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愛情表現の罰

「天国……」


「そういうのいいから。それでさっきの可愛い子は誰?」


 無事に家に帰って来れた俺達は、冷房をつけたままで出た俺の部屋で一息ついた。


 ほんとに一息で、すぐにレンからジト目を向けられた。


「可愛い子って水道のところに居た子?」


「それ以外に誰がいんだよ。オレ達が初めての友達とか言っといて、あだ名で呼んでくる友達がいんじゃねぇかよ」


 レンがなぜか少し怒ったように言う。


「俺もさ、あの公園に入ってから思い出したんだけど、小さい頃に誰かとあそこで遊んだ記憶があるんだよな。その子に『まーくん』って呼ばれたのまでは思い出した」


「それで?」


「ほんと何に怒ってんだよ。あぁ、友達って話なら気にしないでいいよ。あの子が友達だったかは微妙なところだから」


 正直『まーくん』と呼んでくる子がいたのは覚えているけど、その子と友達だったかは本当に覚えていない。


 遊んだのかだって微妙なところで、ただ一緒に居て、少し話した程度な気もする。


「だからレン達が初めての友達ってのは変わりないと思う」


「別にそこを気にしてるわけじゃねぇよ……」


 レンが不貞腐れたようにそっぽを向く。


 行動が謎すぎて意味がわからない。


恋火れんかちゃんはね、私達と出会う前にあんなに可愛い子と知り合ってたのに嫉妬してるの」


「は? 違うけど?」


 水萌みなもの発言に反応したレンがすごい目で水萌を睨む。


「恋火ちゃん怖いよ。別に舞翔まいとくんは覚えてないって言ってるんだからいいじゃん」


「だからそういうことを気にしてるんじゃないっての」


「じゃあなに?」


「うるさい」


 レンが水萌にデコピンをしてそっぽを向く。


 水萌が痛そうにしていないので言葉に困っただけなんだろう。


「ほんとに恋火ちゃんってめんどくさいよね。素直に『自分だけを見て』って言えばいいのに」


「それは無しにしたろ」


「だったら嫉妬しないでよ。自分で決めたんだから」


「水萌に正論言われるとなんでこんなに腹立つんだ?」


「そうやって困ったら私のせいにするのも駄目。それと、気になるなら聞けばいいじゃん」


「何を」


「あの子のことが気になるのかどうか」


 水萌がそう言うとレンと一緒に俺の方を向く。


 どうやら答えろとのことらしい。


「気になるかどうかってこと? 気になるか気にならないかで言ったらそりゃ気になるよな」


「それはどういう意味で?」


「だって小さい頃の俺って今以上に愛想無かったんだぞ? そんなのと一緒に居られた子がどんな心境だったのかって気にならん?」


 今でも十分に愛想が無い俺だけど、小さい頃は今以上に人を避けていた。


 だから学校ではいつも一人だったし、一緒に遊ぶ友達なんて居るわけがなかった。


 そんな俺と一緒に居ることのできた子というのが気になるのは当然のことだと思う。


「昔の舞翔くん、とっても可愛いのに」


「それは家族の贔屓目みたいなやつで、水萌が特殊なだけ」


「大丈夫、恋火ちゃんも同じ気持ちだから」


「まあ可愛かったのは認める」


 前に俺の小さい頃のアルバムを見せたことがあるけど、あんな不貞腐れてた子供のどこが可愛いのか。


 水萌とレンの小さい頃なら今と変わらず可愛いのはわかるけど。


「それはいいとして、恋火ちゃんが聞きたいのはあの子のことを好きになっちゃうかどうかだよ」


「それはないだろ」


 最近の俺なら人として好きになる可能性はあるかもだけど、水萌の言ってる『好き』はそういうことでないのはさすがにわかる。


 俺とあの子がもしも本当に幼なじみだったとしても、それで好きになることは絶対に有り得ない。


 絶対に。


「だって、良かったね恋火ちゃん」


「だからオレは別に……」


「ちょっとほっぺがやわやわしてるよ」


「表現が独特すぎてわからねぇよ。だけどしてないから」


 レンは否定してるけど、水萌の言う通りやわやわしてると思う。


 多分『頬が緩んでる』を言いたいのだろうから、それならしてる。


「この話は終わり。せっかくの夏休みなんだからそっちの話するぞ」


「照れた」


「うっさい」


 レンが水萌にデコピンをする。


 今度は痛いやつ。


「舞翔くん!」


「痛かったね。レンの愛情表現は過激なんだよな」


 水萌が涙目で俺に抱きついてきたので、水萌のおでこを優しく撫でながら言う。


 やったレンの方はそっぽを向いてしまった。


「レンってそっぽ向くの好きだよな」


「少し罪悪感あるんだよ」


「優しいもんな」


「ねー」


「お前らほんとに黙れ……」


 レンが猫のように丸くなる。


 レンが本格的に拗ねてしまう前に話を戻すことにした。


「夏休みの話って言うけどさ、水萌のことの他にやることあるの?」


「お泊まり!」


「そういえばそんな話あったな」


 俺が風邪を引いていた時に母さんと水萌との間で勝手にお泊まりの約束がされていた。


 風邪のせいでほとんどのことは覚えていないけど、母さんからも聞かされたから俺の聞き間違いではないと思う。


「お泊まりって言うけど、ほんとにするの?」


「するよ? 陽香ようかさんが『うちでやるならいいよ』って言ってくれたから」


「うちって、ここだよね?」


「うん。何かあった時に陽香さんが責任取れるからって」


「何かって?」


「わかんない」


 水萌とレンがうちに泊まって何か起こるのだろうか。


 逆に俺が水萌の部屋に泊まった場合もだけど。


 そもそも水萌とレンがうちに泊まったところで今のようにただ話をするだけなのだから、何か起こることなんてないはずだ。


 何か起こるなら今まで何も起こってないのがおかしい。


「俺達で起こったことってすれ違いぐらい?」


「多分? 他に何かあるなかな?」


 こういうのは俺と水萌ではいくら考えてもわからないのはわかりきっているので、答えを知ってそうなお猫様に視線を向ける。


「「じー」」


「サキまでやんじゃねぇ! ちょっと可愛いって思っちまったじゃねぇか!」


「思うなよ。それよりわかる?」


「……知らない」


 丸くなっていたレンが体を元に戻して俺達に視線を向けるが、すぐに頬を赤くしてぷいっとそっぽを向いた。


「可愛い、じゃなくて、知ってるなら教えてよ」


「別にいいだろ。サキなら絶対に何も起こらないんだから」


「だから何が」


「うるさい黙れ。そんなことより考えることがあんだろ」


 レンが顔を真っ赤にして叫ぶ。


 怒ってるようだけど、目がキョロキョロしていて可愛い。


「あ、お泊まりの日決めてない」


「そうじゃねえだろ……」


「いっそ今日?」


「着替えがないでしょ」


「取ってくるよ?」


「そのまま家に居なさい」


 俺としてはいつでもいいけど、さすがに一度家に帰ってからもう一度うちに来させるのは悪い。


 水萌ならそれぐらいは気にしないんだろうけど、いつでもいいとは思っているけど、さすがにいきなりはちょっと待って欲しい自分がいる。


 理由は言わない。


「じゃあ明日?」


「母さんにも聞かなきゃだから俺が母さんと会えた時に聞くよ」


「むぅ、仕方ないかぁ」


「そんな残念がらなくても。最近は会うこと増えてるから」


 まあ母さんのことだから、勝手に泊まる日を決めても何も言わないだろうけど。


 そもそもスマホがあるのだから連絡すればそれで済む。


 それをしないのは、純粋に俺の心構えの問題だ。


「心構え?」


「ん?」


「いや、なんでもない。ちょっと男子高校生してただけ」


「ん?」


「水萌察しろ。サキも男の子だからいきなり好きな相手が二人も自分の家に泊まるのが恥ずかしいんだよ」


「れ、恋火ちゃんが舞翔くんに好かれてることを認めた……」


 水萌が目を丸くして驚く。


 正直俺も少し驚いた。


「別にいいだろ。今日わかったけど、オレはサキに好かれてるって思ってないとほんとにめんどくさいから」


「恋火ちゃんは舞翔くんが関係するとなんでもめんどくさいよ?」


「水萌は、なんでそう余計なことを言っちゃうのかね」


「え──」


 水萌の声が途中で消えた。


 レンの本気のアイアンクローが水萌の頭を潰しにかかったのだ。


「俺はレンのめんどくさいところも好きだから」


「うるさい。サキはオレが何をしても嫌いにならない……から、別にいい。問題はこいつに言われるのが腹立つことだよ」


 少しあった間のところで何かを飲み込んだように感じたけど、レンはそれを忘れるように水萌に意識を向けた。


 これが照れ隠しなのはわかるんだけど、その度に被害を受ける水萌がそろそろ可哀想だ。


「レン、暴力は何も生まないぞ」


「じゃあサキからこのバカに言え」


「レンもたいがいだけど、水萌も愛情表現がめんどくさいんだよ。無意識に相手をからかうっていう」


「タチ悪すぎんだよ」


 それはわかるけど、それを俺に言っても味方はできない。


 そこも水萌の魅力だから。


「じゃあこうしよう。水萌が余計なことを言ったら代わりに俺が受けるよ。何してもいいよ」


「何でも……」


 レンが俺を見て何かを考え出した。


 レンの本気は結構やばいので、何回もは受けられないけど、本当に辛くなったらレンの罪悪感を使って癒してもらう。


 これがほんとの永久機関(絶対違う)。


「わかった」


「じゃあ離してあげて」


「ちなみに今回もしていいの?」


「別にいいけど、そんなにサンドバッグ欲しい?」


「別に、でも()()()いいんだろ?」


 レンが水萌の頭から手を離して俺の方に近づいて来る。


 なんでだろうか、ちょっとレンの目が怖い。


 悪ガキのような、子供が無邪気に悪いことをしようとしてる時の顔のようで、早くも前言を撤回したい。


「痛くしないでね?」


「痛くはない。()()()()()


 何やら不穏な言葉が聞こえた気がする。


 そしてレンがどんどん俺に近づいて来て、顔が目と鼻の先になり、レンの顔が俺の左側に行く。


「サキにはこれが一番効くだろ?」


 レンがそう言うと俺の左頬に何かが触れた。


 なんなのかはわからない。


 わからないけど、俺の心臓がとてもうるさい。


 これは物理的に痛いのではないだろうか。


「レン、あの……」


「残念、今回は指でした」


 レンがそう耳元で囁くと、少し離れて俺の頬を指でつつく。


 確かにさっきと同じ感触だ。


「期待した?」


「……レン嫌い」


 俺は逃げるように、というかレンから逃げて水萌に抱きつく。


「あれ? 私が痛がって舞翔くんに抱きつく予定だったのに」


「最初は痛かったかもしれないけど、すぐに力弱めたろ」


「恋火ちゃんはいつもそうだもん。恋火ちゃんのせいで抱きつく隙がなかったけど、これならいいや」


「そういえば水萌はいいの?」


「何が?」


「さっきまで汗かいてたけど」


「……私も恋火ちゃん嫌い。舞翔くん、離れよ?」


「やだ。レンに弄ばれて辛い。癒して」


「いつもならいいんだよ? だけど今は、その……」


「やだ! 水萌も俺をいじめる……?」


 レンに弄ばれて精神をやられたようだ。


 普段なら絶対に言わないはずのことが口から出てくる。


 多分後で聞いたら気持ち悪くなるだろう。


「……どうしよう恋火ちゃん。舞翔くんを離したくない」


「いいんじゃないの? サキも水萌の匂い好きみたいだし」


「恋火ちゃんの余裕はどこから来てるの? さっきまで他の子に取られちゃうって拗ねてたのに」


「拗ねてないから。ただ、サキはちゃんとオレで照れてくれることがわかって気分はいい」


「単純。今嫌われてるのに」


「サキはオレを嫌いに……ならないし」


「そこで言い切れないのが恋火ちゃんだよね。安心した」


「うるせぇ」


 レンの言う通り、俺はレンを嫌いになんてならない。


 さっきの『嫌い』だって本当に嫌いなわけではなく、思わず口から出てしまっただけだ。


 訂正したいけど、今はレンと顔を合わせられる気がしないのでレンが俺を信じてくれてると信じる。


 だから今は水萌に頭を撫でてもらって色々と回復することに専念した。


 結局その日はレンとまともに目が合わせられなかったけど。

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