変なところで……
「みてみて、わんちゃんパーカー!」
「うん、可愛い」
文月さんと花宮に見捨てられた(普通に帰っただけ)俺は、一度家に帰ってお泊まりセットを取りに行った水萌と、いつも通り晩ご飯を済ませた。
そして先にお風呂に入れて出てきた水萌が絶対暑いであろう茶色い垂れている犬耳パーカーを着て出てきた。
ちなみに俺はもう考えることはやめた。
「暑くないの?」
「見た目ほど暑くないよ? いつものやつの方が暑いぐらい」
「可愛いを求めて熱中症になるとか笑えないからね」
水萌の場合は可愛いを求めたわけではなく、普通に嬉しくて着てるだけだ。
「私は着る。恋火ちゃんからのお誕生日プレゼントだもん」
これは俺のいないところで行われたことのようだが、水萌とレンはお互いに誕生日プレゼントを送りあったらしい。
そして着るのは今日初めてのようだ。
「レンには猫耳あげたんでしょ?」
「うん、楽しみにしててね。絶対に可愛いから」
プレゼントした水萌がこう言うのだから絶対に可愛い。
問題はレンが照れずに着てくれるかどうかだ。
「そのレンって今日は水萌のアパートに一人?」
「帰った時は居なかったけど、そうなるよね。一応お手紙書いてきたから来てくれるかもだけど」
「一応俺も連絡入れとくか」
なんとなくレンは来ない気がするけど、しないよりかはした方がいい気がするので、水萌がうちに泊まることと、レンに『頑張れ』とだけ送っておいた。
「既読はつかないと。とりあえず俺にできるのは信じることだけだから、もしもレンが落ち込んで帰って来たら慰めよう」
「私もやる」
「二人でレンを慰めような」
「うん! 楽しみ」
俺と水萌がレンを慰めると、レンは困るのだろうけど、それをわかった上で俺はやる。
落ち込むよりも困った方が絶対にいい。
まあ純粋に困るレンが見たいのもあるけど。
「そういえばさ、俺のパーカーってどうしたの?」
前に俺が貸したパーカーは未だに返ってきてない。
少し前に持ってくる約束をしたけど、結局水萌は持ってこなかった。
「あのね、本当に持ってこようと思ってたの。だけどね、舞翔くんに会いたい気持ちが勝って忘れちゃうの……」
別に責めてるわけじゃないからそこまで落ち込まないで欲しい。
水萌がわざと持ってきてないなんて思ってないんだから。
「あ、舞翔くんがよければ明日一緒に行ってくれる?」
「別にいいよ。暑くなりきる前の早い時間に行く?」
「朝起きれないからやだ」
「俺も起きたくないから夕方にしようか」
昼間の暑い時間に外に出ると、この前の二の舞になるので朝か夕方になる。
提案はしたけど、早起きなんてしたくなかったから良かった。
水萌が朝起きれないのも知ってたから言ったところもあるけど。
「そのまま明日もお泊まりしたいなー」
「レンが許したらね。レンも一人は嫌だろうから」
「じゃあ恋火ちゃんも一緒にお泊まりすればいいんだよ」
「レンは変なところで真面目だからしないと思うぞ?」
レンの中でお泊まりは友達ではしないのが普通と思ってる気がする。
だからレンは付き合うまでお泊まりはしてくれないだろう。
寂しいけど。
「んー、じゃあ恋火ちゃんが素直にならないで『一人でも大丈夫』って言ったら毎日お泊まりしていーい?」
「俺はいいけど、レンが寂しい思いをするのは嫌だからそこら辺は見ててね」
「もちろん。でも強がってるうちは絶対に帰らない」
水萌も変なところで意地を張るからレンが本音を言わない限り本当に帰らないだろう。
そしてレンは基本的に水萌へ本心を打ち明けることはしない。
だけど二人とも根っこは優しすぎるからどちらかが落ち込めばそれだけで素直になる。
今回はどっちが先に落ちるのか。
「舞翔くん、なんか嬉しそう?」
「水萌と一緒の時間が増えて嬉しいなって」
「ほんと?」
「嘘だけど、思ってないとも言わない」
「舞翔くんは言い方が難しくてわかんない。でも嬉しいとは思ってくれてる?」
「もちろん。欲を言えばレンも居て欲しいけど、水萌と一緒なのも嬉しい。嬉しいけど……」
嬉しいのは事実なんだけど、そろそろ考えないといけないことがある。
多分水萌に話したら言うことなんてわかってるけど、それでも悩む。
俺は今日、どこで寝ればいいのか。
「舞翔くん?」
「言ってみようか。水萌、今日って水萌は俺のベッド使うよね?」
「うん」
「その場合、俺はどこで──」
「一緒に寝てくれないの……?」
「寝ます」
わかりきっていたことだ。
文月さんと花宮には一緒に寝ていると言って……はいないが、そういうことにしておいたけど、実際はそんなのちょっと恥ずかしい。
少し前なら普通にできたんだろうけど、今の俺は昔よりも男子高校生しているせいで変なところで意識してしまう。
だけど水萌の寂しそうな顔を見てまで自分の気持ちを優先しようなんて思わない。
「ちなみに暑くない?」
「暑くても舞翔くんと一緒がいい」
「冷房はつけとくから平気だろうけど、そこまでなんだ」
水萌は暑さに弱いから、少しは考えるかと思った。
俺としても嫌なわけではないからいいんだけど、水萌の隣で寝れるだろうか。
なんて思ったりもしたけど、水萌が俺のベッドに潜り込んだ後のベッドでぐっすり寝れてるのだから大丈夫なんだろうとは思う。
「まあいいや。とりあえず俺はお風呂行ってくるから時間潰してて」
「一緒に入ればよかったのに」
「それは俺の何かが壊れるから駄目」
これから俺は水萌の洗濯物を洗うという、とても神経の使う作業があるのだから他のことに神経を使ってられない。
というかそれはレンに怒られる気がする。
「レンとは一緒に入ってるの?」
「んーん。恋火ちゃんも入ってくれないの。私とお風呂ってそんなに嫌……?」
「俺は嫌なんじゃなくて、男の子として駄目なだけ。レンのは普通に恥ずかしいからでしょ」
俺と水萌が一緒にお風呂に入るなんて許されない。
水萌と一緒に入ると、多分あの子は普段と変わらないでスキンシップをしてくる。
無理でしょ。
レンは普通に裸の付き合いが苦手なんだと思う。
頑なにフードを外さないぐらいに露出を控えてるぐらいだし。
「文月さんなら一緒に入ってくれるんじゃない?」
「え、やだ」
「そんな即答でマジな感じで言わないの。文月さん泣くよ」
「だって……。花宮さんなら文月さんよりかは大丈夫かも?」
それはどうなのか。
見た目だけなら可愛い子二人が一緒のお風呂に入ってるだけだけど、中身は男女だ。
まあでも、お互いの了承があればいいのかもしれない。
「でもさすがに入らないよ? 文月さんよりかはいいってだけで、恥ずかしいから」
「俺ともそれを思おうね」
「なんで?」
「俺が恥ずかしいから」
この際水萌が引かないのは仕方ないからいい。
だけど俺が恥ずかしいことは理解して欲しい。
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいの。水萌の生まれたままの姿なんて見たら俺は軽く死ねる」
「醜くて?」
「そんなわけないのわかってて言ってるでしょ」
「……やっぱり舞翔くん大好き」
水萌がいつもの天真爛漫な笑顔ではなく、少し照れくさそうに笑う。
安直な感想を言うと、やばいです。
「色々とまずいのでお風呂入ってきます」
「ん? うん、行ってらっしゃい。お部屋で待ってるね」
「うん、頭冷やしてきます」
俺は逃げるように水萌から離れる。
そして洗面所に向かい、扉をしめてその扉に背中を預ける。
「俺ってチョロくね?」
水萌の普段の違う笑顔を見ただけで心臓が跳ね上がる。
レンへの気持ちが揺らぐわけはないが、それでもあれはやばい。
「俺は今日寝れるのかね……」
なんだかんだ言って普通に寝れるものだと思っていたけど、こんな状態では絶対に寝れない。
とりあえず火照った身体を冷やす為にシャワー(水)を頭から被ることにしたのだった。