信用できない話
「忙しいみたいで出なかった」
「そうですか」
なぜか話に出てきた母さんに連絡をした悠仁さんが残念そうに言うが、一応母さんは仕事中なので繋がる方がおかしい。
俺が数ヶ月に一回連絡する時はすぐに返信がくるけど。
「当たり前でしょ。陽香さんはお盆も忙しいんだから」
「そうだよな。でもそれだと困った。舞翔君への説明ができない」
「自分としては母との関係を知りたいですけど」
俺のことを知ってるだけでも驚いたのに、母さんのことまで知ってるなんて、どう反応すればいいのかわからない。
「まあ陽香さんは話してないよな。じゃあ陽香さんに怒られない程度に関係を話すよ」
「その前に一つだけいいですか?」
「なにかな?」
「悠仁さんは女性に頭が上がらないんですか?」
多分こんなことを初対面の人に聞くのは駄目だろうけど、どうしても気になった。
妻である唯さんに頭が上がらないのはまだわかるけど、母さんにもとなると、それは女性が苦手なのかもしれない。
だから思わず聞いてしまったけど、それを聞いた唯さんが吹き出した。
「唯さん、笑いすぎ」
「だ、だって、その通りだか、ら」
「ほんとに陽香さんの息子だね。素直すぎる」
「すいません」
「いいよ。俺みたいに素直になれなくて後悔するよりかは全然」
悠仁さんの表情が悲しげになる。
さっき唯さんに「美味しい」を言わないと怒られていたけど、それ以外にも何かあるのだろうか。
「えっと、陽香さんとの関係だったよね。まあ簡単に言うと俺と陽香さんは幼なじみってやつなんだよ」
「幼なじみですか。だから自分のことも?」
「うん。今もたまに会うぐらいだからね、子供が生まれた時はお互い抱っこしに行ったんだよ」
道理で俺のことを知っているわけだ。
そしてどこか懐かしい声は俺が小さい頃に聞いたのを記憶の片隅で覚えていたのだろう。
「でもそんな小さい頃なら今の自分は知らないですよね?」
「今も会ってるって行ったろ? 陽香さんが『写真撮らせてくれないの!』って怒ってたけど、それでも入学式とかで撮った写真を見せてくれたんだよ」
「なるほど」
確かに俺は母さんが写真を撮りたがっても断るから写真が少ない。
だけどさすがに入学式や卒業式だと断ることができないから撮ることになる。
「それにね、陽香さんもうちの娘のことを知ってるから」
「聞いてねぇ……」
「陽香さんを責めないであげてね。最近のうちの娘のことは知らないだろうし、名前を聞いてなんとなくわかったかもだけど、水萌は見た目が違うし、恋火はずっとフードを被ってるだろ?」
そう言われると何も言い返せない。
いくら同じ名前だからって、最後に見たのが黒髪黒目なのが、金髪碧眼になっていて気づく方がおかしいのだと最近知った。
それにレンも家の中だろうとフードを外さないから顔で判断は難しいのかもしれない。
「陽香さんに娘のことを聞かれた時は驚いたよ。まさか舞翔君とうちの娘が友達になってたなんて」
「すごい怒られたんでしょ?」
「それはもう。ほんとに怖かった。今でも夢に見て夜中に目が覚めるからね」
要するに母さんは全部知っているのに黙ってたということになる。
次に会ったら家族会議を開かなければいけない。
「あ、もう一度言うけど陽香さんを責めないであげてね。陽香さんには話せない事情があるから」
「それは直接母に聞きます。それよりも母に怒られた理由を教えてください」
多分それが全ての答えに繋がることだと思うから。
「正直思い出すのが怖いから話したくないんだよね」
「それじゃあそれも含めて母に聞きます」
「やっぱりあの人の息子だ。多分聞きたいのは水萌の水萌の容姿、それと恋火の勘違いもかな?」
「とりあえずは。正直聞きたいことは山ほどありますけど、後で母を問い詰めた方が簡単そうなので」
「あの陽香さんも息子には勝てないか」
悠仁さんがどこか嬉しそうに笑う。
母さんは俺に甘いので俺が何かを願えば叶えてくれる。
多分俺が母さんに頼ることがほとんどないから嬉しいのだろうけど。
「陽香さんの焦る顔とか見たいな」
「あら? 目の前で浮気発言がされた気がするのだけど、気のせいかしら?」
「き、気のせいだよ。俺は唯さん一筋だから」
「あらら、嘘ばっかり〜」
唯さんの綺麗な笑顔を見た悠仁さんの顔が青ざめる。
この夫婦は見てると面白い。
「と、とにかく水萌と恋火についてだよ。水萌の容姿については俺よりも唯さんの方が詳しいよね?」
「まあ、あなたは仕事ばかりで子供のめんどうを見なかったですからね」
「そ、それは……」
「冗談。そもそも私だってあなたのお手伝いでお仕事してばっかりで、ほとんど育児もしてなかったし」
二人のじゃれ合いを見ながら少し違和感を覚える。
じゃれ合いについてではなく、唯さんの発言について。
「唯さんが二人を育てたわけではないんですか?」
「そう言われると語弊があるけど、うちは同じ仕事場で共働きだから仕事中は水萌と恋火を見ることはできないでしょ?」
「そうですね、うちもそうでしたし」
うちも両親が共働きで、ほとんど両親と一緒に居た記憶がない。
三人が揃うことなんて一ヶ月に一回あればいい方だった。
「つまり育児代行みたいなやつですか?」
「そうなるかな。その人が少し癖のある人でね、これは言い訳に聞こえるだろうけど、水萌の容姿に関しては、私達が無理やりやらせたわけじゃないのよ?」
「それはさすがに……」
唯さんの表情を見る限り嘘を言ってるようには聞こえないけど、それはあまりにも水萌の発言と違いすぎる。
「水萌さんは恋火さんとの関係を完全に消す為に容姿を変えられたと言ってましたけど」
「んー、多分信じてもらえないだろうけど、それって水萌の想像じゃない?」
確かに水萌も理由までは知らなかった。
「そういうものだから」と自分で決めつけていたところもあるかもしれない。
だけど──
「わかってる。私の言葉よりも水萌の言葉を信じるのよね。やっぱり陽香さんに説明してもらわないと駄目なのかな?」
「ちなみに恋火の勘違いは、俺と唯さんの仕事は普通に飲食業で、断じて暴力団とかではないからね?」
「悠仁さんのはまだ信じられます。恋火さんも仕事についてはわからないみたいでしたし。だけどなんでそんな勘違いに?」
いくらなんでも飲食業が暴力団は話が飛びすぎている。
それに文月さんも似たようなことを言っていたし、完全に信じることはできない。
「仕事の証明はできるから、勘違いの理由だね。これは陽香さんにも関わることだから言いたくないんだけど、俺の昔の知り合いって厳つい人が多いんだよ。今は全然普通なんだけど、顔つきはまだ厳ついからそういうのが家に出入りしてるのを見て勘違いしたんじゃないかな?」
「それって近所で噂になったりしてます?」
「最初はね。だけど今はちゃんと説明してるし、近所の人はみんな知ってるよ」
それならまず水萌とレンに説明すればいいものを。
それに近所の大人に説明はしてるのだろうけど、子供には話が行ってないからレンが学校で浮いているのだろうし。
「なんで親ってのは子供に仕事を隠すんですか?」
「陽香さんはともかくとして、俺は隠してるつもりはないよ。ただ俺も唯さんも娘との接し方が下手なんだよ」
「それに子供だと思って話を聞こうともしなかった。気づいた時には手遅れだったのよね……」
唯さんが俯いて苦しそうな顔をする。
「手遅れとは?」
「水萌の髪の色と目の色ね、あれって『水萌がしたいって言ってた』って言われたの」
「一人暮らしもそういう理由ですか?」
唯さんが頷いて答える。
唯さんの言葉を全部信じるなら、全ての元凶は育児代行の人になる。
水萌とレンが嫌っていた『母親』が、実は『育児代行』で、その人から色々と吹き込まれたりしたせいで水萌とレンの勘違いが始まる。
見分けがつかないから金髪碧眼にさせたり、一人になれば見分けをつける必要もないから一人暮らしをさせる。
そしてレンには誤った情報を吹き込んでそこまでの手引きをさせた。
後はその『育児代行』が存在すれば全部の辻褄が合ってしまう。
「もちろん育児代行はクビにしたよ? だけど証拠が……あ」
唯さんが何かを思いついたようでいきなり立ち上がった。
「ちょっと待ってて。とりあえず仕事の証拠でも見てて」
唯さんはそう言って部屋を出て行った。
よくわからなかったけど、残された俺は同じく残された悠仁さんにスマホで仕事先を見せてもらった。
どうやら自分のお店を持っているようで、名前が『如月組』。
そりゃあ間違えられる。
そんなことを思いながら唯さんの帰りを待った。




