男装女子と女装男子からのプレゼント
「どうよ、うちの男装と紫音くんの女装は。正直紫音くんは想像以上だった」
「なんかね、色々完璧」
執事服とメイド服で俺の部屋に入ってきた依と花宮だけど、とても似合っている。
俺は執事服とメイド服の種類には詳しくないけど、依の着ている執事服はよくあるタイプの白手袋と、黒のコートのような服で、中に白いシャツを着ていてスカーフを巻いている。
花宮の方はいわゆるミニスカメイドというやつだ。
フリフリが付いたスカートは膝上までしかなく、全体的に可愛さを振りまいたようなもの。
そして何がいいかと言うと、花宮が依の後ろに隠れているのと、スカートの裾をぎゅっと握って恥ずかしがっている。
しかも内股。
「紫音くんは確かに完璧。女子より女子してるよ」
「依も似合ってるよ。まあ女子感は消せてないから男装執事には見えるけど」
「それはそれで良くない?」
「だから完璧なんじゃん」
これもオタク脳なのかもしれないけど、男が女装する時は完璧な女子になればなるほどいいけど、女が男装する時は少しだけ女の子っぽさを残しておいた方がいい。
理由を問われると単純で、基本的にオタクは可愛い子が好きだからだ。
男女問わず。
「褒めてもご奉仕しかしないぞ」
「何してくれんの?」
「なんでもいいよ。あ、もちろんえっちなのは駄目だよ。ジャンルが変わっちゃうから」
「まあ男同士のじゃれ合いに需要を求められるのはこの中だと依ぐらいだもんね」
「お兄様、女ってのは二つしかいないんだよ。好きか知らないか」
どこかで聞いたことがあるようなセリフだけど、少なくともこの中で好きなのは依だけな気がする。
「水萌氏は絶対好きだと思うよ」
「あぁ、なんか想像できてしまった。そうなるとレンもなんだよな」
「そうそう、二人とも隠れて読んでるタイプ」
そう言われると確かに全ての女子は好きか知らないかの二択というのも納得がいってしまう気がする。
「なんのお話?」
「水萌は知らなくていい話。それよりも依と花宮は俺に可愛い姿を見せてくれるのがプレゼントってことでいいの?」
「不満か?」
「満足だけど?」
「なぜにキレ気味。まあこれは紫音くんのスカート姿が見たいっていうお兄様の願いを叶えた結果だよ」
「花宮、可愛いよ」
「まーくんのばか」
花宮から可愛い罵倒が飛んできたが、当の本人は依の後ろに隠れてしまった。
「一応言っとくけど紫音くん発案だからね? まさかうちのコレクションが日の目を浴びる日がくるとは思わなかったよ」
「コスプレ好きなの?」
「買うだけね。買うだけ買うけど着る機会なくて」
「うちに着てくればいいのに」
「うちにも羞恥心はあるんだよ。さすがにこの格好で外は歩けません」
ごもっともだった。
いくら似合ってるとはいえ知らない人から見たら二度見案件だ。
そんな知らない人に二度見なんて俺ならされたくない。
「ならうちだけで着れば?」
「コスプレの服ってかさばるんよ。だからあんまし持ってきたくない」
「切実な理由だ。まあ気が向いた時でも着れば?」
「うちに呼んでみんなに着てもらうってことができればいいんだけどね」
それはなんともそそられる提案だ。
だけど依の言い方的に家には招けない理由があるようだ。
「じゃあ依が着たのを写真に撮って送ってくれてもいいよ」
「どんな拷問だよ。ていうか紫音くんはいつまで隠れてんの」
依が無理やり背後の花宮を前に出す。
「はにゃ!」
いきなりだったので花宮が転んでしまった。
依の腕が間に合ったので怪我はないようだ。
それは良かったのだけど、転び方が悪い。
「いきなりだから狙ってもないのになんで女の子座りになるんよ」
「僕に言われても……」
「上目遣いしたらあかんよ。鼻血出る」
依が鼻を押さえて上を向く。
確かに可愛いとは思うし、傍から見たら今は依が男で花宮が女だからわからなくもないけど、実際は性別が逆なんだからおかしい。
「サキ、オレは愛に性別は関係ないと思ってるんだよ」
レンがいきなり遠い目をしながら言う。
「俺もそうだな。好きになったら仕方ないとは思う」
「うん。だけど、だからって花宮さんを好きになるなよ?」
「毎回言うけどそんなに信頼ないの?」
「オレも毎回言うけど、あれはドキッとするだろ」
「それは逆にレンが花宮を好きにならないか不安になるところでは?」
「オレは花宮さんの女の子らしい可愛さにドキッとしてんの。つまり同性としてな」
それならついさっきレンが言った「愛に性別は関係ない」がブーメランになる。
ちょっと嫉妬。
「みんなして僕をいじめるんだ」
「紫音くんが拗ねた」
「これ以上はやめとこ。お互いにいいことない」
「だね。じゃあうちと紫音くんのプレゼントを渡しちゃおう」
依はそう言うと拗ねている花宮を連れて部屋の隅にある荷物を取りに行った。
「うちからのプレゼントはこちら。布教用に買うだけ買って布教する相手がいなかったうちイチオシの漫画です」
依はそう言って、まだ包装も取られていない本当に新品の漫画一式を持ってきた。
「ジャンルはもちろんラブコメ。一時期流行った『勉強×恋愛』だね。勉強を教えながらいつの間にか主人公を好きになるヒロイン達ってやつ」
「名前だけは聞いたことある。いつか見ようかなとは思ってたんだよね」
この漫画はアニメ化もしていて結構有名なのでおすすめで出てきたので見ようかなとは思っていた。
だけど今見てるのが終わるまでは見れないからと後回しになった最終的に見ないやつになりそうだった。
だからこうして原作を貰えたのは嬉しい。
「ありがとう。早速今日から読むよ」
「ふっ、お兄様もこうして沼に一歩足を踏み入れたな」
「沼の下には何がある?」
「ユートピア」
依が悟ったような顔で答える。
オタクが現実に戻れないのはそこがユートピアだからだったようだ。
誰も好き好んで天国から地獄には行きたくないのだから。
「とりあえずありがとう。花宮も何かくれるの?」
「うん。だけどまーくんの喜ぶものがわからなかったから好きなのかなってやつ」
花宮はそう言って小さな熊のぬいぐるみを取り出した。
「え、お兄様のそれって趣味だったの?」
依が俺のベッドの枕元に座っているミナモとレンカを指さした。
「説明してなかったっけ? あれは水萌とレンと交換したんだよね。成り行きでゲーセンで取ったんだけど、二人の分身みたいな存在」
「そこだけファンシーだと思ったら愛の結晶だったとは」
愛の結晶かはわからないけど、友達の証とは言えるかもしれない。
まあ俺はミナモ(後頭部)には触れられなくなったのだけど。
「じゃあぬいぐるみが好きなわけではない?」
「好きか嫌いかで言ったら嫌いではないけど、別に好きではないかな? まあ花宮がくれるなら少なくともその熊は好きだけど」
「お兄様ってなんでそう回りくどい言い方をするのかね。紫音くんわかってないよ?」
俺は自分の思ってることをそのまま伝えただけなのだけど。
まあ確かにもう少しまとめて話せと思わないこともないが。
「えっと、つまり僕のくまさんは嬉しいの?」
「うん。ありがとう」
俺がそう言うと花宮はホッとしたような顔になる。
「まーくんが絶対に嫌がらないのはわかっててもやっぱり怖いね」
「気持ちはわかる」
俺も水萌とレンに誕生日プレゼントをあげる時はとても怖かった。
あんなの二度と味わいたくない。
「お兄様、うちの誕生日は二月だから」
「じゃあ僕も。僕は十一月ね」
「……プレゼント貰っちゃったもんな」
俺は貰っておいて二人には何もしないなんて許されるわけがない。
ちゃんとプレゼントを選ばなければ。
「それじゃあ大本命だね」
「前座は終わりだから着替えていい?」
「今日は帰るまでこれって約束したでしょ」
「うぅ……」
花宮が今にも泣き出しそうな顔で依の服をぎゅっと握る。
そして依はまたも鼻を押さえて上を向く。
そんな二人をよそに水萌とレンは立ち上がった。