表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

295/300

大人 蓮奈の場合

「あ、舞翔まいと君だ、いっしゃいませー」


「いつも言ってるけど、『ら』はどうした」


 愛莉珠ありすのメイド喫茶を後にした俺は、蓮奈れなの実家兼職場にやってきた。


 最近は毎日忙しそうだったけど、今はちょうど暇な時間なようだ。


「最近来てくれなかったけど、忙しかった?」


「言い回しで大人のお店感出すのやめれ」


「はて?」


 蓮奈のわざとらしすぎる首の倒し方に被害者一名。


「すごい音したけど大丈夫?」


「肉体的には大丈夫。精神的にはちょっと大丈夫じゃない……」


「つまり大丈夫そうだよ」


「いつものことながら鼻血出してるけど、ほんとに大丈夫なの?」


 変わらない光景がそこにはある。


 蓮奈からの不意打ちにやられたのは蓮奈と同棲中の真中まなか先輩だ。


 同棲と言ってはいるけど、友達兼恋人みたいな感じで蓮奈と一緒に働いている。


「先輩っていつか出血多量で倒れそうですよね」


「安心していいよ。どれだけ血を流してもいいように鉄分めっちゃ摂ってるから」


「血を流さないんじゃなくて流しても平気なように血を作るってのがさすがですわ」


「いや、転ばないように気をつければいいじゃん」


 蓮奈の心底不思議そうな顔に俺と先輩は顔を合わせる。


 多分先輩も俺と同じことを考えているんだろう。


「せーので言います?」


「いこうか。合ったからって何かあるわけでもないけど」


「じゃあやめます」


「そうしようか。蓮奈さんが嫉妬しちゃうし」


「どういう意味で」


「大好きな私の考えを後輩がわかっちゃって」


「「そういうとこなんだよね」」


 俺と蓮奈は無言でハイタッチをする。


 別に打ち合わせとかをしたわけではないけど、蓮奈としてもそろそろ先輩の奇行をやめさせたがってる気はした。


 まあ、鼻血のほんとの理由を蓮奈がわかってるかは知らないけど。


「ジェラる……」


「嫉妬の感情ごちそうさまですっと。それで今日は過疎ってるの? それともタイミング良かった感じ?」


「舞翔君が来る少し前までは忙しかったよ。今は……うん、()()だからかな」


 蓮奈がスマホを覗いて何かを確認している。


 そういえばそんな時間だったか。


「ダークマター製造機と呼ばれてた蓮奈がパン屋さんやってるんだから世の中わからないものだよな」


「誰も呼んでなかったよね? 舞翔君にいたっては私の練習に付き合ってはくれたけど全部美味しいって言ってたし」


「実際美味しかったし。先輩はそう思わなかったみたいだけど」


 蓮奈が家業を継ぐとなった時にみんな気になったのが『蓮奈は人が食べれるものを作れるのか』ということ。


 実際俺達は蓮奈の手料理を食べたことはなく、紫音しおんの言葉だけでしか知らなかった。


 だから蓮奈の料理の練習ということで俺が食べさせてもらったけど、普通に美味しく食べられてちょっとガッカリした。


「後輩君の舌がおかしいんだよ。私だって蓮奈さんの御手で作られた逸品だからたかぶる気持ちを抑えながら味わおうとしたけど、塩と砂糖を間違えたとかいうレベルじゃなかったよ?」


「先輩の蓮奈への気持ちがその程度ってことですよ」


「言うじゃんか。言い返せないけど」


実怜みれいちゃんは、私のこと嫌い……」


「そうは言ってないでしょ!」


 真中先輩が焦った様子で蓮奈に駆け寄る。


 そして優しく手を握り……


「私は蓮奈さんをこの世で唯一、そして一番愛してるから」


「証拠は?」


「ご所望は?」


「言わせるの?」


「あ、好き」


 先輩が更に蓮奈に近づいたところで後ろを向いて耳を塞いだ。


 あの二人も始まると長いし結構場所を考えないタイプだから困る。


 とりあえずお客が来ないように外だけは確認しておく。


「次もこんなことしなきゃなのかな」


「次ってしおくんのとこ行くの?」


「うん。もう終わったの?」


 後ろから肩を指でつつかれたので耳から手を離して後ろを向くと、嬉しそうに倒れる先輩を置いて蓮奈が立っていた。


「なんか実怜ちゃんがいきなり倒れちゃったから。それでしおくんのことだけど、しおくん最近忙しくてよりちゃんと会えてないんだって」


「つまり?」


「ちょっと不機嫌」


 これはとてもいい助言をいただいた。


 紫音が最近忙しいのは知っていたけど、依のことを愛してやまない紫音が依と会えてない。


 それは禁断症状が出たり、常に不機嫌になっているだろう。


 そして紫音の不機嫌は俺でも怖い。


「行くのやめようかな」


「私達には会いに来たのにしおくんだけ会いに行かなかったのバレたらそれはそれで『むぅ』ってなると思うよ」


「そういう表現は一人の死者にトドメをさすことになるからやめなさい」


 大人になっても蓮奈は蓮奈だ。


 つまり、今の蓮奈を見てこうして倒れる真中先輩は、高校時代から今まで何度倒れてきたのか。


 ちなみに俺は二人と会う度に倒れてる先輩を見ている。


「紫音には会いに行くけど、会えなかったら俺のせいではないよね?」


「それを決めるのはしおくんだよ」


「詰んでね? 連絡しとけば良かった」


 今日、みんなに会いに行くのはとある事情から突然思いついたことで、誰にも連絡しないでやって来ている。


 だから愛莉珠と蓮奈に時間がある状態で会えたのは偶然で、紫音や依、水萌みなもにも会いに行く予定だけど、時間が合うかはわからない。


「わいろ持ってったらなんとかなる?」


「もの次第じゃない? 舞翔君の気持ちがこもってれば怒れる人いないし」


「紫音がそんなチョロいか?」


「ちっちっちー、しおくんはわかんないけど、しおくんが大好きな依ちゃんはチョロいのです」


「ごめん、その通りなんだけど先輩がそれどころじゃない」


 蓮奈の出血大サービスのおかげで先輩から鉄分がダダ漏れている。


 これではお店の床が真っ赤に染まる。


「こ、後輩よ……」


「喋らないでください。蓮奈にはあなたが必要なんですから」


「う、嬉しいことを言ってくれる。だけど、素直な気持ちを言うとこのまま逝くのは本望なんだよ」


「でしょうね。先輩はそれでいいでしょうよ。だけど先輩は自己満足で逝けるかもしれないですけど、残された蓮奈は一人でどうなるんですか?」


「……痛いところをついてくるじゃないか。それとさりげなく膝枕して頭を上げるのは私の残り少ない女の子の部分が興奮しちゃって余計に血の巡りが良くなってまうよ……」


 鼻血の時は頭を上げるのがいいと言うからとりあえず膝枕をしてみたけど、そういうことなら下ろした方のがいいだろうか。


「もうちょいお願い。蓮奈さんのふわふわした膝と違って後輩のは男の子らしくて別腹感あるし」


「意味わからないんですけど? 先輩がいいならいいんですけど、本当にいいんですね?」


「何をそんなに気にしてるんだい? もしかしてやっと先輩を女の子として見て……」


 先輩が何かに気づいて体を起こす。


 床に手をつかないで起き上がれたのを普通に感心してしまった。


「やばい、寒い」


「血の流しすぎですね」


「いつから気づいてた?」


「それはもちろん茶番の初めから」


「言えやぁ……」


 先輩がさりげなく俺の背中に隠れる。


 何から隠れてるのか、それは……


「実怜ちゃん、どうして隠れるのかな? もしかして何か悪いことした自覚があるの?」


「ありません! 私はただ蓮奈さんの嫉妬する姿が見たくて後輩の背中に隠れてるだけです。断じて怒った蓮奈さんが怖くて隠れてるわけではありません」


「ふーん、じゃあさっきので私が怒ったって思ってるんだ」


「怒ってないでしょうか?」


「違くて、怒ったって思ってはいるなら怒らせた自覚はあるのかなーって」


「ありま──」


「ちなみにぃ、嘘をつく悪い子とは今日をもっておしゃべりしません」


「ありました、すいません! そしてご褒美をありがとうございます!」


 欲望に忠実な先輩が俺の肩に手を置いて蓮奈に謝罪と感謝を伝える。


 素直なのはいいことだけど、もう少し俺を男だと認識してもいいと思う。


「実怜ちゃん、舞翔君に胸を押し付けるのやめなさい」


「ん? あぁ、いや、後輩って女慣れしてるから気にしないかなって思って」


「実怜ちゃんの方が気にしなさいよ」


「だって蓮奈さんに興味を示さないのに私の貧相な胸にいちいち反応なんてしないでしょ?」


「舞翔君は貧相な方が好きなの」


「おっと、それは失敬。危うく蓮奈さんにだけ捧げる貞操が危険に晒されるところだった」


「好き勝手言ってないで離れてくれません?」


 先輩はいつまで経っても俺を子供扱いするが、俺も成人を迎えているし、そろそろこういうスキンシップに危機感を覚えて欲しい。


 こんなことをされたら……


「あ、実怜ちゃん、お耳貸して」


「また可愛いをくれて。なになに?」


「あんまり浮気してると、私、どうなるかわからないからね?」


「……後輩、後は頼んだ」


 耳を借りた意味はあったのか。


 普通に俺にも聞こえたけど、とりあえず言えるのは、先輩の血の巡りが良くなりすぎて鼻を抑えながら裏に消えたこと。


「舞翔君もだからね?」


「あ、わざと聞こえるように言ったのね」


「うん。今が大変なのはわかってるけど、知り合いだからって簡単に女の子を膝に寝かせたり抱きつかせたりしたら駄目なの」


「言い訳すると、どっちも悪いの先輩だからね?」


「確かに実怜ちゃんも悪いけど、それは私が後でちょうきょ……お説教するからいいの。舞翔君も気をつけてって話」


「は、はい……」


 なんだか聞いてはいけない単語が聞こえた気がするけど、聞いたら駄目な気がするから聞き返すのはやめておく。


 とりあえず、蓮奈の元気な顔も見れたし次の紫音と依の愛の巣へ向かうことにした。


 わいろを何個か用意して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ