水萌の刑
「正直話すって言ってもそんなに話すことないんだけどな」
「じゃあレンの生い立ちでもいいけど?」
「オレ達の親とサキが話す。以上」
赤くなって丸くなってる水萌にもたれかかりながらレンの話を聞こうと思ったら、即座に話が終わった。
そんなに早く生い立ちが語りたいなら言ってくれればいいものを。
「話さないからな?」
「心を読むな。それと俺が話すのは知ってるから。今日話すのはもっと詳しいとこだろ?」
「詳しいとこね。それに関してサキに謝らないといけないことがあるんだよね」
レンがスーッと俺から視線を外す。
すごい嫌な予感がする。
「許す為に何していいの?」
「サキはオレのことが大好きだから許してくれるだろ?」
「俺はレンの困ってるところを見るのも好きだぞ」
「頑張ってみたのに簡単に返すよな。まあいいや、どうせサキは許してくれるし」
そういう言い方はほんとにずるい。
そんなことを言われなくてもちょっとレンの困ることをしてそれで済ませる気なのに、そういう言い方をするなら俺にだって考えがある。
「水萌、レンが一番困ることは?」
「甘いな、今の水萌はサキと話せる状態じゃない」
「……私とチェンジ」
水萌が俺の腕をどけて立ち上がり、レンにとてとてと近づいて行く。
そしてレンの腕を掴んで俺の足の中に座らせる。
「されるがままなんだ」
「いや、水萌のガチ照れ顔見たら動けなくなった」
気持ちはわかる。
いつもワイワイしている水萌が、今はとても静かで、俺と目が合うとバッと視線を逸らす。
可愛い以外に言葉はいるか?
「私はいいの! いいから舞翔くんが恋火ちゃんをぎゅーするの!」
「怒った顔も可愛い」
「口に出てるから」
「出してるんだけど?」
「余計に怒るぞ」
レンの言った通り、水萌のほっぺたがみるみる膨らんでいく。
「拗ねるぞ」
「いや、あれは違う。多分レンに復讐に来る」
「は? なんでオレに!?」
レンが俺の方に振り向いた瞬間に水萌がレンに抱きつく。
正確に言うなら俺と水萌でレンをサンドイッチにする形になった。
「水萌、離れろ」
「やだ。私は恋火ちゃんに抱きついてるんじゃなくて舞翔くんに抱きついてるだけだもん。だから恋火ちゃんの言うことは聞きません」
「サキ、離れろ」
「俺の後ろにはベッドがあって、前はレンが固めてるから動けない」
「こいつら……」
レンが俺にジト目を送ってくれけど、絶対に俺は悪くない。
悪いのは水萌を煽ったレンだ。
「今オレのせいにしたろ」
「したけど? それよりも顔赤くなってきてるぞ?」
「うっさい! 暑いんだよ!」
「舞翔くん、わがままな恋火ちゃんに『愛してる』って囁いて」
「お前はほんとに黙れ」
さっき暴力を封じたのもあってレンは水萌を睨むだけで終わる。
成長のように見えるけど、単純に動けないだけなんだろう。
「サキ、ほんとにやめろよ?」
「そんな前フリされたらやるしかない」
「やったらオレは今日サキと話さない」
「俺に対して罪悪感あるんじゃなかったっけ?」
「ほんとにああ言えばこう言うだよな!」
レンが抜け出そうとモゾモゾしだすけど、水萌は絶対に逃がさないという感じにホールドしているからレンは諦めたように動きを止めた。
「水萌、俺が止めとくから離していいよ」
「そう? もしも離したら今日は私と一緒にお風呂ね」
「何そのお風呂を嫌がる子供に親が言うやつみたいなの。言われたことないから知らないけど」
水萌の目がマジなのでこの子は本気でやる。
とりあえず水萌が離れて逃げようとしたレンのお腹に腕を回して抱きしめる。
「離せ」
「やだね。そんなことしたら俺が死ぬ」
「知るか! このままだとオレが死ぬんだよ!」
「レン、普通に考えろ。レンは抱きつかれてるだけだけど、俺は水萌と一緒にお風呂だぞ? いくら俺が水萌を妹扱いして誤魔化してるって言っても、駄目でしょ」
「そう言われると何も言い返せないだろ」
最近はただでさえ危ない日が多いのに、お風呂なんて一緒に入ったら……
「サキってさ、オレを好きなのは本当なんだろうけど、だからって水萌を好きになるのを避けてないか?」
「そんなことは……あるのかな?」
正直わからない。
俺はレンが好き。
だけど水萌のことも好きだ。
レンへの好きが恋人的な意味で、水萌のが友達、家族的な好きだと思っているけど、そもそも俺は人を好きになったのが初めてだからそれが本当に合っているのかわからない。
「オレはサキに好かれて嬉しいよ。だけどそれを理由に水萌への気持ちを見なかったことにするのは違うと思うんだよ」
「つまり一緒にお風呂に入れと?」
「そうは言ってないだろ。だけど、一回オレを好きってのを忘れた方がいいと思うんだよ。今の停滞ってそういう時間なわけだし」
レンが俺の告白をぶった斬った理由は時期ではないから。
水萌のゴタゴタが全部片付いたら再度付き合うチャンスをくれるとのことだ。
そして全部が片付いてもレンのことを好きでいたなら俺はめでたくレンと付き合える。
「もう一度言うけど、オレはサキに好かれるのは嬉しいから」
「わかってる。レンを理由にして自分の気持ちに嘘をつくなって言いたいんだろ?」
「そう。お風呂は駄目でも、水萌の好意にはしっかりと向き合ってやってくれ」
レンがはにかむような笑顔でそう言った。
なんだかんだ言ってもレンは水萌のことも大切にしている。
最終的に俺が水萌を選んだとしてもレンはそれを本気で喜ぶことができる子だ。
今の抱っこされてる状態のせいで子供っぽく見えるのだけが残念だけど。
「サキ」
「なんでもないから。とりあえずわかったよ。でもさ、水萌の件ってもう解決するんじゃないの?」
今日はその話をする為の集まりで、さっきからその話をしようとしていたはずなのに、結局していなかった。
「そうだな、だからサキが水萌を選ぶことはないってことだ」
「いいこと言ってたからなでなでしようと思ったのに、してあげないんだ」
「別に求めてない」
「舞翔くんじゃないから?」
「うるさい黙れ」
レンが水萌を睨むので、とりあえず頭を撫でた。
とりあえずの意味はよくわかってない。
「やめろや!」
「ほんとにやめていいのかなー?」
「水萌は黙れっての! ……もすこし」
レンが俺の方をちらっと見ながら言う。
ちょっと可愛すぎたので抱きしめてる方の腕に力を込める。
「恋火ちゃん、それはずるいよね」
「う、うるさい! 水萌はいつもされてんだからいいだろ!」
「それは恋火ちゃんが恥ずかしがるからで、舞翔くんはいつでもやってくれるよ?」
「うるさい! いつもなんて……無理だし」
「うわぁ、これが『あざとい』ってやつか」
水萌がなぜか呆れたような目をレンに送る。
確かにあざとい女子は女子から嫌われるところがあるけど、水萌はそんな子ではない。
「私ってこういう時あった?」
「そういう目ね。あるよ」
正直言って水萌はあざとい。
自分ではわからないだろうけど、水萌はあざとさの塊みたいなものだ。
「舞翔くんは──」
「水萌とレンなら好き」
「私もそう言ってくれる舞翔くんが大好き」
多分知らない女子があざとかったら興味を持たないか、持っても『うざい』としか思わない。
だけど水萌とレンがあざといなんて、可愛いに可愛いを掛けてるのだから可愛いしかない。
つまりはそういうことだ。
「だけど私は知ってるんだ。舞翔くんは文月さんでも好きなんだよ」
「可愛いとは思うかもだけど、好きにはならないだろ」
文月さんがあざとい瞬間は何度か見たことがある。
確かに可愛いとは思ったけど、それだけだ。
好きにはならない。
「舞翔くんだもんね。それよりも恋火ちゃんはいつまでニマニマしてるの?」
「してねぇわ! ちょっと頬が緩んでたかもだけど、そんなに水萌してねぇ!」
「私してないって何?」
多分『水萌ほど緩んだ顔はしてない』と言いたいんだろうけど、たまに覗いていたが結構水萌していた。
レンの緩んだ顔はめったに見れないから保存しておきたかった。
「スマホってそういう時に使うのか」
「ろくでもないことに使うな。それよりも行くぞ」
「どこに?」
「うち」
レンが俺の腕から抜け出そうとするが、俺は言葉の意味を考えるので忙しくて力を弱めない。
だから抜け出そうと頑張る可愛いレンしかいない。
「はーなーせー」
「余計に可愛くしてどうする。もしかしてだけどさ、レンと水萌の両親に娘さんをくださいしに行くのって今日なの?」
「そんなことはしに行かねぇ。だけど会いに行くのは今日、今から」
どうやらそれが『謝らないといけないこと』のようだ。
「一言言っていい?」
「いいぞ?」
「先に言え」
「それは『先』と『サキ』がかかってる?」
「よし水萌。レンをいじめるぞ」
「了解です!」
水萌がどこで習ったのかわからない敬礼をしてレンに近づく。
レンの顔が引き攣っているのがわかるけど今回は止めない。
「サキ、怖いよ……」
レンが怯えたような顔で俺に言う。
「水萌、遠慮はいらないって」
「なんでだ! サキならこれで落ちるはずなのに」
「ギルティだな。水萌の刑」
「や、やめろ。スマホが無かったんだから仕方ないだろ!」
「頑張れ」
それから約三十分。
レンは水萌の刑に遭った。
何をされたかって?
それはすごいことだ。
ちょっと見てられなかった。