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最後の隠し事

「結局俺はレンと付き合ってるの?」


「多分? でもサキは返事くれてないよな?」


 水萌みなもが帰って気まずい雰囲気になっていたけど、それもだんだんと緩和されてきた。


 そのタイミングで気になっていたことを聞いてみたけど、確かに俺が返事をしていなかった。


「水萌は帰ったけどさ、まだオレはサキに選ばれたかわかってない状態なんだよな」


「そっか、ここで水萌を選んだら文月ふみつきさんが好きなラブコメ展開ってやつなんだろうけど」


 ずっと好きだと言っていた相手に、いざ告白されたけど、告白を諦めた相手を好きになっていたという流れ。


 そしてその相手と恋人になって物語が終わる。


「まあ俺はレンが好きなんだけど」


「ありがと。だけどまだ油断はできないんだよな」


「と言うと?」


「さっきの水萌がどこまで本気だったのかはわからないけど、水萌が本気出したら多分呆気なくサキは落ちるだろ?」


 レンの表情に蔑みなんかの感情はない。


 どちらかと言うと焦りを感じる。


「どうなんだろうな。ちなみにレンから見て水萌って本気だった?」


「多分一歩引いてた。オレへの罪悪感とかそういうのがあったんだろし」


 結構やばい時もあったけど、あれで本気ではなかったと。


 そもそも水萌の本気ってなんなのか。


「サキ、オレを好きって言ったんだから、浮気すんなよ」


「お前は楽しそうだな」


「半々だよ。困るサキを見れるのは嬉しいけど、多分水萌が本気出したらオレが勝てるわけないだろ?」


 レンが顔を引き攣らせながら言う。


 肯定はできないけど、水萌が本気で迫ってきたら確かにやばい。


 実際水萌がうちに泊まった時はやばかったし。


「そういえばレンは今日うちに泊まるの?」


 うちに帰って来る途中で水萌のマンションに寄った。


 そしてレンが荷物を持って出てきたので何かと思ったけど、先程の水萌とのやり取りでお泊まりセットだとわかった。


「そういう予定。もちろん駄目なら帰る」


「多分大丈夫。なんかレンが泊まる時は母さんに連絡しないとだけど、連絡すればいいみたいだから」


「もしかしてオレのこと好きって伝えたの?」


「もちろん」


 俺は水萌とレンがうちに泊まる許可を得る時に、母さんにレンが好きだということを伝えた。


 そうしたらなぜか水萌は無条件で泊めていいと言われたけど、レンは母さんに連絡を入れてからじゃないと駄目だと言われた。


 未だにその理由がわからない。


「でも連絡すればいいんだ」


「そもそも連絡の必要性ってなに?」


「サキがオレを押し倒さないように」


「連絡するとしないの?」


「サキって保健体育の成績大丈夫?」


 レンは本気で心配そうな顔を俺に向ける。


 大丈夫か大丈夫でないかで聞かれたら多分大丈夫だ。


 暗記はそれなりに得意だから。


「これはテストの点だけいいやつだな」


「後に残さないタイプだから」


「かっこつけられてねぇから。まあそんなサキだからオレと水萌が泊まるのを許されるんだろし、オレ達も安心するんだけどな」


「ありがとう?」


 どんな俺のことを言ってるのかわからないけど、多分褒められてる。


 そういうことにした。


「それはそうとさ、一緒にお風呂入るの?」


 さっき水萌がレンに俺とお風呂に入るように言っていた。


 それに対してレンも「善処する」とは言っていたので、何かしら入らなければいけない理由があるはずだ。


「正確には一緒に入る必要はない。ちょっと最後の隠し事をな」


「え、実は男とか?」


「ちげぇわ」


 レンに軽くチョップをされた。


 まあこんなに可愛い男子なんてそうそういては困る。


 そういうのは花宮はなみやだけで十分だ。


「水萌には昨日教えたんだけど、絶対にサキに言った方がいいって言われたからさ」


「言われてなかったら教えてくれなかったと?」


「そういう意味を込めて先に水萌に見せたからな」


 レンがベッドから下りて俺の隣に座る。


 なんだか少し緊張しているように見える。


「……見る?」


「聞き方がちょっとずるいよな。レンが見せたいなら見る」


「じゃあサキが見たいなら見せる」


「確認、無理はしてないな?」


 レンが頷いて答える。


「それなら見たい。俺はレンの全てを知った上でレンと恋人になりたいから」


「ありがと。そう言って一週間後には水萌と付き合ってたらオレは引きこもるからな」


「俺ってそこまで信頼ない?」


「そうだな、言いすぎた。一年は我慢するか」


 レンが冗談で言ってるのはわかってるけど、ちょっと腹が立ったので手を握ってみた。


「……そこは暴力にしろや」


「断る。こっちのがレンに効果あるだろうし」


「だから言ってんだよ。まあいいや、そのまま繋いでて」


 驚いた。


 レンなら何かしらの文句をつけて手を離させると思ったのに、まさかそのままにするなんて。


 それだけのことなのだろうか。


「サキなら絶対に忌避感とかそういうの無いってわかってるのに怖いな」


「抱きしめるオプションいる?」


「いらない。つーか抱きしめられると駄目」


 レンはそう言ってから一つ息を吐く。


 そしてパーカーのファスナーに手をかけた。


「いきなりやめろし」


「その反応が見たかった。準備できたら呼ぶから目瞑ってていいよ」


「言ったな? 全裸になってこっち向いてたら抱きしめて俺が見えないようにするからな」


 俺はそう言ってから目を閉じてレンとは逆の方に顔を向ける。


「ほんとそういうのに耐性ないよな。水萌かよ」


 レンがファスナーを下ろす音が聞こえる。


 手は繋いだままだから片手でやってるのだろうけど、やりづらくないのか。


 そう思って手を離そうと思ったけど、レンがギュッと強く握るのでやめた。


 そして俺の手にレンが脱いだパーカーが被さる。


 当たり前だけど、暖かい。


 目を瞑ってるのもあって、顔が熱くなってくる。


 これからシリアスな話が始まるはずだから落ち着かなくてはいけないのに。


「エッチ」


「お前ほんとにやめろ」


 レンが耳元で囁くものだからマジトーンで返してしまった。


 だけどレンは嬉しそうにしているから後でお説教をするだけで許してやる。


「いいよ。ちゃんと後ろ向いてるから」


「ほんとだな?」


「見たいなら前向くけど」


「いつかな」


「……ばか」


 視界の大切だということを実感した。


 いつもならこの罵倒を「可愛い」で済ませられるのに、なんだか色々とやばい。


 何がやばいかと言われたら困るけど、やばい。


 無性にレンを抱きしめたくなるから俺は目を開ける。


「耳まで赤いじゃないか」


「見るとこちげぇわ!」


 目を開けると一糸まとわぬ背中があった。


 そこから視線を逸らして後頭部を見ると、水萌とは違い、短めの黒い髪で隠れていない耳が赤かったのでつい気になった。


 だけどレンが見せたいのは背中の方だろう。


火傷やけどか?」


「そう、首まで行ってるだろ? フード外すと見えるんだよ。オレがフードを外さない理由はこれ」


 レンの背中には、首から肩甲骨の辺りまで火傷の跡があった。


「水萌には話してないけど、これってあいつ……えっと、育児代行だっけ? そいつにやられたんだよな」


「レンがツンデレになったから?」


「ツンデレじゃねぇ。でも多分サキの想像通り」


 レンはずっといい子ちゃんを演じていた。


 それは水萌を守る為で、守る対象である水萌を逃がすことに成功してからはいい子ちゃんをやめた。


 そうなれば『躾』という名の体罰が起こっても不思議はない。


 理解はできないけど。


「その頃からフードを被ってたって言ってたもんな」


「父さんには誰にやられたとかは伏せて火傷のことだけ伝えた。オレが学校でフードが許されてるのはそういう理由。許されてるのか知らないけど」


「病院は?」


「行ってるよ。だけど完全には治らないみたい。その上で聞きたいことがある」


 レンが後ろを向いたまま言う。


「こんな火傷のあるオレだけど、それでもサキは──」


「話にならん」


「……オレも大概だな。意味がわかるんだから」


 レンが握る手に力を込める。


「レンに火傷があるから嫌いになるって? 俺はレンに火傷が無いから好きになったんじゃない。レンだから好きになったんだよ。たとえとんな隠し事を後出しされても俺の気持ちは変わらない」


「……知ってる。一瞬目を閉じて」


 またかと思いながらも、言われた通り目を閉じる。


 すると温もりに包まれた。


「開けていいよ」


「やめなさいよ……」


 目を開けると案の定レンに抱きつかれていた。


 もちろん服なんて着ていない


「やーだ。何を置いてもサキに抱きつきたかったんだもん」


「『だもん』は水萌のだろ」


「好きだろ?」


「好きだけど!」


「うわきものー。貧相な体だから言葉で攻めようかと」


「ドキドキしっぱなしだわ!」


「嘘こけ。貧相なオレに届いてないぞ」


「貧相言うな。レンだってなんともないだろうが」


「オレは超ドキドキしてるけど?」


「つまり……」


 お互いが自分の心臓の音で相手の心臓の音が聞こえてないらしい。


 まあ普通聞こえるのかもわからないけど。


「サキ」


「なに?」


「大好き」


「ごめん好き」


 ちょっと色々と抑えられなくなったのでレンのことを強く抱きしめた。


「何がごめんなんだよ」


「好き過ぎて?」


「意味わからん。でも嬉しい」


 レンが満面の笑みで俺を抱きしめる力を強くした。


 そうして俺達は満足がいくまでの間、抱きしめ合っていたのであった。

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