証拠の写真
「……」
「……」
「……いや、連れて来たのは唯さんなんですから黙らないでくださいよ」
今、悠仁さんこ部屋には俺と悠仁さん、そして唯さんと、唯さんが連れて来た水萌とレンが居る。
どうやって連れて来たのかは知らないけど、絶賛お通夜モードだ。
「だって舞翔君に私達の言葉を聞かせるよりも、二人を含めて擦り合わせた方がいいと思って」
「だったらそう言って話してくださいよ」
「だって、いざ水萌と恋火を前にしたらなんて言えばいいのかわかんなくなっちゃったんだもん」
唯さんが俯いて小さくなる。
こうして見ると水萌に似ていると思ってしまう。
「そ、それよりさ、なんで二人は舞翔君の隣に? あ、いや、それはいいんだけど、その……」
悠仁さんが俺に複雑な表情を向ける。
まあ言いたいことはわかる。
水萌とレンは渋々こな部屋に入って来て、即座に俺の両隣に座った。
それは多分いいんだろうけど、悠仁さんが気にしてるのは水萌が俺の腕にしがみついてることだ。
「頑張って誤解を解いてください」
「丸投げ。まあ当たり前なんだけど……」
「仕方ないので少し手助けです。水萌、レン、とりあえずは二人の話を聞いて。信じる信じないは二人に任せる。それと、水萌とレンが嫌いな母親は唯さん?」
このままだと何も始まりそうになかったので話のきっかけだけ作ることにした。
悠仁さんと唯さんが話しても、水萌とレンが応じなければ意味がないのだし、それに唯さんが本当に水萌とレンを追い詰めた人なのかも気になったから。
「……愛人?」
「悠仁さん、私に内緒で誰か連れ込んだのかな?」
「唯さん、顔が怖いです。今のは絶対に唯さんのことを愛人だと思ってる言い方だよね?」
「だから母親と思う相手を頻繁に連れ込んでいたってわけでしょう?」
「俺はほとんど家に居なかったじゃん……」
唯さんの笑顔は綺麗だけどやはり怖い。
今回のは演技だろうけど、それでもあんな笑顔で見られたら悠仁さんのように縮こまりそうだ。
「唯さんは君らのお母さんだって」
「新しい?」
「母さんでも俺の記憶に残るぐらいは一緒に居たんだけどなぁ……」
レンの顔に冗談を言ってる感じはない。
どうやら本気で唯さんを親だと思ってないらしい。
「え、ほんとにこの人が母親なの? ずっと愛人か何かだと思ってた」
「水萌も?」
水萌が目を丸くしながら頷いて答える。
「悠仁さん、私は結構ショックを受けてます……」
「うん、俺もまさかここまでだとは思ってなかったよ」
完全に落ち込んで俯いている唯さんの頭を悠仁さんが優しく撫でる。
娘の前でも気にせずじゃれ合うようだ。
「なんかサキが自分を棚に上げた気がする」
「なんのことだ?」
「言ってもわかんないだろうからいい。でも思い返して見たら、この人はオレ達に何もしなかったな」
レンからしたらどう呼んでいいのかわからなくて無意識で言ったのだろうけど、無意識の「この人」呼びに唯さんが余計に落ち込んでいる。
「恋火、それ以上はやめてあげてくれないか? 唯さんが立ち直れない」
「ん? うん」
レンはほんとに無意識だから悪いことをしてる意識はない。
だから不思議そうな顔をしてるけど、俺もそろそろ見るに耐えなくなってきた。
「えっと、つまりは俺と唯さんが水萌と恋火の実の親だって証明できればいいんだよね?」
「そうですかね、できます?」
さすがにレンのこの反応を見て、今まで水萌とレンを傷つけた相手が唯さんだなんて思わない。
だけど水萌とレンが実の母親をわからないと言ってる以上、その証拠がないと全てを信じることもできない。
「一番簡単なのは陽香さんに頼むことなんだけど、今は無理だし。結婚指輪も証拠にならないよね。となると……」
悠仁さんがスマホを操作しだした。
「これ……は四人だから駄目か。あるはずなんだけど……あった」
悠仁さんはそう言ってスマホを俺達に見えるように置いた。
そこには四人の大人と、二人の天使、そしてふてぶてしい赤ん坊が写っていた。
「俺が出せるのはこれだけなんだけど、どうか……」
悠仁さんの言葉が止まった。
俺も固まり、レンは呆れたような顔をしている。
「か、かわいい……。やっぱり舞翔くんはこの頃からかわいい!」
水萌が真面目な顔で俺の方を向く。
俺に同意を求められても困る。
「水萌、俺も小さい水萌とレン見たい」
「え、でも私も後二時間ぐらい見てたい」
「一緒に見ようよ」
「見る!」
水萌がスマホをテーブルに置いてキラキラした目でじっと眺める。
アルバムの時もだけど、そんなに見てて面白いのか。
ちなみに俺は水萌とレンの写真ならいくらでも見てられるし、ずっと楽しい。
「レンも見よ」
「お、オレは別に……」
「そう? まあ自分達の小さい頃って見たいものでもないか」
俺だってわざわざふてぶてしい子供なんて見るつもりはなく、隣で抱かれている天使しか見てないわけだし。
そんなことを思ってると、水萌がレンの方に手で壁を作った。
「何してる?」
「恋火ちゃんは見たくないって言ってるから」
「み、見たくないなんて言ってないだろ!」
「じゃあ素直じゃないからだめー」
「お前帰ったらさっきのも含めて覚えてろよ……」
レンが水萌をジト目で睨む。
レンはそんなことを言ってるけど、帰ったら『水萌の刑』が待ってるのはレンだから、また泣かされることになるのに。
「あの……」
「あ、そういえば証拠の写真だった」
悠仁さんがすごい複雑そうな顔で声を掛けてきて思い出したけど、これは唯さんが水萌とレンの母親だという証拠を見せる為のものだった、
「これって俺……自分ですよね?」
「いつも二人と話してる話し方でいいよ。それと、そうだね。水萌とレンを抱いてるのが俺と唯さんで、隣で抱かれてるのが舞翔君で、抱いてるのが陽香さん」
(それと……)
「舞翔君が生まれてすぐだったかな、全員が集まれる日があって、それで撮ったんだ。陽香さんも持ってるはずだからそれが証拠にならないかな?」
さすがにこんなものを見せられたら信じざるをえない。
これで信じないと母さんも信じないことになるから。
「レンはどう?」
「さすがに全部は信じられないけど、サキの母さんが言うなら信じる」
「水萌は?」
「私も陽香さんが言うならー」
水萌に関しては写真に夢中で話を聞いてるかわからないけど、多分母さんが言えば信じるとは思う。
「どうしよう唯さん。娘達は俺達よりも陽香さんの言葉を信じるって言ってるよ」
「仕方ないよ。私なんて愛人と思われてたわけだし……」
「大変だ、唯さんが鬱モードになった。こうなるとめんど……立ち直るまでに時間かかっちゃうんだよなぁ」
一瞬本音が聞こえたような気がしたけど、俺は何も聞いていない。
だけどやっぱり水萌に似ている気がする。
そしてその水萌がてけてけと悠仁さんの方に近づいて行っている。
「えっと、お父さん?」
(疑問形で言うな)
「は、はい?」
(親子か! 親子だけど!)
やり取りが気になって内心で突っ込んでしまったけど、水萌の方から話しかけるなんて感動だ。
帰ったらめいいっぱい褒めてなげなければ。
「んとね、私と舞翔くんは赤ちゃんの頃から会ってたの?」
「そうなるね。数回だけど一緒に遊んだこともあったよ」
「そっか……」
水萌が自分から話しかけただけでも感動ものなのに、俺と水萌とレンが幼なじみなのが確定したことにも感動する。
だから水萌にはこのまま会話を終えて欲しい。
その希望に満ちた顔をやめてくれ。
「じゃあさ、私か恋火ちゃんが舞翔くんのいいなづけ? とかってある?」
「な、なんでかな?」
悠仁さんがあからさまに動揺している。
「なんでもない」で済まして欲しい。
レンも聞き耳を立てるな。
「私と同じクラスの人がね、親同士が知り合いで、小さい頃に一緒に遊んだ子供同士とを勝手にいいなづけ? にするって言ってたの」
夏休み中は二度と会わないと思ってたけど、近いうちに呼び出しが決まった。
確かにラブコメならそういう設定はあるけど、そんなの現実で起こってたまるか。
「……」
悠仁さんがスーッと水萌から視線を逸らす。
ちょっと不安になってくる。
「そういえば陽香さんがそんなこと言ってたっけ?」
「唯さん!」
鬱モード? 中の唯さんが落ち込みながらも顔を上げて言った言葉で悠仁さんが慌てた様子になる。
水萌はなぜか嬉しそうだし。
そして笑顔な水萌はまたもてけてけと唯さんの隣に向かう。
「お母さん? どっちが舞翔くんの恋人さん?」
「……もう一回いい?」
「? どっちが舞翔くんの恋人さん?」
「その前!」
「お母さん?」
唯さんから何やら幸せオーラが出てきてるのが見える。
「生きてて良かった……」
「どっち?」
「あ、ごめんね。私は直接聞いたわけじゃないから知らないんだけど、舞翔君が好きになった方だっけ?」
「……」
唯さんが悠仁さんに聞くが、悠仁さんはそっぽを向いて返さない。
「ふーん、無視するんだ。愛娘がせっかく話しかけてくれたのにも返さないで、愛してるはずの妻の言葉も無視なんだ。それとも私はやっぱり愛人なのかな?」
「それはないから」
悠仁さんが食い気味に唯さんの肩を掴んで否定する。
「俺は唯さんが世界で一番好きだから」
「二番じゃなくて?」
「確かに昔は唯さんじゃない人が好きだったよ。だけど、今は唯さんが一番だよ」
「知ってる」
唯さんが悠仁さんに抱きついた。
それを真隣で見てた水萌は聞きたいことが聞けたから俺の隣に戻って来た。
「オレ達は何を見せられてんの?」
「いい夫婦の図」
多分これが全夫婦が目指すべき理想なんだと思う。
まあ知らないけど。
「結局舞翔くん次第か」
「帰ったら色々と話すからね」
「舞翔くんとお話するの楽しいからうれしー」
説教の気分で無くす天才相手に説教しようなんて無謀だった。
とりあえずおしどり夫婦のじゃれ合いが終わるのを天使を見ながら待つのだった。




