夏休みスタート?
「夏休み やることなくても 来る休み」
「何言ってんの?」
水萌がいきなり奇怪なことを言い出したので、俺の熱がうつったのかと心配になっておでこを触るけど、どうやら熱はないらしい。
だけどそれはそれで心配になる。
「なんかね、文月さんが『閃いた!』ってドヤ顔で言ってたの」
「あの人は本能で生きてるのかな?」
内容も意味がわからないし、いきなり言い出すことも意味がわからない。
だけど文月さんが言ったと言われるとなんでか納得できてしまう。
「夏休みが嬉しかったんじゃないのか?」
「それはないでしょ。水萌と会える時間が減るんだから」
レンがあくび混じりにどうでもよさそうに言うが、文月さんは水萌と一緒に居ることを生きがいにしてるような人なので、水萌と会える日が減る夏休みは嬉しくないと思う。
実際最終日は名残惜しそうにしてたし。
「今日から夏休みだけど、水萌は文月さんと会う約束とかしてるの?」
「してないよ? 私は舞翔くんと一緒に居たいから」
「嬉しいけど、ちなみに文月さんから誘われた?」
「うーん、夏休みのどこかで会いたいとは言われたけど、私って携帯持ってないから結局連絡できないんだよね」
「あ、だからか」
夏休み前最後の日に文月さんが「連絡先、交換して欲しい、です」と、モジモジしながら言われた。
何かの罰ゲームかと思ったら、水萌との連絡係にする為だったようだ。
「文月さんとどんなやり取りしたの?」
「水萌、目がちょっと怖い。別に何もしてないよ。交換しただけで何もメッセージ飛んできてないし」
「ほんと?」
「見る?」
「見る」
水萌の真剣な声に少し驚く。
いつもなら興味津々な感じで「見るー」と、後ろを伸ばすのに、今日は目も声も真剣だ。
「ほんとだ」
「俺と話すように交換したわけじゃないだろうし、水萌に何か用ができたらくるんじゃない?」
「その時も見せて」
「別にいいけど」
「彼氏のスマホを勝手に見る系彼女ってめんどくさいよなぁ」
俺達の話を聞いていたレンが、水萌を見下ろしながら言う。
それに対して水萌がレンをぽかんとした顔で見つめる。
「私が舞翔くんの彼女さん?」
「そっちに食いつくか。水萌は独占欲が強いって馬鹿にしたつもりなんだけど」
「独占欲? 私は舞翔くんを独り占めしたいよ?」
「水萌はそういうやつだよな。ほんとにサキと付き合わなくて良かった」
レンが振り子のように体を左右に振りながら言う。
ちなみにレンは今、俺のベッドの上に座っている。
「恋火ちゃんだって恋人さんになったら舞翔くんを独り占めするでしょ?」
「どうだろうな。確かに他には取られたくないけど、水萌とじゃれ合う程度なら見過ごすかも?」
「でもこの前私が舞翔くんのほっぺたにキスした時、舞翔くんが帰った後に怒ってたじゃん」
「あれはじゃれ合いって言わないからな? 抱きつくまでなら許すって言ってんだよ」
水萌がほっぺたを膨らませてレンにジト目を送る。
水萌はそれだと足りないんだろうけど、多分レンは寛大過ぎると思う。
普通、彼氏が他の女の子に抱きつかれていたら怒って当然だ。
ちなみに俺なら不機嫌になる。
「サキが不機嫌になってる。オレが誰かに取られるの想像した?」
「した」
「素直か。ちなみにオレが水萌とじゃれ合ってるのは許せる?」
「多分何かしたから嫌とかじゃなくて、一人にされたら嫌かな」
別にレンと水萌が抱き合ってようが、キスしてようが俺は許せると思う。
だけどその間放置されるのが嫌だ。
すごいかまってちゃんだと自分でも思う。
「サキってほんとぬくもりに飢えてるよな」
「そうなのかな?」
「多分無意識なんだろうな。オレはサキの家のことは詳しく知らないけど、ずっと一人だったんだろ?」
うちは両親が共働きだったので、俺が小さい頃から基本一人だった。
それ自体は別に何も思わなかったけど、もしかしたらそういうのの積み重ねで寂しがりになったのかもしれない。
「父さんがいなくなったのは最近で、その時も特に何も感じなかったんだけどね」
「オレは気を使えないからもう少し話すけど、自分では何も感じてないって思ってても、本当は悲しかったんじゃないか? そこに水萌っていう距離感がバクってるおかしい奴と出会って、ぬくもりを知ったから一人が駄目になったとか」
「色々失礼だよ。舞翔くんにも私にも」
水萌が怒ったような、拗ねたような顔でレンを見る。
確かに無遠慮かもしれないけど、俺は別に気にしてないし、水萌のことに関しては水萌のいいところなのでむしろ誇るところだ。
とりあえず水萌の頭を撫でておく。
「まあそうだとしたら俺は自分で思ってるよりもいい子なのかもな」
「うわ」
「うわぁ」
レンと水萌にジト目で睨まれた。
最近こういうのが多い気がする。
俺が何かしたのか。
「まあサキだしな」
「うん、舞翔くんだから」
「ねぇなんなの? そうやって二人だけで話を完結させるなら泣くよ?」
「じゃあなでなでして慰める!」
「じゃあオレは……いいや」
水萌に頭を撫でられながらレンを見つめる。
そこまで言われたら最後まで聞きたい。
「言わないからな?」
「恋火ちゃんってほんとにまじめさんだよね。なでなでって言えばそれで済むのに」
「水萌に正論言われるとなんでこうも腹立つんだろうか。じゃあそれで」
「本当は違うの?」
「くそ、最初から言えば良かった」
レンが後ろを向いて毛布を被った。
「恋火ちゃん恋火ちゃん」
「なんだよ」
「舞翔くんの匂いは落ち着く?」
「……オレほんとに水萌嫌い」
レンがゆっくり毛布を下ろして肩に掛ける。
「暑くないの?」
「舞翔くん、察してあげて、好きな人の使ってるものに覆われたい時もあるんだよ」
水萌が達観したように言う。
水萌にも気持ちがわかるのだろうかと思ったけど、思い返してみれば水萌がレンと一緒に初めて俺の部屋に入った時にベッドにダイブしていた。
それも同じ理由なんだとしたら気持ちがわかるのだろう。
そういう俺だって水萌とレンに抱きつかれるのは嬉しい。
嬉しいけど、ちょっと気になることを思い出した。
「俺って実はレンに抱きつかれたことない?」
「抱きつかれるのを普通みたいに言うな。そういうのは友達の段階ではやらないもんだろ」
「つまり付き合ったらやってくれると?」
「……時と場合による」
レンが後ろを向いたまま毛布を抱きしめるようにして丸くなる。
耳まで赤くなっているからくるまるのをやめればいいものを。
「恋火ちゃんが恋火ちゃんしてる」
「まあレンが可愛いのは今に始まったことじゃないからいいんだけど、そろそろ集まった理由を片付けない?」
最近は意味もなく俺の部屋に集まることが増えてきたけど、今日はちゃんと理由がある。
夏休みを有意義に過ごす為に、宿題を済ませようという集まりだ。
「水萌、無言で逃げようとしない」
そろりそろりと逃げようとしていた水萌の手を握って捕まえる。
「舞翔くんずるい! そんなことされたら離れたくなくなっちゃうじゃん!」
「いいことじゃん。レンもそろそろ下りて」
「オレは別に一人でできる」
「こういうのはみんなでやるから意味があるんだよ。というか水萌を俺一人で見るのが辛い」
「酷い!」
水萌がほっぺたを膨らませて完全に拗ねてしまった。
だけど多分俺一人では水萌の宿題が終わらないと思う。
俺には文月さんのように水萌の集中力を続かせる方法が思いつかないから。
「別に水萌なんて単純だからやらせるの簡単だろ」
「お手本」
「水萌、宿題終わるまでサキに触れるの禁止」
「やだ!」
「終わる前に触れた回数分、サキへの告白の日数が増える」
「……がんばる」
水萌が不貞腐れながら宿題を取り出す。
さすがレンだ。
「水萌は単純だけど、こういうのってサキにはできないよな」
「自惚れすぎだからね」
「自惚れじゃないんだけどな。とにかくこれで水萌はやる気出したからいいだろ」
「レンも一緒が良かったけど」
「恋火ちゃんはつんでれさんだからなんだかんだ言ってやるから大丈夫」
「うっさい」
いつもより小さい姉妹喧嘩が始まったが、レンが諦めたようにベッドから下りた。
少し名残惜しそうに俺のベッドを見ていたけど、そんなにベッドが気に入ったのだろうか。
そうして少し重たい雰囲気で夏休みの宿題が始まった。




