二人の朝
「おかしいぞ、俺は昨日小悪魔と一緒に寝たはずなのに、隣に天使がいる」
いつも以上にぐっすりと眠れた俺は、目を開けると天使のような寝顔の水萌を見て無意識にほっぺたをつついていた。
すると水萌がくすぐったそうに笑うので、余計に天使にしか見えなくなる。
「うん、可愛いの補給は完了。天使のフリをしてる小悪魔さん、寝たフリするなら朝ごはん抜きにするよ」
「すぴー、すぴー」
「可愛い返事に免じて朝ごはん半分の刑で済まそう」
「ね、寝てたもん!」
目を開けたワン小悪魔さんが、俺の服をキュッと握って上目遣いをする。
いくら可愛いを見せたって、許すことしかしないのに。
「一緒に朝ごはん作ろっか」
「うん!」
結局水萌の笑顔に勝てるわけがない。
この笑顔に勝てる人類はいるのだろうか。
「いるわけないか」
「んー?」
「なんでもない。俺は朝ごはん食べたらバイト行くけど、一緒に出る?」
「うん、恋火ちゃんも言ってるけど、いくら私達でも鍵を預けるのは駄目なんだよ?」
それはわかっているんだけど、どうしても水萌とレンなら大丈夫と思ってしまう。
いや、大丈夫なんだろうけど、駄目なものは駄目だ。
「善処する」
「舞翔くんのそれって絶対にしないやつでしょ?」
「違うな、俺だけじゃなくて全人類がしないやつだ」
全然誇ることではないけど、そもそも俺は二人への信頼を無くす気がない。
だから今後も絶対にやるから善処しかしない。
「まあいいんだけどね。舞翔くんが信用してくれてるわけだから」
「してる、だからパーカーもわざわざ取りに行かなくてもいいんだけどね」
「それはほんとに返せなくなるから来て欲しいな」
いっそのこと回収しなくてもいいんじゃないかと思ってるぐらいだから水萌が気にすることでもないんだけど、水萌に罪悪感が生まれてもいけないからさすがに行く。
「そういえば舞翔くんのスマホがピロンしてたよ?」
「連絡きてたことも擬音で言うのな」
「変?」
「可愛い」
俺は嬉しそうな水萌の頭を撫でながらスマホを取り出す。
さすがの俺だってバイトに行く前ぐらいはスマホを携帯している。
確認すると、内容を見たくない相手からのメッセージだったのでそのままポケットに戻す。
「見ないの?」
「絶対にろくでもないことなんだもん。見るけどさぁ……」
メッセージを送ってきた相手は文月さん。
内容なんて見なくても内容がわかる。
見たら返信しなきゃだから見たくないけど、仕方ないので見ることにした。
文月 依『おはよお兄様』
文月 依『昨日はお楽しみだったかな?』
文月 依『それは何よりだよ』
「何も言ってないっての……」
なんで三件もメッセージがきてるのかと思ったら、わざわざ三分割にして送ってきていたようだ。
普通はこういう風にやるのかは知らないけど、絶対に二番目が本命で、それを隠す為の三番目な気がする。
「既読スルーしようかな」
「だーれ?」
「文月さん。水萌が返信返す?」
「面白そうだけどいいや。私はまだ文月さんとお話する気はないので」
なんでそんなに頑ななのかは知らないけど『まだ』なら今はそれでいい。
「なんて返すか」
「ちゃんと返すんだよね」
「そりゃね」
いくら内容がめんどくさくても、それで返信しないのは人として駄目だと思う。
文句があるなら無視ではなく返事で文句を言えばいい。
「ということで」
文月さんへの返事を書く。
「送信して終了」
「なんて返したの?」
「ん? 普通に『水萌は可愛かった。どんまい』って」
「なんでどんまい?」
「水萌の可愛い寝顔が見れなくて」
文月さんは水萌信者だから水萌の可愛い寝顔なんてお金を払ってでも見たいはずだ。
それを見れなくて『どんまい』と。
「舞翔くんの寝顔も見れなかったしね」
「俺のは別に見る意味ないだろ」
「ちっちっちー。舞翔くんは起きてるとかっこかわいいけど、寝てる時はすっっっごい可愛いんだよ!」
水萌が目をキラキラさせながら俺を見上げる。
寝てる時の俺だから知らないけど、もしかしたら屁理屈ばかり言う口が閉じてるからそう見えるのかもしれない。
まあ十中八九水萌の勘違いだろうけど。
「ちなみに恋火ちゃんの寝顔も可愛いのです」
「見たいんですけど?」
「すぐに見れるよ。それよりも、またピロンしたよ?」
「水萌優先にしてたから無視してた」
スマホが鳴ったのは気づいていたけど、水萌との会話を遮るのが嫌だったので無視していた。
どうせあの人からだろうし。
「はっ」
「すごい嬉しそう」
「人の悔しがる姿を見るのが俺の喜びだから」
「嘘ばっかり」
水萌にジト目を向けられた。
嘘と言われたけど、少なくとも今は嘘ではない。
だって文月さんがこんなことを送ってきてくれたのだから。
文月 依『ずるい!』
文月 依『写真はよ!』
お兄様『無いし、あってもあげないから。どんまい』
そう返すと、文月さんが何かのアニメキャラが悔しがるスタンプを送ってきた。
「舞翔くんって文月さんとお話するのほんとに好きだよね」
「ちょっと違う。俺は多分人をからかうのが好きなんだと思う」
そして文月さんとレンはいい反応をくれるから俺が楽しそうに見えるのだ。
だから俺は悪くない。
「私はあんまりからかってくれないよね?」
「違うよ。水萌をからかわないんじゃなくて、俺が水萌にからかわれてるの。無意識で」
俺だって水萌がからかわれて照れたり拗ねたりする姿を毎日見たい。
だけど水萌はまだ天然が強いからからかいきれない。
逆に俺が照れさせられるから仕方ないのだ。
「よくわかんないけど、私のことも好きなんだよね?」
「好きだよ」
「ならいいや。恋火ちゃんよりも好きになってくれていいからね?」
「善処する」
「しないやつ!」
水萌が拗ねたようにほっぺたを膨らませる。
「ほんとに好きになるからやめろっての」
「ん?」
「なんでもないよ。そういえばレンから返信無かったな」
文月さんのメッセージを見るついでに昨日レンに送ったメッセージを見たけど『既読』の文字はついていなかった。
「舞翔くんからの連絡がきたら何をおいても一番にスマホを開くのに」
「そういうレンが困る裏事情を後で詳しく聞かせてもらうとして、ちょっと不安」
俺とレンはそこまで連絡を取り合ってはいない。
だけどたまに連絡を取るけど、その時は一分もしないで『既読』の文字がつく。
なのに今回は一日経ってもついていない。
「スマホが壊れたとか、無くしたとかの可能性もあるからレンに何かあったって思うのは早いんだろうけど」
「まだ寝てるのかも。結局昨日は何してたのかわかんないけど、それで疲れたのかもだし」
昨日レンがうちに来なかった理由は聞いていない。
なんとなくの予想はできるけど、レン本人からは何も聞いていない。
「それならそれでいいけど。とりあえず朝ごはん食べて俺はバイトに行く。水萌は帰ってレンが居たら捕まえといて」
「うん。居なくても舞翔くんを待ってるね」
「そうして。水萌まで居なかったら俺は絶望するから」
なんとなくレンに身の危険は感じないけど、水萌が居なくなっていたら身の危険を感じる。
だから水萌は家に居て欲しい。
「絶対に居るんだよ?」
「居るもん!」
水萌がまたも拗ねてほっぺたを膨らませる。
子供扱いされたことにご立腹のようだ。
とりあえず頭を撫でるとご機嫌になるのだから子供扱いされるのも仕方ない気がする。
そんなことを言うと余計にご機嫌ななめになるから言わないけど。
そしてとりあえずレンのことは後で考えることにして朝ごはんの準備を始めた。
朝ごはんを終えると、俺はバイトに水萌は帰って行った。
レンのことが気になってバイトで上の空だったのは言うまでもない。