一番の友達
「はーなーしーてー」
「うるさい。黙らないとサキにあのことバラすぞ」
「舞翔くんなら気にしないだろうけど言ったらやだ!」
水萌とレンがいつもの姉妹喧嘩を始めた。
いつもと違うのはレンが水萌を羽交い締めにして動けなくしてることだ。
「あのことって?」
「水萌の変態行動」
「詳しく」
依が真剣な表情でレンに詰め寄る。
「よりが喜ぶ内容じゃないから離れろ」
「うちを舐めてもらっては困る。水萌氏のことならどんなことでも知りたいのさ」
「文月さんのそういうところが嫌い」
水萌が真顔でそう言うと、依が自分の胸を押さえる。
「あれだね、水萌氏はうちのハートをえぐるのが得意なんだね。自重します……」
「できんの?」
「善処はするよ」
「絶対にしないやつな」
レンが呆れたように依を手で追い払う。
俺も依が自重なんてできるとは思わない。
そもそも依は水萌が本当に嫌うことはしないようにしてるからその時点で自重している。
今は水萌が本当に嫌わないギリギリのところで相手しているからこれ以上自重したら依ではない。
「お兄様が期待や信頼に見せかけて馬鹿にした気がした」
「大丈夫、期待も信頼もしてないから」
「え、泣いていい?」
「嘘だけど慰めてあげようか?」
「お兄様ってうちをいじめるのが趣味なの? あれか? 小学生男子が好きな子をいじめるやつ」
「俺も依に嫌われないように自重しないと」
どうも依はいい反応をしてくれるからからかってしまう。
だけど依に嫌われたら元も子もないので、自重してギリギリを狙うことにする。
「知ってるよ、お兄様は絶対にうちをからかうことをやめないって」
「ちなみに嫌?」
「なんだかんだで結構好き。これからもよろしく」
「まーくんと依ちゃんって一番異性の友達やってるよね」
花宮が嬉しそうに言う。
確かに最近気づいたことだけど、俺は水萌とレンとは『友達』ができていたか謎だ。
レンと付き合って思ったのが、付き合っても今までと変わらないこと。
だから依との関係は一歩引いているから『友達』として正しい距離感な気がする。
「お兄様の一番を貰ってしまった」
「これが俗に言う『ズッ友』ってやつ?」
「お兄様、それもう古いよ」
「じゃあマブダチで」
「余計に古いわ!」
やっぱり依はいい反応をしてくれる。
これだからやめられない。
「恋火ちゃん」
「あいつの秘密もサキにバラしてやろうかな」
「恋火ちゃんは人の秘密を知りすぎじゃない?」
「水萌のはたまたまだし、よりのはバレバレだったからな」
レンの発言が聞こえたのか、依の顔が少し引き攣っている。
何かバレたくない秘密があるようだ。
「これ以上お兄様とイチャついてるとうちがやばいか。よし、お兄様の生誕祭を始めよう」
「盛大に話逸らしたな。それよりも生誕祭って何すんの?」
「教えてしんぜよう。ご飯を食べてプレゼントを渡すのだ」
依が胸を張って堂々と言う。
どこか誇らしげだけど普通だった。
だけど思わず笑みがこぼれたのは嬉しさからなんだろう。
「ちょうどお昼時だしご飯にしようか」
「……」
「お兄様のえっちー」
「理不尽だろ」
「でも思ったでしょ?」
思った、というか思い出した。
レンに言われた「お風呂にする? ご飯にする?」を。
ただ思い出しただけであって何も期待なんてしていない。
「そんなベタな『プレゼントはわ・た・し』なんてやらないよ。少なくともうちは」
「誰もやるな」
「やりそうなのは水萌氏かな?」
「水萌なら言葉通りだろうからいいよ」
「恋に勤勉な水萌氏だよ? 甘くみてたら痛い目みるかも」
怖いことを言わないで欲しい。
まあ『怖い』と思ってる時点で俺も水萌がわかっててやりそうと思ってるのだろうけど。
「ちゃんとプレゼント用意したもん」
「ありがとう」
「どういたしましてー」
レンからの羽交い締めがいつの間にか抱っこに変わっていた水萌が嬉しそうに言う。
「それでご飯ってのは今から準備するの?」
「ううん、勝手ながら既に冷蔵庫に運ばせてもらいました。紫音くんが」
「うん。陽香さんにはちゃんと許可取ってるからね?」
俺の知らないところで話が進みすぎている。
俺は今日朝ごはんを食べてないけど冷蔵庫は開けた。
その時に違和感はなかったから今日、花宮が来てから入れたことになる。
確かに花宮が手洗いうがいをしている間に俺は自室に戻ったけど、用意周到すぎて逆に引く。
「ご飯はみんなで作ったんだよ。ここに来る前に水萌ちゃんのマンションに集まって」
「ダークマター作った人いる?」
「だーくまたー?」
「お兄様、あれはフィクションの世界だけだよ。リアルだと焼きすぎて焦がしたとか、塩と砂糖を間違えた程度のことしかないんよ」
「なん、だと……」
まあ知ってるけど、俺は諦めない。
いつか何を作っても食べ物と呼べないものになる人に出会う。
それが俺の夢だ。
「お兄様ってたまにおバカだよね」
「うるさい。人の夢をバカにするから自分の夢が叶わないんだよ」
「くっ、だけどうちは諦めない」
「ねぇ、だーくまたーってなに?」
俺と依が茶番をしていたら花宮が首をコテンと傾げて聞いてくる。
「乗り換えたくなる可愛さ」
「やめとけ、おとこの娘はメインヒロインじゃなくて主人公を惑わす存在って相場が決まってる」
「お兄様って実はオタクでしょ」
「最近少しだけ見てるだけ」
小学生の時はアニメをよく見ていたから少しだけ知識はあったけど、最近は依の影響でまたアニメをみだした。
そのせいでなんとなく依の話がわかるようになってしまった。
「いい傾向だ。このまま沼に引きずり込んでやろう」
「一人で頑張ってて」
「もういいもん」
ずっと無視されていた花宮が拗ねたようにそっぽを向く。
「なんでこの子はこんなに可愛いのか」
「花宮ごめんて、悪いのは依だから許して」
「全部うちのせいにした!」
「話逸らしたのは依でしょ」
「乗ってきたお兄様にも責任はある。というかうちと話すのが楽しくてやめられないお兄様が悪い」
「否定ができない」
「やめろし!」
依が顔を赤くしながら俺の背中にグーパンチをした。
攻撃力が無さすぎて可愛い。
「僕を使ってイチャイチャしてない? まーくんは恋火ちゃんの彼氏さんなんだよね?」
「イチャイチャしてないが?」
「花宮さん、サキのそれは何言っても無駄」
少し怒った様子の花宮に、レンがなぜか呆れたような顔で言う。
その腕の中では水萌も同じ顔をしている。
「恋火ちゃんはいいの?」
「そんなんでサキの一番が代わることがないのはわかってるから。それに後で罰は与えるから」
レンがすごい愉しそうな顔で俺を見てくる。
レンの『罰』は色々とやばいから受けたくないけど、俺はまた何かしたようなので甘んじて受けるしかない。
まあ耐えれば最後に甘えられるからいいんだけど。
「ふむふむ、むしろそういうやつなのか」
「プレイと言わないあたり紫音くんは綺麗な心の持ち主だ」
「ぷれい?」
「汚い心は黙ってろ」
水萌という前科のある依にデコピンをして黙らせる。
これ以上被害者を生みたくは無い。
「まあいいや、帰ったらお姉ちゃんに聞こ」
「ダークマターはいいけどプレイはやめとけ」
「やだ」
花宮が満面の笑みで答える。
俺達は色々と間違えたのかもしれない。
まあ今更どうしようもないので考えることをやめた。
そして俺達はみんなで作ったという普通に美味しいご飯を食べた。
ご飯を食べ終え、片付けが済んだ後に始まるのは、プレゼントお渡し会だ。