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初めてのお泊まり

「おかえりなさーい」


「……伸ばしてくれて助かった」


 十分なぐらいに頭を冷やしたおかげでなんとか水萌みなもと普通に話せるだけの状態には戻れた。


 だけど今のが「おかえりなさい」と、微笑みかけられてたらまたも頭を冷やさなければいけなかったかもしれない。


 ちなみにそんなことを知らない水萌は、俺のベッドの上でうつ伏せになり足をパタパタとさそている。


「さーい?」


「そう、さーい。それより、ずっとそうしてたの?」


「うん、やることなくて」


 俺の部屋、というかうちには娯楽がない。


 時間を潰しておいてと言ったけど、スマホを持たない水萌だと、一人で時間を潰すのも難しい。


「俺のスマホ渡せば暇つぶしになる?」


「どうだろうね。私、使い方あんまりわかんないから」


「だよね。教えてもいいけど、俺も詳しくないし」


 俺はスマホを持っているだけで持ってない水萌と対して知識が変わらない。


 何せちゃんと使い出したのは最近からなのだから。


「大丈夫だよ? 私は舞翔まいとくんのベッドがあれば何時間でも時間を潰せるから」


「それもどうなのよ。まあ水萌が楽しいならそれでいいけど」


「たのしー」


 水萌がまたパタパタしだした。


 正直何が楽しいのか全然わからないけど、実際見てて楽しそうにしてるから楽しいのだろう。


「そういえばさ、俺明日バイトだった」


「あ、そっか。じゃあどうしよう。舞翔くんが行ったら私も一回帰ろうかな」


「終わったら水萌のとこ行くよ。パーカーの回収もあるし」


「うん。寝ちゃってたらごめんね」


「さすがに明日はレン居るでしょ。ゆっくり寝てていいよ」


 最近は渋々ではあるけど夏休みの宿題を頑張っている水萌だ。


 頑張ったおかげでほとんどの宿題は終わっているから、休める時はゆっくり休めばいい。


 俺達と居ると元気を出しすぎるのだから。


「そうするー。今日は舞翔くんと夜更かしする悪い子になるから」


 なんだか不穏なセリフが聞こえてきたけど、きっと聞き間違いだから考えない。


「水萌の家と言えばさ、近くにパン屋さんがあるんだっけ?」


「うん。舞翔くんと仲良しさんになる前は毎日行ってたけど、最近は一週間で五回ぐらいしか行かなくなっちゃったけど」


「十分行ってるよ」


 水萌は俺と出会う前まで自炊をしてこなかった。


 その時に通ってたのが近くのパン屋さん。


 俺が水萌を送る時は見たことがないけど、最近話を聞かなかったから気になった。


「明日一緒に行く?」


「あんまり外食とか買い食いとか好きじゃないけど、ちょっと気になってたんだよね。行っていい?」


「うん。おじさんとおばさんも私が毎日行かなくなって嬉しいけど寂しいって言ってたから、行ける時は行くようにしてるの」


 水萌が毎日お客として来てくれるのは嬉しいだろうけど、水萌の食生活を考えたら心配にもなるだろうから、来なくなって食生活が改善されたと思えば嬉しいのだろうし、それはそれで水萌と会えなくなって寂しいのだろう。


 気持ちはわかる。


「お店の名前なんて言うの?」


「んとね『ロータスフラワー』だよ」


はすの花? 好きなのかな」


 名前の由来なんて考えた人に聞かなければわからないけど、わざわざ付けるぐらいだから蓮が好きなんだろう。


「舞翔くんの名前の由来ってある?」


「知らない。『舞い上がる』とか『翔け上がる』みたいな感じじゃない?」


 わざわざ自分の名前の由来なんて聞いたことがない。


 だけど上向きな性格に育つようにみたいな感じはありそうだ。


 真逆に育ったけど。


「つまり舞翔くんは人の上に立つべき人間!」


「無いから。俺はひっそりと生きていきます」


 俺みたいな人間は九割に嫌われても一割に好かれていればそれでいい人間だ。


 だから別に人の上に立って誰かの役に立ちたいなんて欲はない。


 そんなことをするぐらいなら一割の為だけに生きていく。


「俺には水萌やレン達が居ればそれでいいんだよ」


「私も。優しい舞翔くんと一緒がいい」


 水萌が優しい笑顔を俺に向ける。


 なんとなくだけど、俺が水萌の名前の由来を聞かなかったことに対しての気持ちが入ってる気がした。


 さすがにわざわざ水萌に聞くなんて空気の読めないことをするわけない。


「あ、忘れてた」


「どした?」


 水萌がベッドから起き上がって俺の隣に座り直す。


「大事な話?」


「そこまでじゃないけど、ちょっと気になったお話。花宮はなみやさんってなんで小学校に上がったら舞翔くんと会わなくなったの?」


「それね。俺もあんまり覚えてないんだけど、多分引っ越しだったと思う」


 花宮のことは少しだけ思い出したけど、本当に少しで、詳しいところは全然思い出せない。


 親の仕事の都合で引っ越しになったとか言ってた気もするし、そもそも引っ越しではなく俺と会いたくなくなった可能性もある。


「お引っ越しなら、今は帰省?」


「知らない。今度会った時にでも……」


「舞翔くん?」


「いや、こういう時の為に連絡先ってあるのかなって。しないけどさ」


 内容が少し聞にくい内容なのもあってメッセージで話すようなことには思えない。


 だけど普通は一番に連絡をすることを思いつくのかなと思っただけだ。


「じゃあもう一つ気になってたこといーい?」


「いいけど、まだあるの?」


「うん。舞翔くんは花宮さんとお友達じゃないみたいに言ってたけど、なんで花宮さんは舞翔くんのお家を知ってたの?」


「なんでだろ。確かに俺は生まれてからずっとこのアパートに住んでるけど、入れた……かも?」


 正直うろ覚えだけど、一度だけ花宮をうちに入れた気がする。


 確かあの時はたまたま一緒に誰かが……


「舞翔くん?」


「なに?」


「ううん、なんだかすごい悲しそうだったから」


 水萌が心配そうな顔で俺の頭を撫でてくれた。


「私、変なこと聞いちゃった……?」


「いや、大丈夫。正直わかんないけど、水萌に撫でてもらえれば全部解決」


「だけど悲しかったんでしょ? ごめんなさい」


 水萌が撫でるのをやめて頭を下げる。


 本当に大丈夫なのだけど、とりあえず水萌の頭を撫でておく。


 撫でるといつもと違う匂いがふわっと香る。


「おかしい。うちのシャンプーを使ってるからいつもと匂いが違うのはわかる。だけど何故だ、いい匂いすぎる」


「私も舞翔くんの匂い好き」


「同じものに思えないんだけど?」


「ふぇろもん? って、これは本当に文月ふみつきさんが言ってた」


 水萌が言葉の意味を理解してないから本当に文月さん情報なのだろう。


 単純な話、好きな人の匂いは増していい匂いに感じるということだろう。


「あの人って変なことばっかり言うけど言ってることは合ってるから腹立つんだよな」


「舞翔くんって本当に文月さんのこと好きじゃない?」


「異性として? 好きじゃないよ?」


 何を今更そんなことを聞くのか。


 俺のどこを見れば文月さんを好きに見えるのだろうか。


「舞翔くんって文月さんには素直? 思ったことをそのままぶつけるから」


「水萌達にもしてない?」


「んとね、文月さん相手には優しいだけじゃなくて、怒ったりもするから」


 それならなおさら好きではないと思う。


 だけど水萌の言いたいことはなんとなくわかった。


 好きな相手にはどんな感情でもぶつけられると言いたいのだろう。


「多分ね、水萌とレンには嫌われたくないんだよ。文月さんに嫌われたいとかじゃなくてね? 水萌とレンに怒ったりして嫌われるのが怖いんだと思う」


 純粋に文月さんが問題行動ばかりするのもあるけど、そこに一線を無意識で引いてるのかもしれない。


「つまり文月さんには絶対に嫌われないほど仲良しだからなんでも言えるってこと?」


「そうは言ってないでしょ。もしも嫌われたら普通に謝るけどさ」


 言い過ぎてる自覚はある。


 だからもしもの時は土下座だろうと、文字通りなんでもして許してもらいたい。


 それでも許してもらえないのなら、死力を尽くす。


「ちょっと嫉妬。まあ舞翔くんは私達にも同じことをしてくれるからいいけど。それじゃあ最後の質問いーい?」


「いいよ。なんで質問を受けてるのかはわからないけど」


「細かいことは気にしたらだめなのです。舞翔くんってアルバイトしてるでしょ?」


「うん、明日もあるし」


「そこってさ、もちろん女の子も居るんだよね?」


「そりゃね」


 俺が働いてるのは母さんの知り合いがやっていると喫茶店だ。


 こじんまりとしてはいるけど、常連さんが結構いるお店で、俺以外にもアルバイトをしてる人が何人かいる。


 男女比率は五対五ぐらいで。


「浮気は駄目だからね?」


「安心しなさい、俺はバイト初めて約四ヶ月、ほとんど他のバイトの人と話していない」


 もちろん仕事に関しての話はするけど、雑談みたいなことは誰ともしていない。


 母さんの知り合いである店長とは少し話すけど、それも長くは続かないし。


「私が言っといてあれだけど、大丈夫?」


「人間関係? 別に無視してるわけじゃないし、いじめもないから平気じゃないの?」


 もしかしたら陰で何か言われてるかもしれないけど、そんなのは無視してれば済む話だし、そんなことよりも俺は家に早く帰って水萌とレンに会いたい。


「舞翔くんがいいならいいけど。何かあったら言ってね、私がいっぱい慰めるから」


「楽しみにしてる」


「うん、なんか急におねむになってきたからお布団でお話しよ」


 水萌が目をこすりながら可愛らしいあくびをする。


 時間はまだ十時だけど、今日も色々とあって疲れたのだろう。


 そうでなくても水萌は三大欲求に正直……訂正、二大。


「いいよ、さりげなく俺はリビング行こうとしてたけど、逃げ道を塞がれて困ってるけど」


 水萌に手を握られてベッドに連行された。


 さすがにもう逃げられないので水萌と一緒にベッドへ入る。


 ちゃんと電気は消した。


「えへへー、まいとくんといっしょー」


「ほんとに眠いんだね。寝ていいよ」


 暗くてよくわからないけど、多分水萌は既に半分寝ている。


 このまま寝てくれれば俺も気にせずに眠ることができるはずだ。


「やだぁ、まいとくんとおはなしするのぉ」


「明日も朝から話せるでしょ」


「そうだけどぉ……」


 水萌がモゾモゾしだしたと思ったら、俺の手を握ってきた。


「水萌さん?」


「まいとくんのおてて、おちつく……の」


 よくわからないけど、水萌が握りたいのなら俺にそれを拒絶する理由はない。


 水萌の手を優しく握り返すと「あったかい」と言って俺の胸に頭をコツンと当ててくる。


「ワンコのくせに猫背になるなっての」


 空いている左手でワンコの耳と一緒に頭を撫でる。


「おやすみ、水萌」


 俺は可愛い寝息を立てる水萌にそう言って目を閉じる。


 俺の苦悩は無駄だったようで、水萌の心地よい寝息を胸に感じているうちに眠りに落ちた。


 水萌の効果なのか、とてと質のいい眠りにつけた気がした。

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