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世界の狭さ

「ここ?」


「うん、私の大好きなパン屋さん」


 水萌みなもの住むマンションから歩いて約一分。


 ほんとに近くにあるパン屋さんに着いた。


「『ロータス・フラワー』区切り的に『蓮・花』なのかな?」


「昨日も言ってたけど、なんなの?」


「ん? あぁ、ロータスってはすって意味でしょ?」


「だから『はす』って何?」


「花だよ。蓮の花。知らない? あの水の上に浮いてる緑のおぼんみたいなやつ」


 あれはオニバスだから意味合いが少し違うかもだけど、蓮の仲間だった気がするから合ってるはずだ。


「知ってるかも? んと、そのはすのお花がロータスって言うの?」


「確かそう。俺もなんで知ってるかはわかんないから深くは聞かないで」


 どこかで聞いただけの知識だから誇るつもりはない。


 どこで聞いたかは覚えてないけど、なぜか『ロータス』という言葉を聞いてスっと意味が浮かんできた。


「まあいいや。そういえばなんどけど、水萌のキッチンって食材ある?」


「あるよ。舞翔まいとくんがお仕事してる時、たまーにお料理する時があるから」


 それは驚いた。


 俺のバイト中はいつも寝ていると聞いているから本当にたまになんだろうけど、それでも自主的に自宅でも料理をしてるなんて偉い。


恋火れんかちゃんに怒られちゃったから」


「俺のお弁当を食べ過ぎって?」


「うん。それと夏休みに入ってからは朝ごはんと夜ごはんの両方を舞翔くんのおうちで食べてるでしょ? だからお返しも兼ねていつでも舞翔くんにお料理を振る舞えるように私のおうちにも準備はあるの」


 その気持ちだけで嬉しいけど、本当にその気持ちだけで終わりそうだと思うのは俺だけだろうか。


 水萌はうちに来ることを楽しみにしているから、俺を家に招待するなんて考えもしないだろう。


 そもそも、レンも水萌と一緒にうちでご飯を食べているのだからレンが誘ってくれてもいい。


 まあ後で返す予定だけど、レンからはレンと遊ぶ用にいくらかお恵みがあるからそれで相殺だと思ってるのかもしれないが。


 それならそれで、俺から聞くまでだ。


「いつ振る舞ってくれるの?」


「思ったんだけどね、私が舞翔くんにお料理を振る舞うってことは、舞翔くんがうちに居るってことでしょ?」


「そうなるかも?」


「それは全然嬉しいことなんだけど、そうなると私が舞翔くんのお部屋で遊べないの」


 真剣な顔で何を言うのかと思ったら、いつもの水萌で安心した。


「別に朝は水萌の部屋でその後にうちに来て夜まで居るんでもいいんだよ? それか水萌が何か作って持って来てくれてもいいし」


 水萌の料理は食べたいけど、別に水萌がめんどくさいなら今のままでうちに来るだけでもいい。


 そこら辺は水萌に任せる。


「そっか。私も学校が始まったらお弁当を作りたいし、作る練習したいから作って持って行くね」


「わかった。でもそれならレンと一緒にやれば?」


 そもそもはレンが俺のことを気にして言ってくれたことだし、監視の意味も込めて一緒に作ればいい。


 水萌だけでなくレンの料理も食べれて俺は幸せしかないし。


「恋火ちゃん、お料理したがらないんだよ」


「お粥は作ってくれたのに?」


「舞翔くんの為なら作るよ。多分だけど無理やりやらされてたのが嫌なんだと思う」


 レンが家でどんな扱いをされてたのかを俺は知らない。


 だけど花嫁修業をさせられてたのは聞いている。


 その過程で料理もやらされていて、それのせいで料理自体が嫌になっているのかもしれない。


「そういえば俺さ、レンと初めて会った時に花嫁修業の話題出したんだけど大丈夫だったかな?」


「平気じゃない? 舞翔くんだし」


 意味がわからないけど、あの時のレンは怒っている感じはしなかったから大丈夫だと思いたい。


「とりあえず料理の話はこれぐらいにしようか。店前で話し込むのもあれだし」


 ここはあくまでパン屋さんの前。


 さすがに入口からは外れているけど、それでも長話していいような場所ではない。


「先に美味しいパンを買っちゃおー」


「帰ったら言い方合ってるのかわからないけど付け合わせを作ろうか」


「うん」


 そうしてパン屋さんに入った俺と水萌。


 入るとすごくいい匂いがしてきて、食欲をそそるのだけど、それ以上に気になることが起こる。


「いらっ……まーくんと森谷もりやさん?」


「世界って狭いんだな」


 パン屋さんのカウンターに見覚えのある顔。


 花宮はなみやが居た。


「水萌は知ってた?」


「知らない。花宮さんと会ってからも何回か来てたけど、一回も会ってないよ……ね?」


 水萌が不安そうに花宮に視線を送る。


「うん、僕もびっくり。おじさんとおばさんからは常連さんに僕と同い年ぐらいの女の子がいるって聞いてたけど、まさか森谷さんとは思わなかった」


「なんで水萌が常連なのわかるんだ?」


「だって金髪碧眼で同い年ぐらいの子ってそんなにいないでしょ?」


 それもそうだ。


 だけどそれなら水萌を常連だと思いそうなものだけど。


「二人はデート?」


「うん」


 花宮が首をコテンと傾げながら聞いてくると、それに水萌が即答で答える


「違うでしょ。男女が出かけることがデートって言うならデートだけど、今日はレンの安否とここに来るのが目的なんだから」


 言ってて「レンのことを置いておけば普通にデートなのでは?」と思ったのは言わないでおく。


「それで花宮はなんでここに?」


「えっとね、僕ここに住み込みで働かせてもらってるの」


「住み込みとは珍しい。将来の夢はパン屋さんか」


「いや、そういうわけじゃ……、あぁそういうことか。社会勉強だよ」


 花宮が察したように言い直す。


 無理に本当の理由なんて話すことはないのだからこれでいい。


「ここね、僕の叔父さんと叔母さんがやってるパン屋さんなの」


「だからか」


 ここのお店の名前を聞いた時に『ロータス』が『蓮』だとわかったのは昔に花宮から聞いたからだ。


 多分。


「俺にこのお店のこと話したことある?」


「あるよ。まーくん興味なさそうだったけど」


「ほんとに愛想なくてすいません」


「別に気にしてないよ。まーくんの興味ないって、僕にじゃなくて誰にでもだし」


 確かにあの頃は何にも興味を示さなかった気がする。


 そういうのがかっこいいとか思う中二病ではなく、本当に興味がなかった。


「興味がなかったのは否定しないけどさ、多分花宮のことは興味あったよ?」


「ほんと?」


「じゃなきゃ記憶の片隅にも残ってないし」


「まーくんが言うとすごい納得できる」


 ちょっと失礼だけど、実際その通りだろうから何も言えない。


「叔父さんと叔母さん……」


「水萌?」


 水萌がじーっと花宮のことを見ている。


「気づいた?」


「うん」


「あはは、バレちゃうよね……」


 花宮の表情が少し暗くなる。


 多分だけど勘違いしている。


「花宮、水萌はそこまで勘はよくないから」


「え?」


「舞翔くんが酷いこと言った! わかったもん! 花宮さんにスカートを履かせた親戚の人っておじさんとおばさんなんでしょ?」


「……まーくんが森谷さんを好きな理由がなんかわかったかも」


「可愛いだろ?」


「そうだね。すごい可愛い」


 花宮と俺が笑い合うのを見た水萌がほっぺたを膨らませる。


 あからさまに拗ねた水萌の頭に空いている左手を乗せて撫でる。


「森谷さん、正解だよ。僕にスカートを履かせたのは叔父さんと叔母さん。それもあって住み込みを許してくれたのかもね。他にも僕と理由とか、叔父さん達の理由で」


「スカートは可愛かったけどな」


「だからそういうこと言わないでよ! 僕は恥ずかしかったんだから……」


 花宮の頬がうっすらと赤くなる。


 こういうところを見ると男のはずなのに可愛く見えてくる。


 とりあえず頭を撫でたくなるからやめて欲しい。


「じー」


「水萌も思ったろ」


「思ったけど、舞翔くんは思ったら駄目なの」


「理不尽な。とりあえず結局長居してるから買って帰ろ」


「うん」


 そうして俺と水萌は二人でパンを選んでいった。


 シェアすればいいということで結構な量を水萌が選んでいたけど、多分ほとんど水萌の胃に消えるのだろう。


 驚いていた花宮に挨拶をしてから俺と水萌は手を繋いだまま水萌のマンションに帰った。


 付け合わせを作り、二人で晩ご飯を食べて少しのんびりしていた。


 それから俺は帰ったのだが、家に着いてから気づく。


「パーカー忘れた……」


 ちゃんと次の日に回収しました。

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