三日ぶりの再会
「久し……なんだよ」
「ただいまのぎゅーは?」
レンの置き手紙を見てから二日後、レンが水萌と一緒にうちへやって来た。
そして俺がレンをじっと見つめていると、水萌からの援護射撃が入る。
「しないから。オレはストレスが溜まって疲れてんの。ちょっと休ませて」
「だって舞翔くん。恋火ちゃんがぎゅーーーってして慰めてって」
「言ってねぇ」
レンが水萌に軽くデコピンをする。
日数で言ったら三日会ってないだけなんだけど、なんだかこのやり取りがすごい懐かしく思える。
水萌と二人っきりも楽しかったけど、やっぱりレンもいれた三人が一番楽しい。
「とりあえず上がって。疲れてるならレンはいつも通り俺のベッド使っていいから」
「オレが毎回サキのベッドに潜り込んでるみたいな言い方やめろ」
「え?」
「水萌、次は何がいい?」
レンが右手を丸めて笑顔で水萌に聞く。
正直俺も水萌と同じ気持ちだ。
だってレンは夏休みに入ってから暇さえあれば俺のベッドのうえに座ったり寝転がったりしていた。
猫はベッドの上が好きというのをどこかで聞いたことがあるし、そういうものだと思っていた。
「いや、それなら水萌もか」
「そうか、水萌の代わりにサキが受けるんだっけ? とりあえず何がっ!」
久しぶりの再会でテンションが上がってるのか、レンがうるさいのでレンの丸めた拳を優しく握ってみた。
するとレンの顔が一気に赤くなり静かになった。
「三日も会わなかったから、久しぶりの舞翔くんで恥ずかしくなったの?」
「うるさい! サキもいきなり手を握んな!」
「だってレンがうるさいから。俺も水萌もレンに会えたのは嬉しいけど、レンばっかり喜んでたら俺達が喜ぶ隙がないだろ?」
「よ、喜んでねぇ!」
久しぶりのツンデレをありがとうございます。
とりあえず可愛かったので頭を撫でる。
「くそが、やっぱり日を空けるもんじゃないな……」
「え、毎日会いたいって?」
「言ってねぇだろ! てか、そういうのは聞こえないフリしろや!」
「レンのその反応を見る為なら俺は言う」
「なんかストレスが全部無くなって新しいストレスが溜まり出したんだけど……」
レンが顔を押さえながらため息をつく。
「それは大変だ。疲れてるところを歩かせるわけにはいかないからお姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?」
「どっちもいいから。久しぶりのサキに本気で疲れた。ベッド貸して」
なぜだろうか、レンが本気で疲れたような顔をしている。
俺はこんなに元気になってきたのに。
「むぅ……」
「そしてなんで水萌さんはご機嫌ななめ?」
「舞翔くんが恋火ちゃんとお話しただけで私と居る時よりも楽しそうだから」
「ちょっと違う」
「ふんだ、言い訳なんて聞かないんだから」
水萌がわざとらしくそっぽを向く。
お勉強の成果なのか、可愛い。
「水萌と居る時よりも楽しそうなんじゃなくて、水萌とレンが居るからレンの分上乗せで楽しいんだよ」
「そ、そんなこと言って、恋火ちゃんと二人っきりになったら同じだけ楽しそうにするんだもん」
「試してみる?」
「無理。オレをサキと二人っきりとかオレが死ぬ」
レンが真面目な顔でそう答える。
きっと悪い意味じゃない。
そう考えないと俺が死ぬ。
「なんか安心したから大丈夫。お部屋行こ」
「話が終わって良かったのに、なんか腹立つ」
「じゃれ合う前に部屋に行こう。このままだといつもと同じことになる」
俺達は場所を問わない。
正直に言うと話せればどこでも良くて、いつも玄関で十分ぐらい話し込んでしまう。
「あれなのかな、回覧板を持って来て話し込む主婦と同じことしてんのかね」
「言いたいことがわかる自分がやだ」
「井戸端会議ってやつだな」
あれは女性を指した言葉だった気がするけど、そこら辺は気にしたら負けなので考えないでおく。
「とりあえず部屋に行こう。真面目に」
「それならさっさと手を離せ」
「仕方ない。手洗いうがいは必要だもんな」
「関係なく手を握んな」
「それは無理だから」
またも話し込んでしまいそうになったので、俺はそこで話をやめてリビングに戻って行く。
それを見た水萌とレンが靴を脱いで洗面所に向かった。
「久しぶりの舞翔くんとのイチャイチャ楽しかった?」
「うっさい」
背中を向けていて見えてないけど、レンが水萌に暴力を振るったのが水萌の殺したような悲鳴でわかった。
後でお説教をしてあげないといけない。
そんなことを思いながら俺は先に自分の部屋に戻る。
「雰囲気に変わり無し。あるとしたら久しぶりってことがあって可愛さが増したかな?」
レンが家に監禁? されてたので、態度に変化がないか見ていたけど、あからさまに変わったところはなかった。
隠してる可能性はあるけど、今のところは大丈夫そうだ。
「あ、でもストレスはあったって言ってたか。何しようかな……」
レンのストレスを完全に解消させる為に何かしてあげたい。
さっきはよくわからないことを言って大丈夫そうにしてたけど、本当に大丈夫かなんて俺にはわからない。
「よし、とりあえず何して欲しい?」
「いきなりなんだよ」
「舞翔くんに慰めて欲しい」
俺はレンに言ったつもりだったけど、水萌が涙目で俺に抱きついてきたのでいつも通り頭を撫でる。
「何されたの?」
「私の頭を恋火ちゃんのおててでぎゅーって」
どうやらいつものアイアンクローをされたようだ。
本気で痛いからそろそろほんとに封印させた方がいい。
「レン」
「オレは悪くない。いつも言ってるけど余計なことを言う水萌が悪い」
「だからって物理的に反撃するなっての。レンは多分本当に力を抑えてるんだろうけどさ、マジで痛いんだからな?」
レンはいつも痛がる水萌を見て「大袈裟な」みたいな顔をしている。
だから多分レンからしたら力を抑えているのだろうけど、全然抑えられていない。
「人をゴリラ女みたいに」
「レンの場合は違う。多分レンは人の痛いところを的確に攻め過ぎなんだよ。ツボ的な感じで」
前にレンと腕相撲をしたことがあるけど、普通に俺が勝った。
少し顔が赤かったから本調子ではなかったかもだけど、それでもレンが馬鹿力だとは思えない。
「あぁ、言われてみたら昔人の弱点って言うのか? そういうのに詳しい奴に色々教わったことがあるからそれのせいかも?」
「家の人?」
「どうだったかな、正直覚えてない。なんかそういうくだらないことを教えてくる奴がいたのだけ覚えてる」
くだらないことを教えてくると聞くと思い浮かぶ人がいるけど、普通に考えればレンの家の人だろう。
暴力団(?) のレンの家ならそういう知識がある人がいてもおかしくない。
「とにかくわかったな? レンはいくら力を抑えても痛いものは痛いの」
「じゃあオレは水萌に好き勝手言われ続けろと?」
「うん」
「水萌は黙ってなさい」
水萌がほっぺたを膨らませて不機嫌を表現しているけど、頭を撫でて誤魔化す。
「水萌にやる分を俺にやればいいって前に言ったけど、俺も痛いのは嫌だし。じゃあレンが我慢できたら俺が何か言うこと聞くか、水萌が何か言うこと聞くってのは?」
「水萌はわかるけど、サキもいいの?」
「もちろん」
これでレンのやって欲しいことがわかれば、それはレンの喜ぶことがわかる。
水萌は頭を撫でておけば喜んでくれるけど、レンはそもそもあまり撫でさせてくれないから、少しでもレンの喜ぶことを知っておきたい。
「なんだか舞翔くんが私に失礼なことを思った気がする」
「水萌はいい子だって思っただけ」
「絶対に嘘だろうけどいいや。なでなで嬉しいから」
レンもこれぐらいわかりやすければいいのだけど。
まあそういうところも含めてレンが好きだから仕方ない。
「前にも言った気がするけど、サキってそもそもなんでも言うこと聞くじゃん」
「そうだけど、建前があるのと無いのとじゃ違うだろ?」
「確かに」
俺が元からどんな言うことを聞くとしても、それを頼めるかどうかはまた別の話だ。
「水萌なら気にしないんだろうけど」
「だろうな」
「二人で酷いこと言った。酷いこと言ったから私の言うこと聞いて!」
水萌の言ってることは正しいのに、水萌が言ってるだけで理不尽に聞こえるのはなぜだろうか。
「じー」
「なんでもないよ。それよりも何かして欲しいことでもあるの?」
「んとね、そろそろ本題に入らない?」
「まさか水萌に言われるとは思わなかった」
「同意」
今日俺達が集まったのはレンの復帰を祝う会ではあるけど、それだけではない。
レンの三日間の努力を聞く為でもある。
忘れてたわけではないけど、後回しにしてたのは確かだ。
レンと俺に馬鹿にされた水萌はほっぺたを膨らませて俺のことをジト目で睨んでいるけど、どうせ話すのだからさっさと済ませた方がいい。
「水萌、ありがとう」
「ふんだ、知らないもん」
「怒らせちゃった」
「いいよ放置で。どうせサキに抱きつかれてれば勝手に機嫌が直るんだから」
「私は恋火ちゃんとは違うもん」
「あ?」
「怒っても怖くないよ。今は舞翔くんバリアがあるから」
水萌が俺の腕を掴んで自分の前に交差させる。
さっきまで俺にも怒ってたはずなのに俺を使うのはいいようだ。
「水萌、何したら──」
「ひぁい!」
水萌の肩に顎を乗せて声をかけたら水萌からいつも以上に可愛い声が聞こえてきた。
「どし──」
「ん〜〜〜」
「水萌って耳元弱いとかあったっけ?」
「知るか。サキが弱いのは知ってるけど」
俺は耳が弱いんじゃなくて、水萌とレンの囁きに弱いだけだ。
というかあれは誰であっても耐えられない。
「まあいいや、水萌のご機嫌も直ったし本題に入ろうか」
「水萌の顔真っ赤だけど?」
「大丈夫、可愛いから」
「意味わかんねぇ……別にいいけど」
水萌は耳まで真っ赤にして俺の袖を掴みながら俯いている。
そんなに耳が弱いならこれからは気をつけなくてはいけない。
まあ可愛いからたまにやりたくなるんだろうけど。
そんなこんなでレンの話が始まった。