大人 水萌の場合
『急用が出来たから今日は終わり』
「舞翔くんだー」
「この変わり身の速さよな」
依と紫音の愛の巣を後にした俺は、蓮奈に倣って水萌に連絡を入れてから水萌の住むマンションにやって来た。
俺が着いた時はまだお仕事中だったみたいだけど、俺がなぜか貰った合鍵で不法侵入したら仕事をやめて駆け寄って来た。
「やめて良かったの? キリのいいとこまで待つよ?」
「だいじょぶだよ。私のモットーは『やりたい時にやりたいことをやる』だから」
「それで生活できてるんだから最高の仕事だよな。苦労もあるんだろうけど」
水萌の仕事は簡単に言うと配信者というやつだ。
特にやりたいことがなかった水萌はなんとなくで大学に行き、その間に仕事について考えようとしてたらしいが、高校二年の後半あたりから始めてた食べたスイーツの写真をあげてたらフォロワーが増えていき、気がつけば仕事になっていた。
「切り抜きの方見たよ『アンチを煽る配信者』っての」
「別に煽ってないんだけどね。私はほんとにわからないから聞いてるだけだよ。なんで『面白くない』って思ってるのにわざわざコメントをくれるのかなって。普通面白くなかったら途中で見るのやめて他の見ない?」
水萌は本気なのかわからないけど、批判的なコメントがくると落ち込んだりしないでマジレスを返している。
炎上寸前なことも結構言ってるけど、相手がアンチなのと、水萌が本気でわからないみたいに聞いてるせいなのか逆に人気になっているみたいだ。
「水萌って見てる人に媚びないタイプだよな」
「私って最初はこれを仕事にするつもりなかったから人気なんて出なくて良かったって思ってて、だから気にせずに好きなようにしてたから今更変えるのもねって感じ?」
「特定とかに見つからなくてほんとに良かったよ」
「それも含めて運が良かったんだろうね。昔みたいに依ちゃんが守ってくれることもないわけだし」
「ほんとに気をつけろよ? 」
「うん。なんか今は勝手に親衛隊が作られてるみたいで、その人達が何かやってるとかやってないとかで大丈夫っぽい?」
なんだかデジャブを感じる。
昔も今も水萌のお姫様ルートは変わらないということか。
「だけど一番の敵は味方って言うし、信じ切るなよ?」
「あ、それは大丈夫。こう言うのもあれだけど、別に頼んでないし、これを仕事にするって決めた時からそういう危険性も考慮した上で始めてるわけで、信じる信じない以前に……」
さすがにそれ以上は言い過ぎだと思ったのか『期待はしてない』までは言わずに水萌はく値を閉じた。
全てが善意からなのかわからない以上は期待も信頼も向けるべきではない。
それを理解してるなら大丈夫そうか。
「期待とか信頼って言えばさ、舞翔くんも大概だよね」
「何が……あぁ、それね」
水萌の視線の先にあるものを見て納得する。
そこには水萌が今まで貰った誕生日プレゼントが並べてあり、俺が高校二年生の時にあげたマトリョーシカもある。
そしてその中には……
「あんな渡された方したら告白だと思っちゃうじゃん」
「思いついちゃったんだから仕方ない。それにそんなこと言ったって水萌も飾ってるじゃん」
「え? 舞翔くんからのプレゼントを大切にしない理由あるの?」
なんかすごい真顔で言われた。
水萌のマトリョーシカには中に仕込みをしておいた。
それが手紙を入れるということ。
「別に大した内容じゃなかったでしょ?」
「はい、舞翔くんの悪い癖。じゃあ私が書いた手紙は大した内容じゃなかったら捨てるの?」
「なんで? 水萌からの手紙なんて大切に汚れ一つ付かないように保管するが?」
「ありがと。まあそれはそれとして、なんでそう思えるのに自分のにはそんな酷い言い方するのかな」
「自己肯定感が欠如してるからじゃないか?」
俺は大人になった今でも自分のことが好きになれない。
水萌達は俺があげた物をなんでも喜んでくれるけど、俺にはそれが本当に喜んでくれていると本心から思えたことがない。
もちろん喜んでもらうことを考えて選んでいるけど、どうしても「俺なんかの選んだ物なんて」が頭をよぎる。
「水萌はそういうの無いの?」
「あるよ。あるけど、それって必要なことでしょ?」
「それだけ本気で考えてるからってこと? じゃあ俺のもいいんじゃないの?」
「舞翔くんのは自虐が過ぎるんだよ。私達は喜んでるのに舞翔くんが信じないのって、私達のことを一切信頼してないって言ってるのと同じなんだからね?」
「耳が痛いです」
似たようなことを今まで何回言われたことか。
俺だってわかってはいるけど、性格は簡単に変わらない。
「だからみんな諦めたくれたんでしょ?」
「うん。もうね、イタズラがバレた小学生みたいにオドオドしてる舞翔くんを見て楽しむことにしたの」
「俺が悪いんだけど、君達もいい性格してるよな」
「そんな褒めなくていいよ」
水萌のドヤ顔を見ると怒る気も失せる。
別に元から怒る気もなかったけど、やっぱり俺はいい人に恵まれている。
「ほんとにありがとうね」
「いきなり何?」
「いつも思ってるからいきなりではないけど、水萌から始まった出会いだからさ」
「なんか手紙にも書いてあったよね? そういえば一緒に入ってた『何でも言うこと聞く券』は今使っていい?」
水萌に贈った手紙には『俺と出会ってくれてありがとう』と書いて『何でも言うこと聞く券』を一緒に入れておいた。
入れた俺も忘れてたけど、水萌はそれを使ってない。
「なんで今まで使わなかったの?」
「もったいない病? ずっといいタイミング探してたんだけど、見つからなくて」
「なして今?」
「このままだと使わないで終わりそうだから」
水萌も今や有名な配信者で、俺も俺の仕事があり、今は特に忙しくなっている。
だから最近は週に三回ぐらいしか水萌と会えてない。
このままだと水萌と会える時間が減るのも時間の問題だ。
だったら確かに使える時に使った方のがいいだろう。
「わかった。それで何をして欲しいの?」
「して欲しいってわけじゃないんだけど、行くんだよね?」
「そういうことね。いいよ、久しぶり会いたいだろうし」
「……ありがと」
水萌の寂ししそうな顔を見ると胸が苦しくなる。
そういえばあれから水萌は会ってないのか。
「そんなに不安がらなくても大丈夫だよ」
「でも……」
「じゃあやめる?」
「……行く。ちゃんとごめんなさいしたい」
やっぱり水萌は強い子だ。
俺が水萌に手を差し出すと、水萌は少し躊躇いながら俺の手を取った。
水萌を立ち上がらせて一緒に歩き出す。
レンの眠る場所へ。




