最高の結果
「んっ、それで話の続きなんだけど」
「じゃれ合いはもう平気ですか?」
いきなり始まった大人のじゃれ合いを無視して天使を眺めていたら、どうやらじゃれ合いに満足したようだ。
悠仁さんと唯さんが気まずそうにしてるけど、自業自得なので気にしてあげない。
「お楽しみだったみたいで」
「許してください……」
「まるで俺が悪いみたいな」
「昔の陽香さんの相手してるみたい。懐かしいけど、嫌な思い出も……」
悠仁さんが頭を抱え出した。
母さんは何をしたのか。
「とりあえず唯さん? あなたがオレの母親だってのは信じることにしました。後でサキの母さんに聞くとしても、今は信じます」
「ありがとう。それじゃあ恋火の聞きたいことに全部答えるから聞いて」
これで話の土台がやっと整った。
多分話の中心になるはずの水萌はスマホに夢中で聞いてないけど。
「まず、水萌が受けてた嫌がらせについて」
「それは本当に知らなかったの。今でも詳しく何をされてたかは聞いてないし、私が水萌を一人暮らしさせたのは、水萌がそうしたいって言ってたって聞いて、髪と目も色を変えたいって」
「嫌がらせを知らなかったのはオレも悪いから責められない。まさかいくら人に興味がないからって、実の母親を間違えてるとは思わなかったし」
それは俺も驚いた。
いくら小さい頃から育児代行に育てられていたからって、実の母親と間違えるとは思わなかった。
それだけ関わってこなかったのだろうけど、そもそもがおかしい。
「ちょっと聞いても?」
「なに?」
「唯さんがレンと水萌に関わらなかったのは忙しいとか理由があるのはわかりました。だけどその育児代行の人は何も言わなかったのかなって」
普通に考えればいくら関わらなくても親は間違えない。
ましてや育児代行のことを親と思うなんてありえないはずなんだ。
仕事なのだから一線は引くだろうし。
「多分そっちが愛人候補だったんだと思う」
「恋火、言い方が悪い。それだと俺が愛人にしようとしてたみたいに聞こえるだろ?」
「別にそこはどうでもいいかなって」
「良くないぞ。現に唯さんからの視線が痛い」
唯さんが笑顔ではなく、すごい真顔で悠仁さんを見ている。
こうして見るとやはり水萌は唯さん似なのだろう。
「じゃあ訂正。えっと……」
「水萌みたいに素直になれば?」
「なれたら苦労はない」
悠仁さんが不思議そうな顔になる。
レンは悠仁さんの呼び方に悩んでいるのだ。
今までのことが全部レンの勘違いの可能性が高くなってきて、今までのように悪態をつくことができなくなっている。
だから水萌のように『お父さん』や『父さん』とか『パパ』なんかで呼べばいいのに、恥ずかしくて呼べないでいる。
悠仁さんのことはちゃんと父親という認識があるから、唯さんのようにあからさまに呼び方に困ってる風に名前で呼ぶこともできない。
「まあいいや。とにかく、あの人はオレと水萌の母親になりたかったんじゃないか? 実際『うちの為』とか言ってオレに意味のない花嫁修業させてたし」
結局呼び方は決まらず、最終手段の『呼ばない』を選んだようだ。
いつか呼べればいいけど。
「なるほどな。でもなんで水萌にはさせなかったんだ?」
悠仁さんは気にした様子はなく、レンに問いかける。
「それはオレが水萌を無能にさせたからかな。だけど話を聞いた限り、全部あの人の理想を押し付けられてただけなんだな」
「ほんと、育児代行なんて頼まなければ良かったよ」
「それは違うんじゃないですか?」
部外者だから聞き専になろうと思っていたけど、悠仁さんの発言が少し引っかかった。
「と言うと?」
「確かに全部の元凶はその育児代行の人なのかもしれないですけど、ちゃんと話してたら何も起こってないですよね?」
如月家に起こった全てのことは、ちゃんと対話をすれば解決している。
母親を間違えるなんていうありえないことだって、悠仁さんと少しでも話せば違和感に気づけたはずだ。
水萌への嫌がらせや、レンの勘違いだってそうだ。
全部お互いが関わることを避けたから起こったこと。
「サキに人と話せって言われるなんて」
「言っとくけど、俺は人嫌いだけど家族仲は良好だから」
「説得力がやばかった」
うちは親と会えないことはおおかっ多かったけど、その分会った時はたくさん話す。
最近はよく会うけど、それでも会話の量自体は変わってない。
「やっぱり陽香さんの子供だよね。同じことを言われたよ。ちゃんと話せって」
「そもそも水萌の名字を変えるのだって変じゃないですか」
「それはちょっと違うよ。水萌は今でも如月姓だから」
「だけどマンションは森谷って。それに学校でも」
「少し複雑なんだけど、うちってお店の名前とうちに出入りする人の厳つさのせいで勘違いされてるでしょ? だから水萌は如月を名乗るのが嫌だからって」
「髪と目も同じ理由ね。ちなみに森谷は私の旧姓」
どうやらマンションを管理している人が知り合いのようで、名字が違うのを許されたらしい。
そして学校には事情を話して許可を得たと。
当の水萌は未だにスマホに夢中で何も聞いていない。
「ちなみになんで『如月組』って名前にしたんですか?」
「え、かっこよくない?」
この人はレンの父親だ。
中二病をこじらせている。
「サキ、何を思ったか正直に話せ」
「レンはどんな時でも可愛いって」
「後で覚えとけ」
レンの得意技だけど、絶対に後で何もしない。
「そうなると水萌を連れ戻そうとしてるって話も」
「たまには会いたいから」
「はい、全部解決」
聞きたいことは全部聞けた。
後は母さんに信じていいのか聞くだけだ。
「結局お得意のすれ違いってことだよな?」
「まだ全部嘘の可能性はある」
「レン、嘘ってのは真実を混ぜることで相手に嘘だと思わせないようにするんだよ。だから全部は無いと思う」
「否定されるかと思ったら肯定された」
レンが驚いたような顔をしてるけど、悠仁さんと唯さんの言葉を全て信じたら、水萌とレンの言葉を嘘にしなければいけなくなる。
それがたとえ知らなかったことだとしても、なんか嫌だ。
「ばーか」
「久しぶりの可愛い罵倒」
「うっさいばか」
「やっぱり可愛い」
真実を伝えたら拗ねたレンに脇腹を殴られた。
そういうところもまた可愛い。
「えっと、ずっと気になってたんだけどさ、舞翔君は水萌か恋火と付き合ってるの?」
悠仁さんが心配そうに聞いてくる。
「まだ付き合ってないですよ?」
「まだ?」
「レンに告白したんですけど、返事待ちしてます」
「違うだろ。つーか真面目に返答するな」
またもレンに脇腹を殴られた。
「舞翔君」
悠仁さんが背筋を伸ばしてすごい真剣な顔になる。
「なんですか?」
「詳しいことはわからないけど、君に水萌と恋火を幸せにできるのかい?」
「正直に言っても?」
「もちろん」
「あーあ」
「楽しみ」
なんか両サイドから哀れみの声と嬉しそうな声が聞こえてくる。
とりあえずそれを無視して悠仁さんに告げる。
「俺は水萌もレンも幸せにします。根拠は今のところないですけど、少なくとも、悠仁さんのように二人を放置して悲しませることはしません」
「……」
「悠仁さん?」
何かしらの言い返しがあるかと思ったけど、悠仁さんは微動だにしないで俺を見ている。
俺は何か間違えただろうか。
「私にも刺さるけど、悠仁さん気絶するぐらいに刺さっちゃった」
「あれ?」
「オレ達を悲しませたらそりゃサキは怒るよ」
「舞翔くんだもん。私達を悲しませた人を許すわけないよね」
なんだか俺が何かしたみたいになっている。
俺は言われた通りに思っていたことを正直に答えただけなのに。
結局悠仁さんが動くことはなく、唯さんから感謝と謝罪を受け、更にお土産まで貰ってしまった。
色々とあったけど、結果的に最高の結果になったはずだ。
本当に良かったけど、悠仁さんは大丈夫なのだろうか。
まあ俺にはこの後、一大イベントがあるから悠仁さんのことを気にしてる余裕がないのだけど。




