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カミングアウト

「じー」


「えっと、なんで僕はすごい見られてるの?」


 花宮はなみやから水萌みなもが固まっていた理由を聞いて、結局理解できなかった。


 そして、その水萌が動き出し、花宮をじっと見つめている。


 花宮は困ったように俺に助けを求めてくる。


「多分、ほんとに男なのか見てるんだと思う」


「あ、なるほど。んー、でも僕を見ただけで男の子だってわかるのまーくんぐらいだし」


「そうでもないだろ?」


 花宮がコテンと首を傾げながら俺を見てくる。


 確かにこういうところは女の子っぽくて可愛らしいかもしれない。


 まあ今はそんなのどうでもよくて、少なくともこの場には俺以外にも花宮を男だと最初からわかっていたやつがいる。


「そこで拗ねてるお嬢さんもわかってたよ」


「拗ねてるっていうか、落ち込んでると思うんだけど」


 俺はベッドに上半身だけを倒れ込ませている文月ふみつきさんに視線を向ける。


 確かに見ようによっては落ち込んでるようにも見える。


 だけどあれは多分放置されすぎて暇になっているだけだ。


「文月さん、構うからこっち来て」


「どうせうちは後回しにされる都合のいい女なんだ」


「優先順位って知ってる? この中だと俺が構う優先順位って、文月さんが一番下だから」


「お兄様はなんでそうもうちの心を抉るんだい……」


 文月さんが頬を膨らませて、今度こそ拗ねてしまった。


「ごめんて。俺って仲良くなると扱い雑になるんだよね。文月さんが嫌なら頑張って直すから」


「それってさ、うちと仲悪くなるってこと?」


「俺は不器用なもので」


「じゃあいいや。お兄様に適当に扱われるの結構好きだし」


「ど……良かった」


 危なかった。


 思わず思ったことをそのまま言ってしまうところだった。


 なんか文月さんからジト目で睨まれているけど、気のせいだろう。


「とりあえず水萌のご機嫌も直ったし、こっち来て」


「ん、お兄様の足の中に入ればいいかな?」


「別にいいけど、最近は水萌の特等席みたいになってるから許可取って……駄目だって」


 文月さんがはいはいでこちらに寄って来てる途中で水萌が俺の足の中に入ってきた。


 水萌が文月さんに威嚇してるので、頭を撫でて落ち着かせる。


「残念残念。森谷もりやさんが駄目って言うなら仕方ないね」


「ちょっと安心してるでしょ」


「そんなことないけど? それより花宮さん……くんの方がいい?」


「どっちでもいいよ。僕をくん付けで呼ぶ人なんてほとんどいないし」


「ちなみにさ、さすがに学校の人達は花宮さんを男の子って知ってるんだよね?」


「まあさすがにね。だけど、知ってるからって……いや、なんでもないや」


 花宮が慌てたように笑顔になる。


 少し引っかかるけど、多分今は触れない方がいいと思うから何も言わない。


「えっと、文月さんでいいんだよね?」


「これは失礼、うちとしたことが自己紹介がまだだった。うちは文月 より、好きに呼んでくれて構わないよ」


「依ちゃん。いい名前だね」


「おお、うちを名前で呼んでくれるか。うちの名前を聞いて『そういえばそんな名前だったっけか』って顔をしてる兄妹とは違うね」


 さすが文月さんだ。


 だけど俺が思ったのは少し違う。


 俺は『依って名前だったんだ』って思ったのだから。


「じゃあこれからは依さんって呼べばいい?」


「いや、それはいいです。いきなりは恥ずかしい」


「依の羞恥心ってほんとに謎だよね」


「人をからかうことが生きがいのお兄様の方が謎だよ」


 文月さんが頬を少し赤く染めながら言う。


 別にからかってるわけではなく、文月さんの反応がおも……初々しくて見てるのが好きだからやってしまうだけだ。


 俺は悪くない。


舞翔まいとくん」


「なに?」


「花宮さんが男の子なのはとりあえず納得しました」


「それは良かったです」


「だから花宮さんとイチャイチャするのはいいけど、文月さんは駄目」


「別にしてないし、花宮ともする気はないんだが?」


 水萌がジト目で、顔だけを俺の方に向けてくる。


 なんで水萌やレンは俺が誰かと話す度に『イチャイチャ』と言ってくるのか。


 俺は普通に話してるだけなのに。


「舞翔くんのばーか」


「あんまりそういうこと言うと普通に落ち込むからな?」


「やー」


 悪いことを言う水萌のほっぺたを軽くふにふにする。


 なんでこの子のほっぺたはこんなに柔らかいのか。


 冗談抜きで一生触ってられる。


「……」


「花宮さん、いや紫音しおんくん。これは平常運転だからね? うちらとお兄様が少し話すだけでイチャイチャになるけど、これはまだ序の口で、イチャイチャではないのだよ」


「なんかまーくんがすごい遠い人になった気がする……」


 花宮がどこでもない、どこか遠くを見つめ出した。


 よくわからないけど、文月さんのは俺に対する悪口だろうからお説教追加だ。


「というわけで文月さんの説教を始める」


「どういうわけ!?」


「思い出したから?」


「やば、お兄様の気まぐれじゃないか」


 その通りだ。


 だって説教と言っても特に怒ることはないから別にやらなくてもいいし。


 ただなんとなく形だけでも文句を言いたいだけで。


「あんまり水萌に変なこと吹き込むのやめてよ」


「始まったし。変なことって言うけど、うちは別にそこまで変なことは教えてないよ?」


「水萌の純粋を壊すようなことは教えたろ?」


「ちょっと待って、思い出す」


 文月さんはそう言って頭に人差し指を当てて一休さんのポーズをする。


 やることが少し古い。


「確かに森谷さんに意識する人ができたのを知ってからはそういうことを吹き込んだかも?」


「かもって言うか、自分で言ってたろ」


 文月さんか人差し指を頭から離して、頭をコテンと倒して言う。


 水萌が俺に『浮気者』とか言ってくるようになったのは、文月さんがそういうことを教えたからだと自分で言っていた。


 だからそんな不思議そうな顔をされてもこっちが困る。


「うちには『森谷さんメインヒロイン計画!』があったから、森谷さんみたいに学校では静かな子が拗ねたみたいにそういうことを言ったら破壊力あるかな、とかは思ってたよ」


「あったよ。色んな意味でゾクゾクしたわ」


 水萌のたまに見せる色気、というのか、いつものあどけなさのない大人っぽい感じは正直やばい。


 恐怖心がなければ何をするかわからない。


 俺が。


「嬉しかったでしょ?」


「そういう問題じゃないからな?」


「嬉しかったんでしょ? 素直になれよ」


 文月さんがいい笑顔で俺の肩に手を置く。


 イラッとしたから思わず文月さんの頭にアイアンクローをしそうになったけど、すんでのところで思い留まれた。


「だけどさ、最近はやってないよ?」


「嘘なら高校卒業まで水萌に近寄るの禁止にするからな?」


「お兄様にそんな権利はないだろうけど、多分物理的にやるんだろうね。だけどほんとに知らないよ? 最近はそもそも森谷さんがすぐにお兄様のところに行くからうちの独り言は聞いてもらえないし」


 言われてみたら確かに最近の水萌は学校でもずっと俺と一緒に居る。


 そして相手をしてもらえない文月さんもたまに俺のところに来ていた。


「え、なに? 俺はずっと文月さんのせいにしてたけど、水萌に変なことを吹き込んでる奴が他にいるの?」


「さりげなくうちに犯行を擦り付けないでよ。自業自得だけど。それより違うでしょ」


 文月さんが呆れたようにため息をつく。


「何が?」


「おたくの妹さんは、うちに教わったことにして自主勉してるってこと」


「……」


 水萌があからさまにそっぽを向く。


 この子はなんでこうもわかりやすいのか。


「それぐらい真剣に夏休みの宿題をやってくれよ」


「別に私はしてないけど、好きな人の為ならなんでもできない?」


「そういう可愛いことを言わないの。とりあえず文月さんのせいにしてたことを二人で謝ろうね」


「や!」


「水萌、話したくないのは百歩譲ればわかる。だけど悪いことをしたら謝らないとだよ?」


 誰だって『合わない人』はいる。


 だから水萌が文月さんと話せないのは仕方ない。


 だけどそれは謝罪をしなくていい理由にはならない。


 俺は水萌にそんな人になって欲しくはない。


「謝るだけだから。できれば話して欲しいけど」


「舞翔くんが文月さんを好きだから?」


「それもあるかな。もちろん友達としてね? まあ今は謝るだけでいいから一緒にやろ」


「……ん」


 水萌が少し落ち込みながらも、文月さんと向かい合う。


「文月さん、勝手に最低な人間だって思ってごめんなさい」


「さい」


「水萌、ちゃんと言う」


「ごめんなさい」


「いい子」


 ちゃんと謝れた水萌の頭を優しく撫でる。


 水萌の顔が笑顔になった。


「うちが許す許さないは関係ないんだね」


「許せない?」


「いや、そもそもはうちが元凶だし。だけどさりげなくお兄様がうちを最低な人間だって思ってたことをカミングアウトする必要あった?」


「嘘はつけないから」


「いや、いいんだよ? いいんだけどさぁ……」


 文月さんが拗ねたように俺の太ももを叩いてくる。


 意味はわからないけど、とりあえず丸く収まったようで良かった。


 花宮がさっきよりも遠くを見てるように見えたのが気になったけど、多分気のせいだからいいことにした。

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