約束された未来
「なんかこうしてるの久しぶりに感じるね」
「うん、めっちゃ落ち着く、切実に」
依と紫音の番が終わり、次は水萌が俺の部屋に入って来た。
そして何も言わずに水萌の定位置であった俺の足の中に座って俺に体重を掛けてくる。
最近だと水萌は愛莉珠と一緒のことが多くて、たとえ俺と一緒になったとしてもレンもいるからこうして水萌とゆっくりするのは久しぶりだ。
「水萌の前の四人でガッツリ体力削られたから水萌で回復するわ」
「しーくん以外みんな泣いてたよ?」
「それはノーコメント。絶対に俺は悪くないし」
「知ってるー。ちなみに舞翔くんは誰からのプレゼントが一番嬉しかった?」
「俺の癒しよ、それ以上続けるなら俺はふて寝するぞ」
「じゃあ私は添い寝するね」
「ああ言えばこう言うなんだから。誰に似たんだよ」
レンもよくやるからやっぱり遺伝なのだろうか。
悠仁さんとかああ言えばこう言うのイメージがあるし、きっとそうなのだろう。
なんか水萌が笑顔を向けてきてるけど、俺に何か言いたいのだろうか。
「まあいいよ、あんまり舞翔くんの困ること言って嫌われても嫌だし」
「嫌いにはならないよ。ちょっと話すのが嫌になるだけで」
「舞翔くんのそういう正直に言ってくれるとこ好きー」
水萌が嬉しそうに俺の方へ体重を掛ける。
実際は水萌のことを嫌になることもないけど、手が出る可能性がある。
まあ誰のキスが一番嬉しかったかなんて聞く悪い子には安い罰だと思うけど。
「それで?」
「ん?」
「何か言いたいことがあるから今日は久しぶりに特等席に来たんだろ?」
「……」
今の無言で確定したが、どうやら水萌は何かしら俺に言いたいことがあるらしい。
最初はレンがいなくて気を使う必要がないから久しぶりに俺の足の中に来たのだと思ったけど、この個人面談を利用したいのは蓮奈だけではなかったようだ。
「ほんとに舞翔くんだよね」
「悪口?」
「ある意味では? 私のことを理解してるってことだから嬉しいけど、話し出すタイミングを探してたのに先に言われちゃったらなんかね」
「謝った方がいい?」
「ううん。舞翔くんが言ってくれなかったら多分ずっと言えなかったかもだから」
人間、一度タイミングを探し出すと大抵見つけることが出来ないもので、タイミングは探すよりも迎えに行くのが一番いい。
タイミングを探して見つからなかったら後で後悔するのは確実で、溜め込むぐらいならさっさと話した方のがいいはずだ。
「タイミングを探すってことは話さなきゃとは思ってるわけだもんな」
「うん。ちなみに重い話ではないから安心してね」
「一番の不安要素を最初に消してくれてありがとう」
いつも基本的に何でも話す水萌が話すのを躊躇うようなことだから少し不安だったけど、その水萌が言うのだから大丈夫なのだろう。
大丈夫、だよね?
「えっとね、蓮奈お姉ちゃんとお話して思ったの。今はみんな同じ学校に通ってるから一緒にいられるけど、これからどうなるかってわからないよね」
「やっぱりそれを不安に思うんだな」
蓮奈の名前が出てきてなんとなく察したけど、実際水萌の言う通りだ。
俺達はたまたま同じ学校に通って、たまたま家がそんなに離れてないからほとんど毎日会えている。
だけどそれは学生でみんな時間が合うのと、家が離れてないからであって、これが社会人になったらみんな同じ仕事に就くことは出来ないから今のように集まることは出来ない。
「愛莉珠にも似たようなこと言われたよ」
「だよね。私達ってさ、なんていうのかな、あれだから」
「あれな。言いたいことはわかるけど俺も言葉で表せない」
俺達は全員人見知りだけど、俺は特にそう思われない。
それはなぜか、人見知りは人と話すのが苦手でほとんど会話が出来ない人に使う言葉だから。
だから俺のように初対面の時の蓮奈や愛莉珠と話せたのを見ると人見知りに見られない。
だけど実際、人見知りは相手にどこまで言っていいのかがわからなくて、言っていい言葉を探してると無言になるから会話が終わってしまう。
そういうのを気にしなくていい相手に関しては普通に喋るし、人見知りは話したいことが無いわけじゃなくて言い回しがわからないだけだから気にしなければむしろよく喋る。
だから俺達、特に俺は人見知りに思われないけど、会話に気を使い出したら会話は終わる。
「仲が良くなるとよく喋るタイプって感じか」
「そんな感じ。結局何が言いたいのかって言うと、みんながいないの怖い……」
水萌が背中を丸めて俺の手をぎゅっと握る。
「それは俺も思うよ。でもそれが大人になるってことなんだよな」
何をそれっぽいことを言ってるのか。
俺だって考えないようにしてるだけで不安しかないのに。
「私ね、ずっと舞翔くんだけがいればそれで良かったの」
「聞いた気がする」
「うん。だけどね、舞翔くんがいると嬉しいのは変わらないんだけど、それだけじゃ満足できなくなったの」
「感動で泣きそうになったのいつぶりだ? もしかしたら人生初?」
ものすごく水萌に失礼なことを言ってるのは自覚している。
しているが、実は俺以上に人間関係でサバサバしている水萌が人の温もりを欲していると言う。
そんなの、少しの間だけ兄をやっていた俺からしたら嬉しくてたまらない。
「泣くのは我慢して、水萌にいいこと教えてあげるよ」
「いいこと? 恋火ちゃんを見捨てて私だけの傍に居てくれるの?」
「そういうのやめなさい。そうじゃなくて、多分俺達は一回疎遠にはなると思うんだよ」
「いいことじゃない……」
水萌の体が更に丸くなった。
「最後まで聞いてね。疎遠って言っても仲が悪くなるわけじゃないんだよ。ただ時間が合わなくて会う機会が減っていって、いつの間にか連絡も取らなくなっていく感じ」
「やっぱり悪いことじゃん……」
水萌が拗ねたように俺の手を叩いてくる。
だから最後まで聞きなさいっての、くすぐったい。
「それで結論だけど、それって母さん達と同じなんだよ」
「陽香さんと?」
「うん」
母さんと水萌とレンの両親である悠仁さんと唯さん、そして依の父親である吾郎さんに店長という皮を被った咲良さん。
みんな昔は仲が良くて俺達のようにずっと一緒に居たようだけど、大人になると共に会わなくなっていったと母さんから聞いた。
だけど今は無理に少しでも時間を合わせて飲みに行ったりしてるらしい。
「結局さ、たとえ会わない期間があったとしても大切な友達ってことに変わりないんだよ。だから大丈夫だよ、多分」
「そこで言い切らないのが舞翔くんだよね」
「責任負いたくないし。まあ少なくとも俺は水萌と未来永劫友達でいると約束するけど」
「じゃあ破ったら恋火ちゃんと別れて私と結婚ね」
「またすごいことを言うな」
友達でいるという約束を破ったら結婚ということは、仲が悪くなっても結婚するということ。
それは水萌としてもいいのだろうか。
それとも水萌からしたら俺と仲が悪くなるという発想すらないのか。
どっちにしろ起こりえないことだから考えるだけ無駄だけど。
「うん、やっぱり舞翔くんに話して良かった」
「そう? それなら良か──」
俺が言い切る前に水萌が俺の方に振り返り、おでこを当ててきた。
「どういう状況?」
「おねつはかりちゅー」
「どういう──」
またも俺が言い切る前に、今度は鼻をくっつけてきた。
「おい」
「ドキドキしちゃう?」
「するだろ」
「やっぱりそういう正直なところ大好き」
そう言って水萌は目を閉じた。
そして……
「……期待した?」
「……ほっとした」
「私と同じぐらいドキドキしてるくせにー」
水萌がほっぺたを赤くしながら離れる。
結局おでこと鼻だけで終わった。
「さすがにその先は恋火ちゃんに怒られちゃうからまだしないよ」
「まだってなんだよ」
「大人になれば抵抗しきれなかった舞翔くんも悪いことになって両成敗でしょ?」
「二人で落ちてくってか? マジでやめろ」
「大人になるのが楽しみになってきた」
水萌の顔が悪くなっている。
ほんとにこの子は……
「じゃね。恋火ちゃんが終わったらみんなでちゃんとお祝いするから楽しみにしててね」
「ちょっとレンに色々と八つ当たりするわ」
「あはは、恋火ちゃんかわいそー」
水萌は笑いながらそう言って部屋を出て行った。
今ので水萌の悩みが解決されたのならいいけど、水萌は本当に悩んでることを誰かに相談することはしなそうだから不安は残る。
まあ、そういう時の為に信頼できる友達がいるのだから大丈夫だろう。
……フラグなんて立ってない。
自分で不安要素を増やしてしまったけど、とりあえず最後のレンに八つ当たりを開始する。




