長い待ち時間
「そういえばやることってなに?」
レンを抱きしめフード越しに頭を撫でながら水萌に聞く。
「あ、そうだ。陽香さんにね、ご飯頼まれたの」
「晩ご飯?」
「舞翔くん、まだお日様出てるよ?」
今日は学校が半日なので今は一時になろうかというところだ。
だからお昼ご飯なのはわかっているけど、元々食べるつもりがなかったからその選択肢が無かった。
「お昼ご飯作ってくれるの?」
「うん、教えてもらったけど結局作ってなかった私の手料理を食べてもらうの」
「やっぱり作ってなかったんだ」
俺は水萌に料理を教えていたけど、水萌は毎日うちで晩ご飯を食べていて、うちでも一人で作ったことはない。
一品任せることはあっても、完全に一人はないのだ。
更に、俺と一緒に買いに行ったお弁当箱も学校に持って来たことがない。
「言い訳をするとね、一回だけお弁当作ったんだよ? だけどやっぱり一人だと作ってる途中で無くなってるの」
そういえば水萌は料理ができないのではなく、作っている途中で食材が消えると言っていた。
それが解消されないと一人で料理はできない。
「でも今ならレンが居るでしょ?」
「そもそも水萌は朝起きれないから作る時間がないんだよ」
レンが俺に撫でられる頭を俺の胸に押し付けながら言う。
正直に言う、可愛い。
「恋火ちゃんが起こしてくれないの」
「毎日起こしてやってんだろ。一回で起きたことないけど」
「だって恋火ちゃんが隣に居ると思うと安心するんだもん」
「じゃあオレは今日からリビングで寝る」
「それなら私はその隣で寝る」
「え、なら俺はどこで寝ていいの?」
「勝手に泊まるな。サキは一人で寝てろ」
ちょっとした冗談のつもりだったけど、レンがガチトーンで否定されて悲しくなったので責任を取ってもらう。
「抱きつく力を強めんな!」
「恋火ちゃんが素直にならないからいけないんだよ」
「うるさい! 高校生の男女が同じ屋根の下で一晩を共にするなんて非常識だろ」
「舞翔くんが何かするの?」
水萌が不思議そうな顔でレンを見つめる。
「サキがって時点でわかっんだろ。それとサキじゃなくて心配なのは水萌がサキに何かしないかだよ」
「私は何もしないよ? いつも通りにして、寝る時はぎゅーってするだけで」
「それが問題なんだよ」
「恋火ちゃんってわがままだよね。今の状況はいいのに、私がぎゅーってするのは嫌なんでしょ?」
「そういう正論を言うのはやめろ。サキと会う頻度が減って寂しか……なんでもない」
俺が告白したあの日からレンは俺と会う時間が減った。
水萌は「恥ずかしがってる」と言っていたが、今の状況を見るとそうとも思えない。
「レンは俺と会いたくなかったんだよな……」
「否定はしない。サキが思っる理由とは違うけど」
「じゃあなんで?」
「絶対に教えない。少しは女心を学べ」
レンが俺のおでこを人差し指でつつく。
「私が教えた通りだよ」
「恥ずかしかったの?」
「……ほんとに水萌嫌い」
レンが俺の胸に顔を押し付ける。
だけど耳が真っ赤なのが見えている。
この反応を見ればさすがに信じられる。
「良かった。レンに嫌われたら生きる理由が無くなるから」
「大袈裟な」
「ほんとだよ? 実際、レンに嫌われた時は大変だったし」
「大変申し訳ありませんでした」
レンが頭を下げようとしたけど、俺は離す気がないので、レンが頭をぐりぐりと俺の胸に押し付ける。
まああれは結局嫌われたわけではなかったけど。
「んー、そろそろ私もモヤモヤしてくるから舞翔くんのご飯作る」
「それならオレも行く」
「なんで?」
「水萌一人だと完成する気がしない」
「失礼な!」
水萌はほっぺたを膨らませて拗ねたような顔を向けてくるが、俺もレンの意見に賛成だ。
水萌の一人で料理をしてるところを見たことはないけど、何も無いお皿だけが持ってこられる気がする。
ちょっと寂しいけど。
「舞翔くんがひとりぼっち寂しいってお顔してるよ?」
「大丈夫、サキチョロいから」
「舞翔くんは私のことを悪い子みたいに言うけど、絶対に恋火ちゃんの方が悪い子だと思うんだよね」
「失礼なことを言うな。サキの寂しさを解消できるんだからいいことだろ?」
なんの話をしてるのかはわからないけど、一人は寂しいからそれが解消できるならして欲しい。
「サキ、一人やだ?」
「やだ」
「可愛い。じゃなくて、いい子にして待ってたら水萌の手料理だけじゃなくて、オレの手料理を食べさせてあげよう」
「待つ!」
「即答をありがとう。それじゃあそろそろ離して」
名残惜しいけど、俺が離さなければレンがキッチンに行けない。
つまりは二人の手料理が食べられない。
「舞翔くん、恋火ちゃんの代わりにレンカちゃんをぎゅーってしたら?」
水萌が俺の枕元に座っているレンカ、猫のぬいぐるみを見ながら言う。
「ん、する」
「なら離せ」
「……ん」
俺は仕方なくレンを離す。
そしてすかさずミナモとレンカを抱きしめる。
「二股現場だ」
「舞翔くんはどっちも大切にしてくれるいい子なの。私へのぎゅーの時間は少なかったけど」
水萌にジト目を向けられた。
少なかったのは認めるけど、それは水萌が自らレンに譲ったのだから許して欲しい。
「後でじゃだめ?」
「ねぇ恋火ちゃん。私は酷い子になってしまったかもしれません」
「気持ちはなんとなくわかるからいいよ。オレも同じ気持ちって言えなくもないから」
水萌とレンが顔を少し赤くしてため息をつく。
俺は何かしたのだろうか。
「まあいいや。後でね、今はご飯作る」
「ん、待ってる」
「これは確かに陽香さんが譲りたくない気持ちがわかるよ。クセになりそう」
「やめとけ、多分いつも以上に照れることになるから」
「そうなんだよねぇ……」
水萌にまたため息をつかれた。
俺に呆れているのはわかるから、謝るべきなのだろうけど、謝る理由がわからなくて謝れない。
だからミナモとレンカにすがる。
「あ、舞翔くんが勘違いしてる」
「病気は人の心も弱くするって言うし、ただでさえメンタルの弱いサキだからすぐに弱るな」
「舞翔くん、だいじょーぶだからぬいぐるみさんを私達だと思って待っててね」
「……ん」
水萌が笑顔でそう言ってくるので、とりあえずその言葉を信じる。
そして水萌の言う通りミナモとレンカに気持ちをぶつけるように抱きしめる。
「自分で自分の名前がついたぬいぐるみの名前言うのが恥ずかしかった?」
「うん。私も舞翔くんに呼ばれるのはいいけど、自分の名前好きじゃないから」
「だろうな」
二人はそんな話をしながら部屋を出て行った。
「静か……」
一人になった途端に静かになって寂しさがグッと増す。
「そういえばレンって料理できるのかな?」
水萌が料理ができない(完成しない)のは知ってるけど、レンが料理ができるかどうかは知らない。
いつもゼリー飲料を食べてるところか、俺と水萌の作った晩ご飯を食べてるところしか見たことがない。
個人的にはレンは料理ができないで欲しいけど。
「料理できないレン、可愛い」
見栄を張って料理をするのだけど、完成したのはダークマターで、それを見られて恥ずかしがるレンを見てみたい。
「水萌は冒険しなければいいけど」
水萌は料理ができないわけじゃないけど、俺と似て料理の工程を楽しむ方だ。
だから「これを入れたらどんな味がするのか」みたいなことを思ってすごいものができる可能性がある。
多分レンが止めるけど。
「仲良し姉妹でお料理……見たい」
二人で試行錯誤したり、それは違うと言い合ったりしてるのをリビングで椅子に座って眺めていたい。
今やったら二人に怒られるだろうからしないけど。
「まだかな」
二人のことを考えてれば時間なんてすぐに過ぎると思っていたけど、そんな都合良くはいかないようだ。
ミナモとレンカを強く抱きしめて長い時間を潰すのだった。