大人 恋火の場合
「お前勝手に私のこと殺したろ」
「あれ? 『寝るから出てけ』って追い出したくせに起きてる。おはよ」
水萌と共にマンションを出た俺は、二人でお腹を大きくしたレンに追い出された俺の住むアパートへ帰って来た。
水萌は心の準備中とのことで外で待機している。
「ていうか俺が帰って来たら『おかえり』って言ってくれる約束じゃん」
「そんな約束はしたことがない。意外と帰って来るの遅かったけど、久しぶりに可愛い子達とイチャつけて私のことなんて忘れてたか?」
「みんな優しいよな。言わなかったけど俺が追い出されたの知って話し相手になってくれたよ」
「それだとまるで私が悪いみたいだろ。お前が過保護すぎるのが悪いんだからな?」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
俺は別に過保護でも何でもなく、当たり前なことしかしていない。
動くのも大変だろうと思って家事を全てやり、嫌がるレンを無視して食事も全て食べさせてあげたり、お風呂はさすがに許されなかったから扉一枚挟んで待機したりするぐらいだ。
「私にだって一人になりたい時間はあるんだよ」
「俺、邪魔……?」
「しゅんとするな。ったく、ちょっと来い」
レンが人差し指を曲げて俺を呼ぶのでトボトボとレンに近づく。
するとレンに胸ぐらを掴まれて引き寄せられ抱きしめられた。
「ばーか。私がどんだけ舞翔のこと好きか知らないのか? 私だけを特別扱いしてくれるのは素直に嬉しいよ。だけどそれで舞翔の体が壊れるのは嫌なんだよ」
「俺はレンが辛いのやだ」
「舞翔が居るだけで私は幸せだよ。舞翔は違うの?」
「……」
「その間は誰かに同じこと言われたな?」
ついさっき水萌に言われた。
だけど今水萌の名前を出すのはまだ早いので強く抱き締めて誤魔化す。
「じゃあレンは俺のこと邪魔だと思ってない?」
「別に? むしろ今までが……今までもそんな変わらないか。いいや、とにかく私は舞翔にされることで嫌なことはないこともないけど、嫌なことは嫌だって言うから」
「言質取った」
これで俺は存分にレンを甘やかすことが出来る。
そして一番の不安要素であった自分の子供にレンを奪われる心配も無くなる。
「……」
「だって……」
「駄目だな。いくら『私』とか言って女ぶっても舞翔の可愛さに勝てない」
「レンは可愛いよ?」
「そういうことじゃないんだよ。子供が生まれるからって一人称変えたけどやっぱりむず痒いし、舞翔と私役割変える?」
「レンが父親やって俺が母親やるってこと?」
「そう。私は一人称『オレ』に戻すから舞翔は『わたし』にしろよ?」
レンの顔がニマニマして余計に可愛くなっている。
俺が母親というのはつまり俺が家事全般をやるということなのか、俺が母親の性別をやるということなのか。
前者ならいつもやり過ぎてレンに怒られてるぐらいだから別に構わないし、後者も一人称を変えるぐらいなら別に。
「わたしって言えばいいの?」
「忘れてた、舞翔に羞恥心なんて言葉無いんだった」
「あるよ? 夜の暴走したレンの相手するの普通に恥ずかしい」
「オレの相手が恥ずかしいって?」
「いや、だって……」
「オレが悪かったから何も思い出すな。あれは酔ってただけだから」
俺とレンが一緒に住んで少し経ったぐらいの時にレンが貰い物のチョコにアルコールが入ってるのを知らずに食べて案の定酔った。
そしてその日の夜はやばかった。
何がやばかったかと言うと……とにかくやばかった。
一つ言っておくと、今レンのお腹にいるのはその時に授かったわけではない。
そもそもあの時はそこまでいく前にレンを寝かせたからセーフだったし。
「レンって暴走するとほんとにやばいよな」
「言うな。それにオレなんか比にならないぐらいにやばいのいるだろ」
「レンは記憶が残らないタイプだから知らないんだろうけど、どんぐりだからな?」
さすがは双子の姉妹というのか、レンと水萌は酔うと手がつけられない。
高校時代にも一度二人は酔ったことがあるけど、あれは微弱なアルコールの香りだったからあの程度で済んだわけで、チョコでやばくなる二人はアルコール禁止になった。
「舞翔は飲まないよな」
「俺もやばくなるらしいからみんなに禁止されてるし、そもそも飲みたいって思わないんだよね」
飲んだことがないからわからないけど、特にお酒を飲みたいという気にならない。
お酒の匂いも駄目で、そういうのもあってわざわざ買って飲もうと思わない。
「まあいいや。それで舞翔はなんでオレのことを『レン』って呼んでるのかな?」
レンがまたも可愛い顔になった。
それだと普段の顔がそれほどでもないみたいに聞こえるけど、普段以上にってことだから。
「変なこと考えたろ」
「いつもと変わらないこと考えた。それで呼び方だけど、レンがいいならいいけど」
「素直に恥ずかしいって言えよ」
「まあいいか。じゃあ恋火さんよ、おたくの未だに姉か妹かわからない姉妹の方が心の準備できたみたいなんだけど呼んでいい?」
少し前に水萌から『なんかタイミング無さそうだからいいタイミングで呼んで』とメッセージが飛んできた。
ちなみに呼び方については恋火が二人の時は呼び捨てにするけど、誰か(水萌達)がいる時は高校時代と同じように『サキ』と『レン』で呼ぶとなっている。
素直に恥ずかしいと言えない恋火からは「その方がみんなもわかりやすいから」という言い訳を言われた。
「じゃあ呼んだからちょいまちね」
「ちょっと待つのはお前だ。は? 水萌いんの?」
「うん。だから俺はずっと『レン』って呼んでたんじゃん」
「いや知るかよ。言えし」
「言わない方がおもしろ……いと思ったから」
「言い直そうとしたけど直さなくてもそれはそれで面白そうだからってそのまま言ってんじゃねぇ。それと水萌はさっさと入れ」
恋火も本調子になってきた。
やっぱり恋火は突っ込みをしてる時が一番輝いている。
「ほら水萌、うちの恋火が入って来ていいって」
「人をペットみたいに言うな」
「恋火は俺の大切なパートナーだよ」
「続きを聞こう」
「ペットをパートナーって言う人もいるよね」
「もっかいこっち来い。そのふざけた頭どついてまともにしてやる」
うちの恋火さんはバイオレンスでいけない。
昨日までは子供に悪影響だからと口調を丁寧にするように頑張ろうとしてたのに、すぐにこうなる。
そして夜になればまた「明日こそは直す」と言い出す。
「オレもそろそろわかったんだよ。オレの口調が悪いのって確かにオレが昔からこういう口調を使ってたのもあるけど、お前が煽るからだって」
「そうやってすぐに俺のせいにするのはよろしくない。うちの子が責任逃れしかしない子に育ったらどうする」
「一番責任逃れしてるのは誰だよ」
「恋火さんがいじめる。水萌、なんとかして」
俺達二人の世界に入って置いてきぼりにされていた水萌に助けを求める。
その水萌は呆れているかと思いきや、思い詰めたような顔をしている。
そして俺に助けを求められた水萌が恋火の前にゆっくりと進んで行く。
「恋火ちゃん、ごめんなさい」
「……」
「許してなんて言えないけど、謝らせて。これが自己満足なのはわかってるけど、謝らないで疎遠になっていくのは嫌で──」
「あ、ごめん。許さないとかの無言じゃなくて、何に謝ってるのかわからなくて黙ってた」
危なかった。
あと少しで笑ってしまうところだった。
水萌の空回りを笑うとかそういうのではなく、あれだけ怒ってたくせに水萌だけに責任を感じさせて自分は全部忘れてる恋火にだ。
「サキ、説明しろ」
「さっきまでと呼び方違うから誰かわかんない」
「後でオレの世話させてやる」
「恋火が最後に水萌と会ったの覚えてる?」
「なんで世話させるって言って言うこと聞くんだよ。まあいいや、最後って言うと、忙しくなる少し前だっけ?」
恋火と水萌が最後に会ったのは恋火のお腹が大きくなり始めた時。
それからは俺の過保護(恋火が言うには)で必要最低限な運動以外はさせないようにしていたのでほとんど外には出ていない。
「そういえば水萌と最後に会った時に言い合ったっけか?」
「そうそう、なんか水萌が俺をいじって遊んでたら恋火が拗ねてガチギレしたやつ」
「拗ねてないわ。それにガチでもないし」
確かあの時は水萌が昔のノリで俺に抱きついたり俺を椅子代わりにしたりと悪ノリで遊んでいて、それを見た妊娠初期の恋火はキレやすかったのかキレた。
それだけならよくあることだけど、タイミング悪く外に出なくなったから水萌は本気で怒らせたと不安になったのだろう。
「ちなみにそれがあってからは俺も水萌達に過度に触れ合うのとか『可愛い』とか言うの禁止になりました。いじらしいことに」
「うっさいわ。どうせオレのいないとこで抱きしめたりしてんだろ?」
「甘いな。俺がそんな単純なミスをすると思うか?」
「しそうでしないんだよな。でもどうせ膝枕とか頭撫でたりはしてんだろ?」
「過度じゃないから」
「サキの中ではな。まあいいけど。それでさっきの話だけど、別にオレは水萌に今も怒ってないから。水萌にいちいちガチギレしたって無駄なの知ってるし」
効果があったからこうして水萌は自責の念で謝りに来てることは言わないでおくけど、とりあえず二人が仲直りして良かった。
「うん、じゃあ二人も仲直りしたところで始めようか」
「何をだよ」
「集合」
俺がスマホで一斉にメッセージを送ると、ぞろぞろと人が入ってくる。
ということで何年ぶりかの全員集合が叶うことになる。




