親子の会話
「あれ? 母さんが居る」
「朝に母親を見た時の反応じゃないと思うんだよね」
朝目覚めると、隣に天使が居た。
軽く一時間ほど天使を眺めていると、このままでは天使が目覚めるまでずっと動けないと思い無理やり起きた。
そしてリビングに向かうと、なぜか母さんが居た。
「あ、そっか」
「お父さん泣いちゃうよ?」
「今年は色々とあったんだよ。それに毎年忘れろって言ってるのは母さんの方じゃん」
今日は父さんの命日だ。
この日は母さんが絶対に仕事を休んでお墓参りに行くことにしている。
だから俺もバイトは休んでいる。
「色々ね。まさか水萌ちゃんと恋火ちゃんが悠仁君と唯さんの娘だったなんてね」
「いつから二人の事情について知ってたの?」
「それはほんとに最近。悠仁君とは今でも会うけどお互いに忙しいから頻繁には会ってないし」
それもそうだ。
母さんはワーカーホリック気味な人間なので、仕事しかしていないと思っていた。
だから外で知り合いと会っていたと聞いて驚いた。
「ちなみに花宮は知ってる?」
「花宮? 舞翔が呼び捨てにしてるってことは男の子よね。舞翔って男の子の知り合いいたの?」
母さんが不思議そうな顔を俺に向ける。
失礼な言い方だけど、それは俺の自業自得だから仕方ない。
「俺も忘れてたけど、小学生になる前まで一緒に居た子なんだよね。俺が公園行ってた頃」
「懐かしい。あの頃は舞翔もよく外に出てたわね。まさか理由がお友達と遊ぶ為だったなんて……泣いちゃいそう」
母さんがハンカチを取り出して目元の涙を拭う。
「普通に泣いてんじゃん。別に遊んでたわけでもないと思うし」
「確かお父さんと一緒に行ってたよね?」
「そうだっけ? 正直全然覚えてない」
花宮のことだって忘れてたぐらいだから、父さんと一緒に行ってたなんて覚えてるわけがない。
俺は意識的に父さんとの思い出は忘れるようにしていたし。
「まあいいや。いつ出るの?」
「うーん、恋火ちゃんも居るのよね?」
「居るよ。多分寝てる」
水萌は俺が起きる前には起きていて寝たフリをしていたけど、レンは可愛い寝息を立てて寝ていた。
あれは一生見ていられる。
「じゃあ恋火ちゃんが起きたらにしましょうか。昨日連絡してみたら今年は悠仁君と唯さんも一緒に来てくれるみたいだから」
「そういえば母さんと悠仁さんが幼なじみなんだっけ?」
「正確には私と悠仁君とお父さんね。今の舞翔と逆になるのかな?」
俺が男一人なのに対して、母さんが女一人だから逆ではある。
さすがに関係性も逆とは思わないけど。
「毎年お墓参りには来てくれてたみたいなの。時間は合わなかったけど」
「それなら水萌も呼ばなきゃか」
「呼ばなくても毎日来てくれるんじゃないの? 特に今日は」
「毎日来てるけど、水萌とレンに父さんの命日なんて教えてないよ?」
確かに俺や母さんにとっては大切な日だけど、わざわざ水萌とレンに話すことでもない。
「そうじゃなくて、もしかして……」
「なに?」
「ううん、私が後で水萌ちゃんと恋火ちゃんに話すからいい」
なんだか母さんに呆れられた気がする。
俺はまた何かしたのだろうか。
「そ・れ・よ・り♪」
母さんがすごいニコニコして俺に顔を近づける。
この人は顔立ちが良くて幼い見た目だから父さん一筋でなければ引く手あまただ。
そんなだからこうして顔を近づけられると母さんでなかったら危ない。
「舞翔は恋火ちゃんを選んだの?」
「選んだって言い方あんまり好きじゃないけど、俺はレンと恋人になった?」
「疑問形は駄目。自分の気持ちに忠実になると?」
「俺はレンと恋人になった」
「偉い」
母さんが立ち上がって俺の頭を撫でてきた。
「ちなみになんで恋火ちゃんなの?」
「なんで、か。俺もよくわかってないんだけど、一番しっくりくるのは『似てるから』なんだと思う」
俺とレンは水萌曰く似てるところが多いらしい。
だから多分、俺は自分に近い存在のレンが好きなんだと思う。
恐れ多いけど。
「ふーん、男の子は母親に似てる子を好きになるって聞いたけど、だからじゃないのね」
「母さんはどっちかって言うと水萌に似てるよね」
「そんな褒めても今日の晩ご飯が豪華になるだけよ?」
母さんがすごい嬉しそうな顔になる。
水萌と似てると言われたのだから気持ちはわかるけど、似てるだけで水萌と同等の可愛さがあるとは思わないで欲しい。
「舞翔が酷いこと思ったー」
「なんで俺の周りには俺の心の声を読める人しかいないの?」
「舞翔って顔には出ないけど、なんかオーラ? みたいなのが出てるからわかりやすいのよね」
「意味がわからん」
「わからなくていいの。それよりもやっぱり私は水萌ちゃんの方が似てるのね」
母さんが椅子に座って足をパタパタさせる。
見た目年齢的には全然おかしなところはないんだけど、実年齢を考えると……
「舞翔、お母さんも怒る時はあるんだからね?」
「大変申し訳ございませんでした」
俺は一度だけ母さんが怒ったところを見たことがある。
あれはやばい。
だから怒らせる前に土下座をして謝るしかないのだ。
「まったく。それじゃあそろそろ聞いてもいい?」
「何を?」
「昨日の夜は恋火ちゃんと何をしたの?」
母さんがたまに見せる真剣な表情で聞いてくる。
「え、普段と違うことって意味? それなら一緒のベッドで寝て、レンの……」
『隠し事を聞いた』それはなんとなく言いたくなかった。
そういうのはレン本人が話すことであって、俺が話すことではないから。
「舞翔、恋火ちゃんは高校を卒業できる?」
「水萌じゃないんだから平気でしょ」
「それは水萌ちゃんに失礼でしょ。まあ舞翔のことだから心配はしてなかったけど、恋火ちゃんが可哀想に思えてきた……」
母さんがあからさまに呆れたような顔になる。
なんだか最近呆れられることが増えた気がする。
「多分知識はあるのよね。だけど自分で想像ができないのかしら。今は『好き』がわかっただけでも良しとすべきなのかしらね」
「だから何言ってんの」
「舞翔はいい子だって話」
母さんにまた頭を撫でられた。
「よし、恋火ちゃんも起きたみたいだし朝ごはん作るわね」
母さんがそう言ってキッチンに向かって行った。
俺は背後の扉に目を向けると、気まずそうに扉を開けるレンが居た。
どうやら扉の向こうで話が終わるのを待っていたらしい。
そんなレンに「可愛い」とだけ伝えて顔を洗いに洗面所へ向かう。
母さんがニコニコの笑顔で俺達を見ていたのでそれは無視した。
そして俺が顔を洗っていると後から来たレンに背後から抱きつかれた。
予想外の行動に固まっていると「……舞翔のばか」と背中に顔を埋めながら言われた。
やばくないですか?
顔を洗いに来たのに、気づけば顔を冷ます為に水を顔にかけていた。