表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/300

進まない宿題

「そういえばさぁ、恋火れんかちゃんが言ってたのってどうなったの?」


 水萌みなもが開始五分で宿題に飽きたようで、提出するプリントになんだかよくわからない落書きをしながら言う。


「水萌、ほんとに終わらせないとサキとの触れ合い禁止だからな?」


「恋火ちゃんもだからね。それよりもどうなの? 恋火ちゃんが全部やるって言ってたから私も知らないんだけど」


 俺もそれは気になっていた。


 水萌の完全な自由の為に、話し合いの場を作るとレンは言った。


 だけどそれから音沙汰はない。


「もしかして何もしてないの?」


「してるよ。まあしてるって言うよりも、準備は終わってるんだよな。あっちが忙しいみたいで会えるのが八月入ってからみたいなんだよ」


 準備が終わったら話すと言われたような気がしたけど、忘れちゃったのかな。


 ここにきて新たに『ドジっ子』や『うっかりさん』なんて付けて、どこまで可愛くなろうというのか。


「何考えた?」


「何も? それより会うのはお盆?」


「多分そこら辺。だからそれまでは何もできることはない」


 レンはそう言うと、同じタイミングで始めたはずのプリントを片し始めた。


 この子、できる。


「話すのが俺なら、お父さんがどういう人なのか教えてよ」


「別にサキならその場のノリで話すだけで大丈夫だよ。むしろそっちのがいいと思う」


「無責任な。それで上手くいかなかったらレンは俺にどう責任取ってくれるの?」


「のー?」


 水萌が机に突っ伏して両手をレンの方に伸ばしながら聞く。


 なぜか楽しそうだ。


「仕方ないからオレとサキで仲良く生きていくよ」


「いや、駄目に決まってるからね?」


 水萌がすごいガチトーンで否定する。


 背筋も伸びて、顔も真剣。


 こんな水萌は見たことがない。


「サキ、今思ったことを素直にどうぞ」


「ぞー?」


 水萌からすごい圧を感じる。


 多分素直に言ったら怒られるけど、素直に言わなくても怒られるだろうから素直になる。


「正直レンと二人っきりで人生を終えるのもいいかと思いました」


「酷い、私は所詮二番目の女なんだ……」


 水萌が俺達とは反対側を向いて体育座りをして、自分の膝に顔を埋めた。


 すごい罪悪感が芽生える。


「水萌、違うんだよ? 言い訳にしかならないけど、俺は水萌とも一緒に居たいよ?」


「だけどほんとは恋火ちゃんだけが居ればいいんでしょ?」


「ちょっと違う。水萌の言い方だと、完全に俺とレンが二人になってない?」


舞翔まいとくんがそう言ったんじゃん」


「説明が難しいんだけど、レンと二人っきりなのは嬉しいけど、そこに水萌が居てもいい……何を上から言ってんだよ。違くて……」


 なんて説明したらいいのだろうか。


 レンと逃避行をして周りが知らない人だけになってもレンさえ居れば嬉しい。


 だけどそこに水萌が不要とは言わない。


「そもそもその前提がおかしい。もしもの時は三人で逃避行って話だったろ」


「だけどサキはオレと二人っきりがいいんだろ?」


「いいけど、水萌も居て欲しい」


「欲張りな」


「恋火ちゃんが舞翔くんを独り占めしたいだけじゃないの?」


 水萌の放った言葉で空気が変わった。


「違うけど?」


「いやいや、だって舞翔くんは私も含めてみんなで逃げるって言ってるのに、恋火ちゃんが舞翔くんと二人っきりがいいって言ってるじゃん」


「サキもオレと二人がいいって言ったろ?」


「それは恋火ちゃんの妄想を聞いたからでしょ? 舞翔くんは恋火ちゃんの妄想を叶えようとしただけで」


「……」


 レンに無言で睨まれた。


 俺を睨んでも仕方ないと思うのだけど。


「わかった、今回は水萌が嫌な思いをしたから水萌の言うことを聞こう」


「やったー」


「いや、なんだよそれ」


 レンの言ってるのは「なんでオレの味方をしてくれないんだよ!」という可愛いやつではなく、俺が新しい試みが気になったのだろう。


「水萌とレンはよく喧嘩するだろ?」


「する」


「え、してないよ!」


「まあしてるんだけど、内容が可愛いやつからちょっとやばいやつがあるじゃん? お互いヒートアップして引けなくなった時に俺が独断と偏見でどっちが悪いって決めようかなって」


 まあ二人とも引けなくなるところまで行くことがめったにないけど。


 今回も別にほっといてもすぐに仲直りしているだろうし。


「それさ、水萌の味方しなかった時に水萌拗ねるだろ」


「恋火ちゃんに言われたくないよ」


「なんでオレが」


「だって今拗ねてるじゃん」


 水萌がニコニコしながらレンを見る。


 レンは別に拗ねてるわけではない。


 不貞腐れてるだけだ。


「ちなみに不公平がないように、水萌の言うこと聞いた後にレンの言うこと聞くから」


「それ、わざわざやる必要ないだろ」


「だってレンが思いのほか不貞腐れてるから」


「不貞腐れてねぇ!」


「そうだよ舞翔くん。恋火ちゃんは拗ねてるの」


「拗ねてねぇっての!」


 レンが俺達を睨んでから宿題に視線を移した。


「あ、逃げた」


「水萌、煽るな。こういう時はそっとしておくんだよ。それで『なんで構ってかれないの……?』っていう目をされるのを待つ」


「なるほど。可愛い」


 そんな顔をしたレンは可愛い。


 だけどなぜだろうか、水萌が俺の顔を嬉しそうに見ている。


 確かに少し心を込めたけど、そんな嬉しそうな顔をするようなことはしてないはずだけど。


「それより水萌はなにかして欲しいことある?」


「私の宿題代わりにやって」


「水萌はそういうことを言わない子だと思ってたんだけどな……」


 水萌は確かに勉強が心底嫌いだろうけど、それでも宿題は自分でやると信じていた。


 教えてもらうことは全然いいけど、人にやってもらっては意味がない。


 まあ冗談で言ってるのだろうけど、ちょっとあからさまに残念がってみた。


「ち、違うよ? ちょっと言ってみただけっていうか、自分でやるから嫌いにならないで……」


 水萌が涙を浮かべながら言う。


 別に怒ってないし呆れてもないから嫌いになるわけがないけど、ちょっと罪悪感が……


「湧かないのはなんでだろうか」


「水萌が悪いと思ってないから」


「やっぱり? またあいつか」


 夏休みで会えなくなるからって仕込みすぎだ。


 さっきの『二番目の女』もそうだけど、水萌に余計なことを教えるのをやめて欲しい。


「今度会ったらガチめな説教するか」


「サキのガチ説教って想像できなすぎて怖いんだけど」


「別に怖くないよ。ていうか普通に話してくれるのな」


「別に不貞腐れても拗ねてもないから」


 レンはそう言いつつも宿題から視線を外さない。


 こういう子供らしい反抗がまた可愛い。


「舞翔くん、嫌いになった……?」


「あれ、マジなやつだった? あれか、あの人の日頃の行いが悪すぎて勝手に犯人にされたのか」


 それは悪いことをした。


 だけど『二番目の女』は絶対に某Hさんのせいだから悪いとは思わない。


「サキ、さっさと言わないと水萌が勝手に落ち込むぞ」


「それはまずい。水萌、俺は水萌のこと嫌いにならないから」


「ほんとに?」


「結構言ってる気がするけど、俺ってそんなに信用ないの?」


「ない」


「レンには聞いてない」


 だけどそんなに即答されるとちょっと傷つく。


「だってオレのこと好きとか言っといて毎日水萌とイチャついてんじゃん」


「水萌とじゃれ合うのは仕方ないだろ?」


「お前らは兄妹じゃないからな?」


「だってレンが同じことさせてくれないから」


「させるかよ。なんで毎日抱きつかれなきゃいけないんだよ」


 それを俺に言われても困る。


 俺が何もせずにただボーッとして座っていると、水萌がてけてけとやって来て俺の足の間に座るのだ。


 何か用なのかと思っていると、顔だけを俺の方に向けて「えへへ」と笑いかけてくる。


「抱きしめるだろ」


「絶対会話になってないのはわかった。別にいいけど、お前らも宿題やれよ」


「話を逸らすな。俺はレンも抱きしめたい」


「逸らす。サキって水萌に勉強させたがるけど自分も嫌いだろ」


「嫌いだよ? むしろ勉強好きとかいう学生いるの?」


 中にはいるのかもしれないけど、学祭の大多数は勉強が嫌いなはずだ。


 もちろん俺だってできるなら宿題なんてやりたくない。


「じゃあ宿題はやめて遊ぼ」


「それとこれとは話が別。やらなきゃ困ることはやるのが俺のポリシー」


「難しい言葉わかんなーい」


 水萌はそう言ってプリントを鞄にしまった。


 やる気がないように見えるけど、こうしてちゃんと宿題を持ってきてくれてるのだからいい子だ。


「まあ俺も集中力切れてるからやる気ないんだよな」


「サキの場合はオレと主に水萌が居ると進まないだろうな」


「両手に花だからな」


「水萌に話しかけられてオレに話しかけるからだよ」


「つまり両手に花だろ?」


 レンが呆れたようにため息をつく。


 意味は間違ってないはずだ。


 綺麗な花には人を引き寄せる魅力があり、思わず呼ばれたのかと思って立ち止まったり、話しかけたくなるのだから。


 正直自分で言ってて意味がわからないけど。


「難しいお話は終わり。気分転換にお散歩行こ」


「言っとくけど手を繋ぐの禁止だからな?」


「私からはでしょ? 舞翔くんが繋ぎたくなればいいんだよ」


「天才」


「サキも終わらせる気ないならお前もだよ」


「無慈悲な!」


 水萌とレンに伸びかけてた俺の手が引っ込む。


 レンを無視して手を繋げばいいんだけど、それでレンに嫌われたら元も子もない。


「もしかして恋火ちゃんって、自分が一番に宿題終わらせて舞翔くんにいっぱい触りたいってこと?」


「言い方やめろ。別にそういうんじゃねぇし」


「なんだよレン。言ってくれればいつでもウエルカムだよ?」


「言い方うざい。別にそういうのじゃないから。ただ、水萌ばっかりだなって思っただけで……ニヤニヤすんじゃねぇ、バカ兄妹!」


 レンガ顔を真っ赤にして怒鳴る。


 こればっかりは可愛いことを言うレンが悪い。


 そんなこと言われたら頬が緩んでしまう。


「お前らそれ終わるまでおしゃべり禁止!」


 レンが俺のやっていたプリントを指さしながら言う。


 水萌はもうしまってしまったけど、それも同じやつだ。


「ちなみに喋ったら?」


「サキが喋ったら水萌とキス。水萌が喋ったらサキとオレがキスで」


「身を削りすぎだっての」


「舞翔くんが喋ったので私とキスで」


「うるさい黙れ。どうせいざとなったらできないんだからやめとけ」


「そう言って止めるんだ」


「嫌なのはサキだからな」


「俺?」


「オレのことが好きとか言っといて、初めては他の女なんていいの? それにそんなところをオレが見たら気が変わるかもよ?」


 レンがニマニマしながら言う。


 俺は恋愛初心者すぎて『初めて』の大事さがよくわかっていないけど、レンの気が変わるようなことはしたくない。


「レンには俺を好きなままでいてもらわないと困る」


「よし、スタート」


 レンが全てをぶった切るように始める。


 水萌がすごい何かを言いたそうにしているけど、多分「タイム」とか言ってもレンは許したくれないだろうから何も言えないでいる。


 それがわかっているので、水萌と俺は渋々宿題を始める。


 そしてプリントが終わるまでの約三十分間、無言の時間が過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ