番外編 在りし日のすれ違い
「適当に歩いてたら公園着いた」
家に居るのが嫌になり、親には内緒で外に出てきた。
そして気の向くままに歩いていると、初めて来る公園があったのでベンチに座る。
「ここならいいかな。……ったく、なんなんだよあいつは」
辺りに誰も居ないのを確認してから自分の素を出した。
家ではいい子を演じないといけない理由があるからたまにこうして息抜きをする日が必要になる。
「私の将来の為とか言って私と水萌に文句言いたいだけだろ」
水萌とは私が唯一家に居る時に心が許せる双子の妹。
水萌が居るから私は頑張れる。
だけどあいつは水萌を嫌っているのか、私よりも水萌に対する対応が最悪だ。
「どうにかして水萌だけでも逃がしたいんだよな。だけど小学生の私にできることなんてないし……」
私にできることなんて水萌が文句を言われたら私がいい子を演じて水萌への視線を私に集めることぐらいしかない。
後は夜に二人で寝る時に慰め合うぐらい。
「どうしたもんか……」
「あ……」
「ん?」
私が雲を眺めながら考え事をしていると、どこからかかわいらしい声が聞こえてきたので声の方を向くと、そこには私と同い年ぐらいの眼鏡を掛けた女の子が口元を押さえながら立っていた。
「えっと、このベンチ使いたい?」
「……」
眼鏡の女の子が無言でキョロキョロしだした。
どうやら人見知りする子みたいだ。
(水萌みたい)
それなら対応も簡単だ。
「隣座って。愚痴を聞く相手欲しかったから生贄になれ」
「生贄……」
生贄は言いすぎたかもだけど、相手に遠慮するタイプの人には命令するのが一番いい。
そうすればベンチに座ってくれるだろうし、そうしたら私がここから離れればいい。
だけど女の子は少しだけ嬉しそうに近寄って来て、私の隣にちょこんと座った。
「少しだけ話聞いてもらっていい? そしたら私は帰るから」
「は、はい」
女の子が首が取れるんじゃないかってぐらいに首を振る。
なんだかかわいい。
「その前に名前聞いていい? 私は如月 恋火。名前は嫌いだからあんまり呼ばないで欲しい」
「えっと、じゃあレンちゃん?」
「それなら、まあいいかな」
「わ、わたしは文月 依って言います」
「よりね。それじゃあ私の愚痴を聞いてもらおうか」
そうして私はよりに今まで溜め込んでいた色々な愚痴をこぼした。
人に、ましてや初対面の人に話すようなことではないのだろうけど、そんなの気にしない。
とにかく誰かに聞いて欲しかった。
「っていう感じ。ごめん、興味無いこと聞かせて」
「そ、そんなことないです。わたしはずっと自分が世界で一番辛いんだと思ってましたけど、わたしに比べたらレンちゃんの方が全然──」
「は? 何それ」
「え?」
「よりの事情は聞いてないから知らないけど、私の辛さとよりの辛さは違うじゃん。人の感じる辛さはその人にしかわからないものなんだから、私の辛さをわかったように言わないでくれる?」
「ご、ごめんなさい」
よりが慌てた様子で頭を下げる。
ほんとにいい子だ。
「だからね、よりも私も辛い思いをしてるでいいの。相手の辛さなんてそれこそ入れ替わったりしないとわからないんだから」
「入れ替わる……」
よりの表情がほんの少しだけ明るくなった。
少しは言いたいことが伝わったのだろうか。
「それじゃあ私は約束通り帰るね。愚痴を聞いてくれてありがとう」
私はよりにそう言ってベンチから立ち上がる。
そしてうろ覚えの帰り道を探そうとしたら、後ろから手を握られた。
「なに?」
「あ、あの、もしよければもう少しお話しませんか……?」
よりが上目遣いでちらちら私を見ながら言う。
(いちいちかわいい子だな)
「いいよ、私もまだ帰りたくないし」
今帰ったところでキレたあの人に絡まれるだけだ。
あんまり長い時間家を空けてると水萌に何かを言い出すだろうから長くは居られないけど、もう少しなら大丈夫なはずだ。
「ありがとうございます。わたしはお家に帰っても誰も居なくて、お友達もいないからこうして公園でボーッとしてるんです」
私がベンチに座ると、よりが語り始める。
「そなんだ。家に誰も居ないなら家に居た方のがよくない?」
「それは、その……」
よりの頬が少し赤くなる。
まだ春だから暑くはないと思うけど、どうしたのだろうか。
「家近いの?」
「はい、ここから十分もしないところです」
「ふーん。ちなみにいくつなの? 私は小学一年の六歳だけど」
「あ、わたしもです。同級生なんですね」
よりがかわいらしい満面の笑みを浮かべる。
私の家はこの公園から歩いて数十分はかかる場所にあるから、多分学区が違う。
だから学校は違うはずだ。
「同級生なら敬語やめなよ」
「えっと、嫌ですか……?」
「別に嫌とかはないけど、なんかムズムズする」
同い年の子に敬語を使われると不思議な気持ちになる。
なんて言えばいいのかわからないけど、不思議な気持ちだ。
「が、頑張ってみます」
「頑張れー」
多分無理そうだけど、それならそれで別にいい。
また会うかもわからないのだから。
「あ、あの」
「なに?」
「レンちゃんは名字が如月なんですよね?」
「うん」
「お母さんが『如月組は暴力的』って言ってんですけど、レンちゃんは関係ないですよね?」
よりが不安気に聞いてくる。
「もしも私がよりに暴力を振るうって言ったら信じるの?」
「信じない! レンちゃんはとっても優しいもん」
よりが私の右手を両手でぎゅっと握る。
いきなりのことでちょっとドキッとした。
「そ、そうですか。私としても親の仕事とか知らないからわかんないけど」
「わたしも詳しくは知らないんだ。そういうものなのかな?」
「さぁね。それよりその調子」
「え?」
どうやら無意識のようだけど敬語が抜けている。
やはりこっちの方が話しやすい。
「それよりも手はいつまで?」
「あ、ごめんなさい」
よりが慌てて手を離す。
またもちょっとだけ顔が赤いけど、そんなに暑いだろうか。
「ほんとに……」
「レンちゃん?」
「なんか見てる子がいる」
公園の外から公園を覗いている、私達と同い年ぐらいの男の子が居た。
よりが私の視線の方に目を向けると、バッと私に視線を戻した。
「顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。今日は暑いから」
「暑くないけど。あ、行っちゃった」
男の子はこちらに気づいたようで軽く頭を下げてからどこかに行ってしまった。
なんだかちょっと気になったけど、今はよりだ。
「暑いなら水でも被れば、とか言いたいけど、ここって水道ないよね」
「あ、あるよ。ここからだと見えにくいだけで。だけど大丈夫」
「そう? それよか、好きなの?」
「はひっ!?」
よりの顔が茹でダコのように真っ赤になる。
わかりやすい子だ。
「同じ学校の子?」
「ちがっ、くはなくて、だけど好きとかそういうのじゃ……ないわけでもないと言うか……」
(うん、かわいい)
頑張って否定しようとしてるけど、だけど嘘はつきたくないのが見てわかる。
いじらしくて頭を撫でてあげたくなる。
しないけど。
「水萌も誰かを好きになるとこうなるのかな」
「えっと、妹さんだっけ?」
「そう、水萌に変な虫が付かないか心配だよ」
「妹さん大好きなんだね」
「そりゃあ唯一の拠り所だから」
水萌がいなければ今頃はあの人の操り人形になっていた。
そして毎日灰色の世界で生きていたのだろう。
「もしも水萌と会ったら守ってやってよ」
「会ったこともないのに。だけどレンちゃんのお願いなら任せて」
「ありがとう」
「だけどレンちゃんもだからね?」
「何が?」
「レンちゃんもかわいいんだから気をつけて」
よりが真剣な表情で言う。
私がかわいいとはどういうことなのか。
よりがかわいいのは当たり前として、水萌と顔が似ていると言われる私もかわいいとは言われるけど。
「よりと水萌に比べちゃうとな」
「比べるなって言ったのはレンちゃんだよ」
「やばい、何も言い返せない」
確かにその通りだ。
たとえ私が自分のことをかわいいと思えなくても、私をかわいいと思う頭のおかしい人間はいるかもしれない。
それに顔だけなら全てがかわいい水萌と似てるわけだし。
「わたしが護身術教えようか?」
「そんなんできんの?」
「見よう見まねだけどね」
そうして私はよりから人の急所を教えてもらい、その急所をどう攻めればいいのかも教わった。
その日から私は家に来る父親の知り合いに試すようになった。
本当に痛がっていたのでいつかの為によりからちゃんと学ぶことにした。
そうして私はよりとたまに遊ぶようになり、そしていつからか会わなくなった。
私かよりが来なくなったのか、私かよりが「もう来ない」とか言って来なくなったのか、それとも喧嘩でもしたのか。
思い出せないけど、私はいつの間にかよりを忘れていた。
とんだ薄情な奴だ。
赤ん坊の時に会っていたサキのことは記憶の片隅に残っていたというのに。




