楽しい修羅場
「うちは知ってるぜ、こういうのを修羅場って言うんだろ?」
「口調が腹立つからやめてね」
いつも通りの日常を続けていたら、七月が終わっていた。
八月に入っても変わらない日常を送っていたら、文月さんから水萌に会いたいというメッセージが飛んできた。
水萌に確認を取ったら、レンがちょうど用事があるようで居ないことを聞くと、渋々首を縦に振った。
だから文月さんをうちに招いたのだけど、偶然とは面白いもので、俺は文月さんを招き入れたところで、二人目のお客様を招き入れた。
「いやね、うちが着いて連絡した時にさ、この子が両手をキュってしながらエントランスのとこに居たんよね」
「それでよく俺の知り合いだってわかったよね」
「だって可愛いから。可愛い子はみんなお兄様の知り合いでしょ?」
すごい偏見だけど、結果的に知り合いなのだから文月さんの勘を馬鹿にはできない。
「まあ半分冗談なんだけどね。ちょっと珍しいタイプの子だったから普通に気になって話しかけたら、お兄様の名前が出てきたから確認したのさ」
「コミュ強さすがです」
俺や水萌やレンには絶対にできないことだ。
エントランスで困ってる人を見つけても、どうしたらいいのかわからなくて無駄にどこかで時間を潰してしまうかもしれない。
そしてしばらくして居なくなっていたら、無事に入れたのか、はたまた諦めて帰ってしまったのかが気になってしまう。
だから文月さんのような行動力は少し憧れる。
「うちのは可愛い子限定だから。可愛い子とはお近づきになりたいでしょ?」
「そう言って困ってる人がいたら助けるのが文月さんなのを知ってる」
「やめろし。ていうか、それを言うならお兄様だってするでしょ」
文月さんが頬を少し赤くしながら俺をジト目で睨む。
俺は困ってる人が居たら見て見ぬふりができる最低な人間だから過大評価だ。
「お兄様達の場合は、困ってる人を助けないんじゃなくて、話しかけるのが怖いだけでしょ。助けたいけど拒絶されるのが怖いみたいな」
「知らない。というかごめん。暑いよね」
いつものやつで、玄関で長々と話し込んでしまった。
文月さんともう一人の子の額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「お兄様と話すのは楽しくて時間を忘れてしまうよ」
「そのせいでどれだけ本題に入るのに時間がかかったものか」
「あの時は心の準備とかあったからね。とにかく上がってよろし?」
「どうぞ。とりあえず話は涼しいところでしよう」
俺は文月さんともう一人の子。公園で出会った服装が男物の、顔立ちがとても可愛い、俺の幼なじみかもしれない子を家に上げる。
「生き返る。ここがエデンか!」
「そういうのいいから。水萌も人見知りしてるのはわかるけど、ミナモから離れてこっちに来なさい」
「……」
水萌は俺のベッドの上でぬいぐるみのミナモで顔を半分隠しながらこちらを見ている。
文月さん的にはそれで満足らしいけど、せっかくならそろそろ水萌にも文月さんと普通に話せるようになって欲しい。
「すぐには無理か。時間はあるし、とりあえずこっちを先に済ませよう」
「あ、うちは森谷さんを眺めてるね」
「変なところで気を使うよね。それと呼び方って結局森谷さんなの?」
「懐かしい設定を。まあ、妹さんよりは距離感近いからいいかなって」
前に文月さんは水萌の呼び方を『妹さん』にすると言っていたけど、その日のうちに『森谷さん』に戻っていた。
別に興味がなかったから何も言わなかったけど、不意に気になったから聞いてみたが、多分そこまでこだわりはないのだろう。
「俺はお兄様のままなんだよな」
「あだ名がいい?」
「お兄様が十分あだ名でしょ。別になんでもいいけど」
「じゃあお兄様で。それじゃあうちは空気になるのでごゆっくり。ドロン」
文月さんはそう言ってベッドの足側、水萌とは反対側に向かう。
ベッドに乗るわけではなく、ベッドに隠れるように水萌を眺めている。
別にベッドの上に乗ればいいのに、さすがにそれは水萌が警戒するから避けたのだろうか。
「律儀な。まあいいや、俺はこっち」
文月さんのことは今はほっといて、俺は幼なじみ? の子に視線を向ける。
緊張してるのか、石像のように動かない。
「えっと、とりあえずごめん」
「え?」
「俺は君を覚えてない。だから名前を教えてもらっても?」
俺のいきなりの謝罪に目を丸くした幼なじみさんが納得したように微笑む。
笑うと可愛い顔がより可愛くなる。
「そうだよ……ですよね。最後に会ったのは小学生になる前で、僕はそもそも名前を言ってないですから」
道理で覚えてないはずだ。
中学の頃のことだって覚えてない俺が、そんな昔のことを覚えていたら奇跡すぎる。
まあ覚えてたんだけど!
「名前は仕方ないとして、君のことはあの公園に行ったら思い出したから、俺にとって君との時間は大切なものだったんだね」
「そうなんですかね。正直まーくん、舞翔君は僕と居ても楽しそうには見えなかったですけど」
「無愛想ですいません」
俺は誠心誠意、心を込めて土下座をする。
大切な時間とか言っといて、俺はこの子の前で笑顔の一つも見せてない(と思う)。
俺にとっては大切な時間なのかもしれないけど、この子にとってはつまらない時間だった可能性だってある。
というかその可能性の方が高い。
「謝らないでください。僕は舞翔君と一緒に居られただけで嬉しかったんですよ。僕を僕として見てくれたから」
「最近それをよく言われる気がする」
水萌とレンに似たようなことを最近言われた気がする。
人を人として見るのは当然のことだと思うけど。
「舞翔君は変わらないんですね」
「無愛想なまま育ったみたいで」
「うわぁ、ほんとに変わってない。やっぱりそういうところ好きだよ」
幼なじみさんが笑顔でそう告げると、背後から殺気を感じた。
「水萌、視線が痛いからやめてね」
「……」
「増したぞ。まあいいや。それより名前を聞いても?」
「あ、ごめんなさい。僕は花宮 紫音です」
幼なじみ、花宮が俺にペコリと頭を下げながら名乗る。
「花宮ね」
「はい。呼び方はなんでも大丈夫です」
「じゃあそっちも呼び方と話し方は言い慣れてる方でいいよ」
多分花宮は俺と話す時はタメ口で、呼び方も『まーくん』だったのだろうけど、久しぶりの再会で話し方と呼び方を変えている。
そんなの気にしないから話しやすい方で話して欲しい。
「じゃあ、よろしくね、まーくん」
「ん。よろしく花宮」
「それよりさ、ずっと気になってたことがあるんだけど」
「花宮との話が終わったら次はそっちに行くつもりだったけど、正直振り返るのが怖いんだよなぁ……」
花宮の視線が俺の背後を向いているからなんのことかはわかる。
俺だってずっと背後にジト目を受けていればさすがに気づく。
姫が相当にお怒りなことに。
「空気さん。どう思う?」
「空気ってH2Oだからイニシャル一緒だ」
「絶対に解決法を知ってるけど、なんだか面白そうだからってそれを教える気がないぞあの空気」
文月さんは俺とは違って水萌がなんで怒っているのか、そしてそれをどうしたら沈めることができるのかを絶対に理解している。
だけど文月さんはその先を見て、俺と水萌との関係が取り返しのつくものなら絶対に教えない。
やり取りを楽しむ為に。
「後で説教しよ。水萌に色々と仕込んだことについても」
「うちはただ、森谷さんとお兄様が楽しく兄妹ができるようにアクセントを加えてるだけなのに!」
「アクセントの癖が強すぎんだよ。なんだよ『二番目の女』って」
「……はて?」
言い方がすごいわざとらしいのに、文月さんの顔はほんとに意味がわからないみたいになっている。
どっちなのかほんとにわからない。
「もういいや。そこら辺全部後で話す」
「余計に森谷さんが嫉妬するよ?」
「レンが居ないだけでなんでこうもめんどくさいんだよ……」
レンなら文月さんのように解決策を隠しても、すぐに教えてくれる。
それに自分を犠牲にしてからかわせてくれる。
レンの存在がどれだけ大切か今一度理解した。
「突っ込み役不在だからね」
「それならボケるなよ」
「いつもはボケ役のお兄様が慣れない突っ込みしなきゃで忙しそう」
「だからそれがわかるならボケるなっての」
「いやぁ、この修羅場が楽しくて」
「ほんとに覚えとけよ……」
楽しそうに笑う文月さん。
少し驚いている花宮。
そして顔はまだ見れないけど、恐らくご機嫌ななめな水萌。
個別で相手をしなければいけないせいもあり、とても疲れる。
今度レンに会ったら慰めてもらうことを心に決め、意を決して後ろを振り向くのであった。




