性反対な関係
「最近上機嫌なうち参上!」
「今日はみんな勢揃いなんだ」
みんなでお墓参りに行ってから数日が経った今日、俺の部屋には水萌とレン、そして花宮と文月さんがやって来た。
お墓参りの後、様子がおかしかったレンも次の日には普通になっていた。
なんだったのかはわからないけど今は普通だからそれでいい。
それはそれとして、そのレンも含めてみんなが何かの袋を持ってきている。
「今日は何かの集まりなの?」
「まあそうだね。それより先にお久しぶりしていい?」
文月さんはそう言うとレンに近寄って行く。
「オレ?」
「おう、久しぶりに再会したらオレっ娘になってた。でもあの頃から兆しはあったか」
「あぁ、そういえば文月さんの名前って依だっけ」
レンが昔あの公園で出会った子の名前を『より』と言っていて、どこかで聞いたことがあると思っていたら文月さんの名前も『依』だった。
「お主はまたもうちの名前を忘れたな」
「人の名前と顔を覚えるのが苦手で」
「それはうちに興味がないと?」
「文月さんの場合は単純に名前を聞かないから」
「確かにうちが名前呼ばれるの恥ずかしいってのはあるけど、さすがに……の名前は覚えようよ」
「なんて?」
途中でモニョモニョとなって聞こえなかった。
でも確かに文月さんの名前を覚えないのは失礼だ。
「じゃあこれからは依って呼ぶね」
「そうなるよね、知ってた。覚えるだけでいいんだけど?」
「普段から呼んでないと忘れる」
「絶対嘘だ。だけどお兄様のことだから忘れたフリすんだよな……」
さすがにそんなことは……しないとも言えないからノーコメントにしておく。
「へい彼女。おたくの旦那がうちのことを口説いてくるんだけど?」
文月さん、依がレンに助けを求めるような目を向ける。
「旦那言うなし。つーかあなたがあの『文月さん』?」
「どういう説明を受けてるのか知らないけど、多分その文月さん」
「そしてあの『より』?」
「そう、そのより」
思い返してみると、レンと依は俺の中では初対面だ。
レンの中には『より』との思い出がふわふわと残っているのだろうけど、目の前の『依』と一致しないように見える。
「オレの知ってる『より』ってすごい大人しくて弱々しい子だったんだけど」
「じゃあうちじゃん」
「人間って十年経つと根っこから変われるもんなんだ」
レンが納得したようにしてるけど、半信半疑みたいな顔をしている。
多分俺のせいだからちゃんとフォローをすることにした。
「依って多分無理してるよ」
「何を言ってるのかなお兄様は。うちはいつでもフルスロットルなんだけど?」
「ちょっと何言ってるのかわからないけど、無理って言い方が違うか。なんて言うのかな、俺も確信があるわけじゃなくてなんとなくなんだけど、依の素ってもっと落ち着いてる気がするんだよね」
依は基本的に変な人だけど、たまに変な依が変になる時がある。
だから普段はわざと変な人を演じているものだと思っていた。
「地味にうちのことバカにしたろ」
「ごめん普通にバカにした」
「はい怒ったー、罰として忘れなさい」
「何を?」
「今の会話全部」
依が真剣な表情で言う。
そんなに触れて欲しくなかったことなのだろうか。
それともこれも全部演技なのか。
多分前者だ。
「忘れるよ」
「ありがとう。お兄様のそういうところ、いいと思う」
「どういうとこだし」
依がはにかむように笑いながら言うので、なんとなく視線を逸らした。
「まーくんと文月さんも仲良しだよね」
「舞翔くんはそもそも仲良しな相手としか話さないよ。だからここに居る人とは仲良しさんなの。私とは特に」
「さりげなく自分を一番にするな」
「恋火ちゃんこそ舞翔くんを独り占めにはさせないから」
「誰がいつ独り占めにしたよ」
「恋火ちゃんが、まず昨日と一昨日、それとその前もだったかな?」
「してないだろが」
レンが俺に視線を送ってくる。
おそらく「そんな事実はないことを説明しろ」と言いたいんだろうけど、そうとも言いきれないから俺は何も言えない。
レンは無意識だったのかもしれないけど、あれはすごかった。
何をしたかと言うと、ただ隣に居ただけなんだけど、ピッタリと俺にくっついて離れようとしなかった。
普段の水萌のように。
俺は「これが恋人の距離感なのか」と納得していたけど、水萌から見ても違和感はあったようだ。
まあ普段の水萌と同じ距離感に感じて、それを恋人の距離感と納得したのはどういうことなのかと問いたいけど、それは考えないようにした。
「そういえば如月さん……もうレンちゃんでいいのか。レンちゃんはお兄様と付き合ってるんだよね?」
「レンちゃん言うなし。一応付き合ってる」
「ごめん、『レン』って呼んでいいのはお兄様だけだったか。れんれんってお兄様と付き合ってから恋人っぽいことってしたの?」
まさか本当に「れんれん」と呼ぶ人がいるとは思わなかった。
俺と文月さんは感性が似てるとでも言うのか。
「恋人っぽいことってなんだよ」
「言わせんなよ〜」
「あ、うざい」
「レン、心の声が出てる」
「え? わざとだけど?」
「れんれんも大概うちの扱い酷いよね、昔から」
文月さんが拗ねたように俺の腕をぽすぽすと叩いてくる。
なぜに俺なのか。
「覚えてない」
「だろうね。人間って都合のいいことは忘れるから」
「なんかごめん」
「謝られるとうちが悪者になるからやめ──」
「ごめんなさい……」
レンが今にも泣き出しそうな顔で依に謝る。
これは乗っかるしかない。
「依がレン泣かした」
「文月さん酷い」
「……なるほど。文月さん、謝ってるんだから許してあげないと」
「こいつら、うちを悪者にして楽しんでやがる……」
水萌なら乗ってくると思ったけど、花宮も乗っかってきたので完全に依を悪者にすることに成功した。
悪者にしてどうすのかと言われたら、そんなの不貞腐れる依を眺めるだけだ。
「茶番はいいよ。なんとなく面白そうだから始めたけど、完全に悪いのオレだし」
「れんれん、そこは悲しげにお兄様の袖をつまんで上目遣いするとこでしょ。そんで流れでベーゼをしてベッドへごー……って全部言わせんなし! 言っててちょっと恥ずかしいんだから途中で止めなさいよ!」
依が俺の肩をポカポカと叩いてくる。
最初こそ楽しそうに話していた依だけど、途中から目がキョロキョロと動いて言いにくそうにしていたから全員黙って聞いていたら限界がきたようだ。
「文月さんって可愛いね」
「花宮、違うだろ?」
「ん? あ、依ちゃん可愛い」
「やめろぉ、紫音くんはお兄様みたいに悪い子になっちゃだめだよ!」
依が花宮の肩を掴んで、おでこが付きそうな距離で言う。
「あ、あの……」
「わかった?」
「わ、わかったから離れて。恥ずかしい……」
花宮が顔を真っ赤にしながら依の手を掴む。
「……何この可愛い存在。お兄様、抱きしめても犯罪にならないかな?」
「性別が逆ならなるかもだけど、依が花宮を抱きしめる分にはいいんじゃない? もちろん花宮が許したら」
「いい? いいよね?」
依が精一杯顔を後ろに逸らしている花宮にグイグイ顔を近づける。
圧がやばい。
「い、いいから離れて。そした──」
依が花宮を優しく抱きしめた。
多分花宮の言った「いいから」は了承ではなく早く離れろと言いたかったんだと思うけど、依はそれを知ってか知らずか花宮を抱きしめた。
「至福……」
「依ちゃんのばか」
「ご褒美が過ぎるよ……」
なんだかよくわからないものを見せられている俺達は、お互い顔を合わせてスルーすることにした。
花宮も恥ずかしがってるだけで嫌がってるわけでもないし、可愛い依に抱きしめられる分には男冥利に尽きるというものだろう。
知らんけど。
そうして花宮の限界がくるまで依は花宮を抱きしめ続けた。




