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頑張る前に

「ここ?」


「ここ。感想は?」


「普通?」


 水萌みなもの刑を受けたレンが一時間かけて回復したので、そのタイミングで俺達は水萌とレンの実家に向かった。


 前情報のイメージでは、入口には門があって、入ると強面の男の人がたくさんお辞儀をしてる感じだった。


 だけど実際はどこにでもありそうな普通の一軒家だ。


「もしかしてさ、俺ってすごい騙されてた?」


「いや? 少なくともオレと水萌の話したことに嘘はない。ただ、一つだけ言い訳……でもないんだけど、もう一度言っとく、オレと水萌は両親がなんの仕事してるのかを詳しくは知らない」


 文月ふみつきさんからは『如月組』という名前を聞いた。


 そしてレンからは『他称、暴力団』と。


 母さんもだけど、なんで親は子供に仕事を隠したがるのか。


「違うな、子供が興味ないから教える機会がないのか」


「なにが?」


「気にするな。それより水萌はどうする?」


「……」


 さっきから一言も喋っていないけど、もちろん水萌もこの場に居る。


 ずっと俺の腕にしがみついているけど。


「ここまで来たら連れてくしかないでしょ。この状態で水萌のマンションにもサキのアパートにも帰らせられないし。置いてくとかもっと無理だろうから」


 レンの言う通りで、こんな状態の水萌を一人にはできない。


 そもそもそういう理由で連れて来てるわけだし。


「とりあえず水萌をちゃんと見とこうか」


「そうだな。ほんとに無理そうならオレが連れて帰る」


「うん。……うん?」


 なんだか少し気になる言い方な気がしたけど、どこが気になったのかがわからない。


「まあいっか。それよりも早く済ませちゃおう」


「それもそうだな。オレもここは好きじゃないし」


 レンはそう言うと当たり前のようにインターホンを押した。


「鍵とかないんだ」


「一応家出中だからな。鍵は出る時に置いてきた」


 なんか言い回しがかっこいいと思ってしまったのは俺にレンの中二病が移ったからなのか。


 最近のレンは中二病感ないけど。


 そんなことを考えていると、扉が開く。


 そして扉の先には右目に眼帯をした、第一印象が『かっこいい』な男の人がいた。


「連れて来た」


「……」


「はじめまして、私は──」


 男の人、多分レンと水萌の父親であるその人は無言で家の中に戻って行った。


 話し方とか色々と考えてきたけど、俺達とは違って立ち話はしないということなのだろうか。


「ちっ、やっぱ愛想悪いな」


 レンが眼帯さんを睨みながら悪態をつく。


「実はコミュ障とかある?」


「そういうのはないよ。興味ないから知らんけど」


 レンがすごく不機嫌になっているので、それだけで関係が悪いのがわかる。


 そして水萌に関してはさっきから震えが止まらないでいる。


「水萌がマジでやばいな」


「多分まだマシな方。アレに見つからないように早く行こう」


 レンが扉を開けて家の中に入る。


 レンの言う『アレ』とはおそらく母親のことだろう。


 確かにあまり関わってこなかったという父親を見てこの反応なのだから、トラウマの原因となっている母親を見たら水萌がどうなるかわからない。


 俺は水萌の頭を優しく撫でてから一緒に家の中に入った。


「多分自分の部屋に居るだろうからこっち」


「ん、それにしてもほんとに普通だな」


「住んでる奴とその客は普通じゃないんだけどな」


「客? それは間接的に俺をディスってる?」


「……そんなことないよ」


 レンが家に着いてから初めてのいい笑顔で答える。


 可愛いのと人様の家だから何もしないけど、いつかその笑顔を写真に収めてやる。


「なんか寒気が」


「大丈夫? 俺は最近スマホの使い方を知ったからそういう時は電話で助けを求めるってことぐらいは覚えたぞ?」


「そういうのいいから。サキだと救急車とか呼ばないでオレが困る相手に連絡しそうだし」


 レンが困るかは知らないけど、オレが連絡を取れる相手なんて母さんと文月さんと花宮はなみやしかいない。


 とりあえず文月さんにどうしたらいいかを聞くだろうけど、レンは文月さんと接点がないから困ることはないだろう。


「大丈夫、レンは困らないよ。それにレンが寒いって言うならまず俺と水萌であっためるから」


「うわぁ、余計にやばくなった。暑くなりすぎるから絶対にやめろよ」


「ほんとにやばそうなら俺はやる。多分水萌も」


 レンだって水萌が寒いと言ってその場に自分しかいなく、物もないのならその身を使って暖めるだろう。


 それなら俺達だってレンを暖める。


 嫌がりながらも絶対に照れてくれるし。


「今度は悪寒が」


「大丈夫? 帰ったらほんとに暖めようか?」


「いい。サキのベッドに入れば治る」


「やっぱり俺のベッド好きじゃん」


「うっさい。それと水萌は拗ねる余裕があるなら離れろ」


 いつものやり取りで場が和んだおかげか、水萌が俺の腕に抱きつく力が強まった。


 まだ震えはあるけど、それでも余裕が出てきたのは行幸ぎょうこうだ。


「ごめんね、ちょっとは平気になってきたけど、まだ……」


「水萌ってこうしてると可愛いんだよな」


「何言ってんの? 水萌はいつでも可愛いけど?」


「なんでキレ気味なんだよ。それより着いたけど、水萌はそのままでいいのか?」


 レンが二階の最奥の部屋の前で立ち止まり、水萌に問いかける。


 どうやらここが水萌とレンの父親の部屋らしい。


「オレの部屋で休んでてもいいぞ」


「なんだかんだで優しいレン」


「はっ倒すぞ」


「いきなり押し倒すとか誘ってんの?」


「サキはサキで変なテンション入ってるし。珍しく緊張してる?」


「ちょっと」


 俺は勘違いされがちだけど、人と話すのは苦手だ。


 それも初対面の人となんてまともに話せない。


 今回は水萌の為ということで割り切っているけど、本来ならしたくはない。


「……元気いるか?」


「やばい、その言葉だけでやる気が出てくる」


「じゃあいらないな」


「いる。ちょうだい。無いと俺は何一つ喋れないで何もできない無能の烙印を押されてレンに失望される。……やばい、死ねる」


 レンに失望されたところを想像したら、それだけで耐えられなかった。


 今回のことは水萌の為でもあるから水萌にも失望さらることになり、二人から失望されたら俺は死ぬ。


 精神的に死んだ俺はどんどん病んでいき、最終的には……


「そんな泣きそうな顔するなよ。慰める前にもっといじめたくなる」


「……」


「落ち込んだサキってなんでこうも可愛いのか。ここがうちじゃなければもっといじめて眺めてるのに」


 レンが恐ろしいことを言っているのがかろうじて聞こえる。


 だけどほんとにかろうじて過ぎて何も返すことができない。


 レンにいじめられるのは嫌ではないけど、今は慰めて欲しい。


 そんなことを考えていると、俺の左腕。


 水萌が抱きついていない方の腕にぬくもりを感じた。


「頑張れ、お兄ちゃん」


「………………それは反則なんだよな」


 レンが俺の腕に抱きついて、精一杯背伸びをして耳元でそう呟いた。


 正直に言おう、脳が溶けた。


 水萌も学校が無いから最近は言わないし、久しぶりの『お兄ちゃん』であるのもあって、余計に破壊力がある。


 それだけでなく、顔を赤くして、だけど俺を元気づけようと笑顔を向けてくれるレンを見ると……やばいでしょ。


「さ、サキ、顔真っ赤だぞ」


「そっくりそのまま返す」


「元気出た?」


「やばい出た」


「そっか、これで出なかったらキスでもしてやろうと思ってたのに」


「それは頑張ったご褒美で」


「………………善処する」


 レンが俺から離れてそっぽを向いた。


 だけど耳まで真っ赤なのが見えている。


 俺の言う『善処』はやらない前提だけど、今の『善処』は本当に考えてくれてそうで、やる気の出方が尋常ではない。


 そんなことを考えていると、水萌が俺の腕をぐっぐっと引っ張ってきた。


「どした?」


「私も舞翔まいとくんに元気あげていい?」


「もちろん」


「じゃあ……」


 水萌はそう言うと、俺の腕を支えにして頑張って背伸びをする。


 そして目を閉じて俺の頬に……


「……元気出た?」


「……ありがとうございます」


「な、なんでお礼なの! 恋火れんかちゃんのに負けたくないからしてみたけど、ご褒美はこれ以上をするんだよね。それって……」


 水萌がちらっと俺の顔を見て、一気に顔を真っ赤にした。


 俺は思考を停止させて、とりあえず水萌の頭を撫でる。


 うちでレンに言われて気づいたけど、俺がこうして水萌の頭を撫でるのは、照れ隠しと水萌を子供扱いして本気にならない為なのかもしれない。


 レンの言葉通りにするなら頭を撫でるのをやめた方がいいんだろうけど、そうすると多分話どころではなくなる。


 だから次からでお願いする。


「わ、私は恋火ちゃんのお部屋に居るね。舞翔くん、頑張って」


「頑張ります。ちょっとふわふわしてるから不安だけど」


「オレ達のせいでもあるから何も言えないけど、頑張れ。オレも水萌と一緒に応援してる」


「うん、ありがとう。だけどさ、それってつまり、レンはついて来ないってことだよな?」


「……頑張れ」


 レンはそう言って逃げるように水萌と隣の部屋に入って行った。


 最初に気づいた違和感はこれだ。


「いや、なんとなくこうなるのはわかってたけどさ、せめて先に言ってよ」


 俺は届くはずのない恨みをレンに飛ばして、目の前の扉と向き合う。


 一つため息をついてから扉に手を掛けた。


 さあ、頑張りどころだ。

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