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取られた言質

舞翔まいとくんおまたせ、待った?」


「……待った」


「そこは待ってないって言うんだよ」


「……待った」


「ほんとに一人駄目なんだな」


 水萌みなもとレンがどこから出したのか、お盆に器を載せて帰って来た。


 待った時間は十分ぐらいで、普段ならボーッとしてればすぐに過ぎる時間だったけど、やっぱり長かった。


「寂しくさせてごめんね」


「大丈夫だよ、どうせサキはすぐ元気になるから」


恋火れんかちゃんが舞翔くんをわかりきってるアピールしてる。それが正妻アピールってやつ?」


「制裁いるか?」


 レンが片手でお盆を持って空いた手でデコピンの構えをする。


「さっき舞翔くんに怒られたでしょ。あ、それともまた舞翔くんになでなでして欲しいってこと?」


「違うわ!」


「して欲しくないの?」


「……うるさい」


 レンがジト目で水萌を睨んでから拗ねたように俺の方にやって来る。


「やっぱり恋火ちゃんって可愛いんだよね」


 水萌もなぜか拗ねた様子で俺の方に来る。


「ほら舞翔くん、ご飯だからレンカちゃん離して」


「ミナモはいいの?」


「そっちも」


「そっちじゃわからないよな。水萌、なんて名前のぬいぐるみを離させたいんだ?」


「舞翔くん、やっぱりレンカちゃんをぎゅーってしてていいよ」


「サキ、汚れるぞ」


「うん」


 レンに言われてミナモとレンカが汚れるのが嫌なので枕元に戻す。


 すると水萌がすごい不貞腐れたような顔になっていた。


「拗ねんな拗ねんな」


「恋火ちゃん嫌い。そういう意地悪する恋火ちゃんには舞翔くんにお説教してもらうんだから」


「何すればいい?」


「サキは乗っかるな。それよりも昼ご飯だろ」


 レンがテーブルにお盆を置いてベッドの横に座る。


 水萌も少し不機嫌だけどレンと同じようにしてレンの隣に座った。


「つーかほんとにやるの?」


「やるの! 恋火ちゃんには負けない」


「別に勝ち負けとかないだろ」


 水萌がほっぺたを膨らませ、レンがそれにため息をつきながら対応する。


 何かするのだろうか。


「舞翔くん、私と恋火ちゃんの作ったお粥、どっちが美味しいか教えて」


「めんどくさいこと言ってごめんな。水萌がどうしても優劣つけたいって言うから」


「そう言って恋火ちゃんも、味見で無くなっちゃうんじゃないかってぐらい味見してたじゃん」


「そりゃ、どうせ食べさせるなら美味しい方がいいだろ」


 なんだか珍しい光景だ。


 いつもならレンが水萌に色々言われて困っているのに、今日は水萌が困らされている。


 レンの困った顔が見たいというのは俺が悪い子だからなのか。


「どっちも美味しいじゃ駄目なの?」


「だめ! お料理ぐらいは恋火ちゃんに勝ちたいの!」


 水萌が俺にふくれっ面を向けてくる。


 別に水萌がレンに負けてるなんて思ったことはないけど、水萌からしたら思うところがあるのかもしれない。


 それなら水萌の意見を尊重する。


「それって水萌の方を美味しいって言えばいいの?」


「ううん、そこはちゃんと決めて。負けたら負けたで今度また勝負を挑むのです」


「別に水萌はオレより劣ってるわけでもないじゃん。確かに家事と勉強と運動とサキへの想いはオレに負けてるかもだけど」


「舞翔くん聞いた? 恋火ちゃんってこうやって私をすぐにバカにしてくるんだよ?」


 水萌がレンの左手の甲をはたきながら言う。


 家事と俺への想いは知らないけど、勉強と運動は確実に負けているから本当に馬鹿にしてるかはわからないからなんとも言えない。


「そっか、サキには言ってなかったけど、オレって花嫁修業させられてたんだよ。だから家事は一通りできる」


「え、じゃあ実は料理ができないとかないの?」


「なんで少しガッカリしてんだよ」


 レンには作り始める時は自信満々だけど、作り終わったら失敗して落ち込みながら料理を持ってきて欲しかった。


 まあ普通に部屋に入って来た時点でその夢が叶わないのはわかっていたけど、まだレンが味音痴の可能性はある。


「レン、期待してる」


「うん、絶対にポジティブな理由じゃないな」


「私のは?」


「水萌のも楽しみだよ。早く食べたい」


 正直さっきまではそこまでお腹が空いてるわけではなかったけど、二人の作ったお粥を見たらお腹が空いてきた。


「オレから食べさせればいいのか?」


「うん。後の方が良かった?」


「別に。ほいよ」


 レンが俺にお盆を渡してきた。


 俺は少し残念な気持ちになりながらそのお盆を受け取る。


「えー、恋火ちゃんそれは酷いよー」


「なんだよ」


「恋火ちゃん『食べさせる』って言ってたのに舞翔くんに自分で食べさせるの? 舞翔くん病人なのに」


 水萌がレンに文句を飛ばす。


 正直俺もレンが食べさせてくれるものだと思っていた。


 だからここは口を挟まないで水萌を信じてみる。


「別に自分で食べられるだろ」


「そういうことじゃないよ。いくら恋火ちゃんが舞翔くんの気持ちを無視して、舞翔くんが恋火ちゃんにした告白を断ったからって、舞翔くんは恋火ちゃんが好きなんだよ? その恋火ちゃんから食べさせてもらえば舞翔くんの風邪なんて治っちゃうんだよ。それとも恋火ちゃんは舞翔くんの告白を断ったからそういうことはできない?」


 水萌が体を上下に振りながら楽しそうに言う。


 なんだかすごいレンを試すような言い方に聞こえるけど、あんまり『告白を断った』とかは言わないで欲しい。


 悲しくなる。


「水萌さ、オレに仕返ししたいんだろうけど、サキにも刺さってるから」


「舞翔くん、私は恋火ちゃんと違って舞翔くんを拒絶しないからね?」


「うわぁ、この女めんどくせぇ……」


 水萌はなぜかすごい楽しそうだけど、レンがすごい呆れたような顔をしている。


 よくわからないけど、俺の方はどんどん悲しくなってきて、意味もなくお盆に載っていたスプーンをいじる。


「まあそういう冗談はいいとして。恋火ちゃんはしないの?」


「冗談が冗談になってないんだよな。サキ本気で落ち込んでるぞ」


「それならもう恋火ちゃんの『あーん』しか慰める方法はないね」


「ほんとめんどくさいなこの女」


 レンがため息をつきながら俺の頭を撫でる。


 そして俺からお盆を奪い取り、スプーンでお粥を一口取ってふーふーして冷ます。


 ふーふーが終わると、レンがスプーンをじっと眺めて固まった。


「レン?」


「ちょいまち。オレにも心の準備をする時間をくれ」


「やだ」


「まさかの拒絶。わかった、せめて後五びょ……」


 ちょっと長くなりそうだったのでレンの持つスプーンをレンを手ごと持ってお粥を自分から食べに行った。


「あ、おいしい」


「それは、良かったです……」


 レンのお粥はなんだか不思議な味がした。


 母さんの作るシンプルな塩だけのお粥に叩いた梅干しを真ん中に乗せたやつとは違って、上手く言葉では表せない初めて食べるお粥の味だ。


「薬膳粥ってやつ?」


「そうですね、はい……」


 どうりで食べたことのないわけだ。


 俺も少しだけ興味はあったけど、わざわざ買ってまで作りたいとは思わなかった。


 だけどこれは美味しい。


 レンの顔が真っ赤なのは気になるけど。


「もっと食べたい」


「えっと、これ以上はオレの精神が持たないので自分で食べていただくわけにはいきませんか?」


「え、やだよ?」


「ですよね……」


 正直に言えば自分で食べることができないわけではない。


 だけどせっかくレンが食べさせてくれるのならそうして欲しい。


「ふぅ、こうなりゃやけだ。さっさと食え」


 レンが一つ息を吐いてからお粥をスプーンですくって俺に差し出す。


 俺がそれを食べようとしたら何かを思い出したように一度戻して、ふーふーしてくれた。


 そうして最後まで完食した。


「おいしかった」


「そりゃ良かったよ。オレは休む……」


 レンがお盆をテーブルに置いてから床に倒れ込む。


「レン、お疲れ?」


「そうだね、恋火ちゃんはお疲れなので私の番。食べてくれる?」


「うん、水萌のも食べたい」


 レンのお粥は水萌の分も考えられていたのか、器の半分ぐらいしかなかった。


 もしかしたら水萌がレンは味見をたくさんしてたと言っていたからそのせいかもだけど。


 だけどそのおかげてまだ食べられる。


「私のは恋火ちゃんのとは違って普通のお粥だよ。ふーふー、あーん」


「あーん」


 水萌が俺の口元にお粥を一口運んでくれたのでそれを食べる。


「どう?」


「おいしいよ」


「良かった」


 水萌がホッとしたような顔になる。


 水萌のお粥は母さんのと同じで、味付けは塩だけのシンプルなやつだ。


 だけど母さんのとは違って梅干しはない。


「水萌って梅干し嫌い?」


「酸っぱいの苦手」


「だから梅干しは入れなかったの?」


「うん、残ったのは私が食べるから入れたら食べられなくなっちゃうし。あった方が良かった?」


「ううん、俺も別に好きとかではないから。あれば食べるけど」


 水萌のお粥はこれだけで美味しいから別に梅干しが欲しいとかではない。


 ただ俺にとってのお粥は梅干しがあるのが当たり前だったから気になっただけだ。


「そっか、そういえば私があーんするの初めてだね」


「そうだね、レンもだけど、多分自分で食べるよりも美味しく感じる」


「じゃあ風邪が治ったらまたやってあげるね」


「うん」


「言ったね?」


 水萌がグイッと顔を俺の顔に近づける。


 そんなに真剣な顔で聞くことだろうか。


「舞翔くん、私が食べさせるの嫌がるから」


「嫌がってないよ? 水萌みたいな可愛い子に『あーん』をされるのが恥ずかしかっただけで」


 慣れとは恐ろしいもので、最初は同じ箸を使うのに恥じらいをもっていたのに、今では当たり前のように同じ箸で食べるし、水萌に食べさせることも恥ずかしかったけど、普通にできるようになった。


 そして今も風邪で朦朧としてるせいか、こうして水萌から食べさせてもらうことに恥ずかしさを感じない。


 嬉しさの方が勝っている。


「ありがとうね、みな、も?」


 水萌がぷるぷるしながら顔を伏せている。


「どうしたの? 体調悪い?」


 もしも俺の風邪がうつったのなら大変だ。


 さすがにこんなに早くうつることはないだろうけど、可能性がゼロとも言えない。


 俺があわあわしてると、水萌が赤くなっている顔を上げる。


「大丈夫です、いきなり舞翔くんから『可愛い』って言われて照れちゃっただけです」


「そうなの? ほんとに大丈夫?」


 水萌のおでこに手を当てると、少し熱かった。


「それは仕方ないやつなので大丈夫」


「ほんとに? 意味ないかもだけど、一緒に寝る?」


「駄目だよ、余計に熱くなっちゃうから」


 よくわからないけど、水萌が「大丈夫」と言って聞かないので、とりあえずは信じることにして残りのお粥を食べた。


 勝ち負けについては決めなくていいことになった。


 俺としてはどちらも美味しくて勝ち負けなんて付けられなかったからちょうど良かったけど、なんで決めなくてよくなったのかはわからない。


 その後は復活したレンと水萌がお粥の器を片して、残ってたお粥を順番に食べに行き、俺はいつの間にか眠っていた。


 起きた時には二人の手を握っていて、なぜが居た母さんにすごいふくれっ面を向けられた。


 俺のことが心配で早く帰って来てくれたようだ。


 それは嬉しいけど、水萌がいきなり「お泊まりしたいです」と元気よく言うと「私がお世話したいからだめ!」と子供のように母さんが断った。


 だけどなぜか夏休みならいいことになって、夏休みのどこかでお泊まりが勝手に決まったのだった。


 それを聞いた水萌は「それなら」と言ってレンと一緒に帰って行った。


 二人が帰ってからは母さんからずっと質問攻めにあっていた。


 半分寝てたからなんて返したかは覚えていないけど。

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