呆れるように話す禅輝とミズキ。
女の子が動いている車に飛び乗ってきたのだ。普通なら大慌てするような場面だろう。
だが、2人もユナとは長い付き合いだ。
これくらいの事で動じる事はない。
そしてそれは運転手も同じだ。
「亮太様、どうされますか?」
車の運転をしていた専属運転手の酒井は冷静に亮太に指示を仰いだ。
そして、酒井に対する亮太の返答はこうだ。
「今日は近くでイベントがあった影響か、人がちらほらいるな……世間体もあるし、あいつが怪我しない程度に振り落としてくれ」
「かしこまりました。次の曲がり角でユナ様を振り落としますので、車が少々揺れますが御三方とも、お気をつけください」
そう言って酒井はアクセルを少し強めに踏んだ。
車はスピードを上げ、曲がり角に向かっていく。
この時のスピードは約60km。
普通なら持ち手も何もない、ただ車の上に乗っているユナは既に振り落とされていてもおかしくないだろう。
だが、これくらいで振り落とされるなら曲がり角で振り落とすなんて事は酒井は言わない。
「りょ、りょりょうだくぅぅぅん!!スピードを落どしでぇぇぇ!!」
手足を目一杯に広げて這いつくばり、車の上で食い下がるユナ。
その光景は映画撮影の様に見えるが、これが亮太やユナの日常なのだ。
そして日常という事は、周囲の人間にとってもよく見る当たり前の光景だという事だ。
「相変わらず、流堂院さんの娘さんは頑張るわねぇ」
「お熱いわねえ」
そう話すのは、近所に住むマダム連中。
井戸端会議の横を60kmで通り過ぎていった車に女子高生がへばりついているという異常な光景だが、彼女達がそれに動じる事はない。
彼女達にとっては、それが日常……即ち、当たり前だという事だ。
そして、こんな常軌を逸する程のユナの深い愛情を日常になるまで見てきたマダム達だ。
諦めずに立ち向かう、恋する乙女の行動に心を打たれないなんて事もない。
「ユナちゃん!頑張るのよ〜!!」
「負けちゃダメよ〜!」
「亮太くんを落とすのよ〜!!」
マダム達の熱い応援にユナは風で顔を引き攣らせながらも笑顔を向ける。
マダム達はその笑顔を見て手を振って声援を送るが、当然ながらその光景をよく思っていない人間もいる。
「酒井さん、変更だ……多少怪我させてもいいから、思いっきりあいつを振り落としてくれ」
「かしこまりました」
そう言って運転手の酒井は強くアクセルを踏んだ。




