独特な愛情表現
「舞翔くん、大丈夫?」
「……だめ」
色々あったあの日から数日が経ち、夏休みまで約一週間というところで、俺は風邪を引いて学校を休んだ。
水萌のがうつったとか、雨に濡れたからとかは一切関係なく、普通に風邪を引いた。
今は学年トップ層の文月さんの助力のおかげで夏休みを手に入れた水萌とレンがお見舞いに来てくれている。
「サキって風邪引くんだな」
「どういう意味?」
「なんとかはって言うじゃん」
「レン、酷い……」
「……いや、すごい調子狂うんだけど?」
レンがなぜだか戸惑っている。
何か変なことでもあっただろうか。
「陽香さんの言った通りだね。風邪を引いた舞翔くんはとっても可愛い」
「でも思い返せば弱ったサキってこんなだったよな」
「そういえば恋火ちゃんが舞翔くんを避けてた時もこんな感じだった気がする?」
「絶対わかってないだろ。お前はただオレとサキがすれ違ってたのを思い出させて気まずくさせたいけだけだろ」
「先に言ったのは恋火ちゃんだもん。私はただ仲間はずれが嫌なたけだもん」
「仲間はずれ……」
現在俺がその状態だ。
お見舞いに来てくれてるだけで嬉しいけど、せっかく一緒に居るのに二人で話しているのを見るとちょっと寂しくなってしまう。
「ち、違うよ? 私は舞翔くんを仲間はずれにしてないからね? 添い寝する?」
「やめとけ馬鹿」
「あー、恋火ちゃんが私のこと馬鹿って言ったー」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い。水萌が添い寝するかなんて聞いたら普段のサキでも了承するのに、今のサキならむしろ招き入れるだろうが」
「じゃあ私も舞翔くんも嬉しくて一石二鳥じゃん」
「なんでお前らが一緒に寝てるのをオレが見となきゃいけないんだよ」
「え? 恋火ちゃんも一緒に入りたいって?」
「言ってねぇだろ!」
また二人が楽しそうに話している。
深くは知らないけど、水萌とレンは離れていた時期がある。
だからこうして仲良く話しているのはいいことなんだろうけど、やっぱり少し寂しい。
「……やっぱり二人で添い寝する?」
「……気持ちはわかるけどやめとこ。サキの母さんに任されたんだし」
「そういえば母さんは?」
昨日から体調が悪く、たまたま日が変わる前に帰って来た母さんに心配され、体温を測ったら風邪を引いていることに気づいた。
その後はなぜかウキウキしていた母さんが水萌とレンが来るまで看病をしてくれていた。
いつもなら絶対に仕事を休まない母さんが半休を取ってくれてまで。
「私達がお見舞いに来たらいやいや舞翔くんを譲ってくれた」
「言い方よ。こんな機会じゃないとサキは甘えてくれないからって、サキを看病したがってたけど、友達との時間も大切だからって言ってオレと水萌に看病を任せて仕事に行ったみたい」
「そっか、母さんらしいや」
俺はめったに風邪なんて引かないけど、それでも数回は風邪を引いたことがある。
その度に母さんは仕事を休んで俺の風邪が治るまで一緒に居てくれた。
水萌とレンが嫌とかではないけど、母さんが居ないことを少し寂しく思ってしまう。
「確かにこの舞翔くんは誰にも渡したくないよ」
「見てて飽きないな」
「素直に言っていいんだよ? 可愛くて抱きしめたいって」
「言うか!」
「思ったんだ」
レン水萌にデコピンをした。
「んしょ」
「なんで起きる?」
「え? だってレンが抱きしめてくれるって」
「言ってないから寝てろ」
「そっか……」
せっかくレンが抱きしめてくれると思って喜んだのに残念だ。
「あー、恋火ちゃんがまた舞翔くんいじめた」
「今のオレが悪いの?」
「うん」
「即答すんなし。サキもそんなに落ち込むなよ、今度な」
「ほんとに?」
「お、おう」
レンがあからさまに目を逸らす。
つまりそういうことだろう……
「恋火ちゃんは素直になろうね」
「素直な反応だろ」
「確かに。舞翔くん、恋火ちゃんが舞翔くんに見つめられると恥ずかしいからもっとやってだって」
「お前、なんかオレに対する扱い雑になってないか?」
「私は恋火ちゃんのライバルだから仕方ないのです」
レンのジト目に水萌が胸を張って返す。
二人のやり取りは好きだけど、そろそろほんとに寂しいので、わがままを言う。
「レン、だめ?」
「サキ、お前は風邪が治ったら記憶も無くなるのか?」
「なんで?」
「いや、後で後悔しないのかなって」
「そう言って恋火ちゃんが恥ずかしいだけでしょ?」
「うるさい」
レンが水萌にチョップをする。
レンの言う通り、俺は風邪を引いてる時の記憶が曖昧だ。
母さんがずっと一緒に居てくれてるのは覚えてるけど、風邪が治ると母さんがすごい元気になっていることは鮮明に覚えている。
「俺って変?」
「変じゃないよ。むしろいい」
「水萌は黙れ。別に変ではないけど、いつもとは違うな」
「素直に言うと?」
「かわい、黙れっての!」
レンが水萌の頭にチョップ(さっきの軽めのやつではない、強めなやつ)をする。
「水萌が可哀想だよ……」
「くっ、完全にオレが悪者」
「もう知らない! 恋火ちゃんが悪いんだもん!」
頭を押さえていた涙目の水萌が怒った様子で立ち上がり俺に抱きついてきた。
「痛かったぁ」
「そうだね。でもレンを嫌いにならないでね?」
「舞翔くんは恋火ちゃんの味方?」
「ううん、二人の味方。レンにも後でお説教するよ」
「ほんと? じゃあ恋火ちゃんをぎゅーーーってして、頭をなでなでして、添い寝してくれる?」
「レンが嫌がるから?」
「恋火ちゃんが恥ずかしがるから。私にもしてくれていいよ、慰めてくれる理由で」
よくわからないけど、二人の味方と言った手前、レンにお説教はしなきゃだし、水萌が言うならそれが一番レンに効くのだろうからやる。
そして水萌のこともちゃんと慰める。
「勝手に決めるな。サキは一応病人なんだからな?」
「舞翔くんはわがままな私は嫌……?」
「全然。むしろして欲しいことを言ってくれる方が嬉しい。病は気からって言うし、水萌の嬉しそうな顔を見てれば風邪なんてすぐに治っちゃうよ。でも……」
「うつすかもって? 風邪って人にうつすと治るって言うし、いいよ」
確かにそんなことは聞くけど、それで水萌にまた風邪を引かせるわけにはいかない。
だけど風邪を引いてるせいか、人のぬくもりがとても心地いい。
「大丈夫。もしも私が風邪を引いちゃったら舞翔くんが看病してくれるでしょ?」
「するけど、水萌が苦しむのはやだ」
「私は今舞翔くんから離れるのがやだ」
水萌はそう言って抱きしめる力を強める。
「添い寝はまだやることがあるから我慢するけど、せめて恋火ちゃんがぶった頭だけはなでなでして欲しいの。だめ?」
水萌がとても寂しそうな顔で俺を見上げる。
駄目なわけがない。
俺は水萌を強く抱きしめて綺麗な亜麻色の髪に手を伸ばす。
サラサラした髪は一生撫でていられる。
そして撫でる度にふわっと香る甘い匂いも好きだ。
「えへへー、舞翔くんのなでなで好きー」
「俺も水萌を撫でるの好き。もう少しいい?」
「どうぞー。むしろずっといいよ」
「そんなこと言うとほんとにずっと撫でるよ?」
「私はいいよ? でもさっきから嫉妬の視線を感じるから、恋火ちゃんが素直になったら交代ね」
水萌がそう言うのでレンの方を見ると、レンがすごい不機嫌そうな顔を向けていた。
すぐに逸らされたけど。
「オレは別に……」
「じゃあ私がずっとなでなでしてもらうー」
「そ、……別に」
「恋火ちゃん、私は本気だからね? 舞翔くんの一番だからって油断してたら私が貰うから」
水萌が真剣な表情でレンに告げる。
内容はよくわからないけど、レンにはわかったようで何かを考えるような顔になっている。
そして少しすると、レンがこちらにやって来て俺の服の袖をつまんだ。
「……オレも、いい?」
レンが頬を少し赤くして、上目遣いで恥ずかしそうに言う。
ここで「何を?」なんて聞くのは野暮だ。
というかそんなの聞いてる余裕がない。
「熱上がったかも」
「恋火ちゃんずるっこだよね。私は抱きついたりしても何もないのに、一言だけで舞翔くんが照れちゃう。私もドキドキしたけど」
「素直になったらそうやって茶化すじゃねぇかよ! だから嫌なん──」
俺の袖をつまんでいたレンの手が離れたので、俺はすかさずその手を握る。
「水萌、いい?」
「うん。残念だけど、私が言ったことだもん」
水萌はそう言って俺から離れてベッドから下りる。
俺は代わりに戸惑っているレンを抱き上げる。
水萌もだけど軽い。
「ちょっ、ほんとにやらなくても……」
「やだ。お見舞いに来てくれたのに俺を放置した罰」
「私をいじめた罰だよ!」
水萌が拗ねたようにほっぺたを膨らませる。
そういえばそうだった気がする。
正直レンを抱きしめたくなっただけなので理由はなんでも良かった。
だけど一応『水萌をいじめたから』ということにしておく。
「あんまり水萌をぶったら駄目だよ?」
「そ、それなら先に水萌がオレを茶化すのをやめさせろ」
「水萌はレンが大好きだから仕方ないんだよ」
「じゃあオレのも愛のムチだ」
「つまり恋火ちゃんは私のことが大好きで仕方ないってこと?」
「……ノーコメント」
水萌が無邪気にレンの顔を覗き込んできたが、レンはそう言って顔を逸らす。
だけど俺には顔を赤くしたレンがバッチリ見えている。
「レン、うつった?」
「うっさい!」
顔が真っ赤になったレンにお腹を殴られた。
俺を病人と言ったのはレンのはずなのに、レンの愛情表現は独特すぎる。
まあそこも可愛いんだけど。
それに。
「ご、ごめん……」
「恋火ちゃんはこういうところもずるい」
「水萌は無意識だから気づいてないだろうけど、似たようなことしてるよ?」
「ほんとに?」
「ごめん適当に言った」
「舞翔くんのばかー」
水萌に腕をポカポカと叩かれる。
水萌のこういう自覚のないボディタッチはずるいとは思う。
俺がレンを好きでなければ勘違いしているかもしれない。
「……」
「恋火ちゃんのそれもずるい」
「何がだよ」
「ふん、知らない」
水萌が俺を叩くのをやめてそっぽを向いてしまった。
レンはただ俺と水萌のやり取りを不機嫌そうに見てただけだ。
なんだかよくわからないけど、レンの不機嫌解消になることを祈って頭を撫でておいた。