姉の皮
「舞翔君の女泣かせー」
「割と傷つくからそれやめて」
愛莉珠が泣いていたかはわからないけど、もしも泣いていたとしても絶対に俺のせいではない。
ただ愛莉珠が可愛かっただけであって、自爆の責任を俺に言われても困る。
とりあえずニマついて蓮奈にデコピンをしておく。
「ありすちゃんを泣かせるだけじゃ飽き足らずに私までも泣かせる気?」
「どうやら俺はドSらしくて、涙に濡れて水も滴るいい女の蓮奈が見たいんだよ」
「つまり舞翔君は濡れた女が見たいと」
「言い方に悪意と語弊しか感じないのは俺だけ?」
蓮奈は頷いているけど、絶対に濡れ衣であって俺のせいではない。
そもそも俺は別に悲しんで泣いてる蓮奈なんて見たくないし。
「濡れ衣を着せられた舞翔君……。舞翔君の方が水も滴るいい男になっちゃったじゃん」
「やかましい。それよりもなんで個人面談することになったの?」
俺も思ったけどそんなことはどうでもいい。
みんなの前では話せないことがあるのはわかるけど、それをこのタイミングに持ってくる必要が何かあるのか。
まあ、多分そこら辺の提案者はレンあたりだろうから蓮奈に聞いても仕方ないかもだけど。
「想像通りで恋火ちゃんが提案者だよ。理由としては、私に気を使ってじゃないかな?」
「レンが蓮奈に?」
それは少しどころか、結構意外だ。
レンが蓮奈を嫌ってるとかそういう意味ではなく、自意識過剰に聞こえるだろうけどレンは俺のことを誰かに譲るようなことはしない。
だからこの個人面談がなんで行われることになったのかが気になったわけで、まさか本当にレンが自分以外の蓮奈の為にと言いうのは純粋に驚いた。
「ちなみに『気を使った』ってのは蓮奈がどこかにいなくなるからとかではないな?」
「実は……」
「茶化すなら俺は塞ぎ込むからな?」
「あ、ごめんなさい。舞翔君の想像通りだと思うよ。私はみんなよりもお姉さんなわけで、一年早く高校を卒業するから舞翔君との時間が減るのを気にしてくれたんじゃないかな」
そういうことなら納得できる。
蓮奈は俺達の中で唯一の三年生なわけで、来年には大学に行くか就職をしている。
だからって関わりが無くなるわけではないけど、今まで通り少なくても週五で会うなんてことは無くなるかもしれない。
「だから悩みを相談するっていう大義名分で個人面談することになったと」
「恋火ちゃんって遠回しに優しいからね」
「ひねくれてるからな。そのいじらしさも可愛いが」
「似た者カップルだもんね」
「それだと俺もひねくれてるみたいに聞こえるが?」
「え?」
自覚はあるからただの自虐で言ったんだけど、蓮奈の真顔の「え?」はちょっと心にくるものがある。
「俺がほんとに泣く前にやることやろう」
「私は舞翔君が泣いたところ見たいけど」
「蓮奈に嫌われたら軽く泣く」
「じゃあ無理だ。まあ、私の悩みってのはガチなやつだからいいよ」
「進学か就職かまだ決めてないとか?」
「さすがエスパー」
蓮奈のことを知ってればなんとなくわかる。
面接練習とかが始まる頃らしいから一応のは決めてるんだろうけど、やっぱり蓮奈の人見知りが最後の決定を邪魔するようだ。
「無難にいくなら就職なんだよね」
「だろうな。進学したら大学と就職した場所で二回人付き合いが始まるけど、高校卒業して就職すれば一回で済むから」
「うん。大学は友達作りに行く場所じゃないから一人でいてもいいんだろうけど、それでも人とは関わらなきゃいけないんだもん」
「だからって就活も嫌なんだろ?」
「もちろん。面接は私がこの世で二番目に嫌いなことだから」
「一番は人付き合いと」
「さすがエスパー」
それはさっきも聞いたが、蓮奈の心を読まなくたってそれぐらいはわかる。
なぜなら俺だって同じだから。
出来るなら知らない人となんて関わりたくないし、一人で仕事をしていたい。
たまに「社会に出たら知らない人と関わるのは当たり前」とか「一人で出来る仕事なんて無い」みたいな当たり前なことを偉そうに言う人もいるけど、そんなのはわかってる。
わかってるから憂鬱になるわけで、むしろ気にしないで我が物顔で元々あった輪の中にズカズカと入って行く方がどうかと思う。
「俺達は波風立てずに静かにいたいだけなんだよな」
「うん。やることはやるからそっとしておいてください」
「そりゃ、話しかけられたら返事はするけど、愛想が悪いのは仕方ないじゃん」
「ほんとそれ。しかも最近だと仕事してる人よりも仕事しないで話が上手い人の方が好かれるんでしょ? 結局学校と一緒なんだよね……」
どれだけちゃんと仕事をしたところで見てもらえなければ何もしてないのと同じ。
だから声が出る奴が「やりました」と言えばそいつの手柄になって、人見知りの俺達はそれを黙って見てるしかない。
学校なんかはそれが如実に出ていて、蓮奈なんかがいい例だ。
結局社会も多数決。
そして多数決というのはまず票を入れる名前が無いと始まらないから人見知りは投票される権利が無い。
「まあそれで声がでかいだけの無能が仕事任されて何も出来なくて絶望してる姿を見るのが一番楽しいんだけどな」
「まったく、舞翔君はドSなんだから」
「じゃあ蓮奈は尻拭いを押し付けられた時も黙ってやるタイプ?」
「状況によるかな。例えばそれが上司に何かを提出するタイプだったら私が全部やって、私が渡しに行く」
「やらされた感を出すのね。でもそれって適材適所とか言われたら終わりだよな」
「最強の言葉だ。『適材適所』って要は『他力本願』じゃん。『人任せ』って言ってもいいけど」
蓮奈がすごい不機嫌そうに言う。
言いたいことはわかるけど、結局そうやって『人を頼れる人間』が社会で上手くやれるタイプということだ。
「人間は本当の真実よりも最初の思い込みを真実にするから」
「真面目に仕事するよりもコミュ力磨けってことね」
「いじめはいじめられるのが悪いって言うのが学校の教えで、騙すのも騙されるのが悪いってのが社会の教えだから仕方ないのかもね」
全ての大人がそういう考えでないのはわかってるけど、俺達みたいな人間からしたら大多数はそういう大人しかいないと思っている。
つまりは全て第一印象で決まるわけで、だから面接なんてやりたくないんだ。
「もうこの話はやめよ。この後が楽しくならない」
「蓮奈がいいなら。蓮奈の本格的な将来の話は親とした方がいいだろうし」
「うん。多分お父さんとお母さんは私が進学も就職も無理なのわかってるから無理やり売り子させてくれそうだけど」
蓮奈の両親は水萌御用達のパン屋さんだから本来は進学とか就職とかを気にする必要はない。
だけど紫音が言うには、蓮奈は料理がダークマターになるのと、人見知りがあるから無理に働かせる気はないとのこと。
だから蓮奈のやりたいことを選ばせて、最終的に何も決まらなかったらニートにならない程度に働かせる感じではあるようだ。
俺も詳しくは知らないけど、こういうのは俺なんかではなくやっぱり両親と話した方がいい。
「恋火ちゃんにはちゃんと話す機会くれたのにごめんだけど、これからもそれなりに今まで通りになるかな?」
「そうなれば俺は嬉しい」
「良かった。じゃあ私のプレゼントを渡して次のしおくんと依ちゃんにバトンタッチしよ」
そういえばこれは俺の誕生日プレゼントを渡すついでの個人面談だった。
愛莉珠からは頬にキスだったけど、蓮奈は何をくれるのか。
蓮奈の近くには何も無いのが少し怖いけど、それは気づかないフリをしておく。
「ほっぺにキスとか期待してる?」
「してない。なんか今の蓮奈はしなそうだし」
「確かに。今の私ってお姉さんモードだもんね。つまりこうなるのですよ」
蓮奈はそう言うと俺の前髪をかきあげておでこにキスをする。
「お姉さんっぽいでしょ」
「余裕あるところが余計に」
「あれぇ、舞翔君と目が合わないぞぉ」
「うるさい黙れ。用が済んだならチェンジ」
「お姉さん、舞翔君が将来そういうお店に行かないか不安だよ」
「レンだけで満足なのに他にも美少女がこんなにいるんだから他に興味なんて湧かないだろ」
「舞翔君はね。じゃあお姉さんはお姉さんでいられるうちに交代するね。ちょっと暑いし」
余裕ぶってた蓮奈の頬がほんのり赤くなっている。
そろそろ化けの皮……姉の皮が剥がれてきたようだ。
剥がれた蓮奈も見たかったけど、蓮奈はそそくさと部屋の扉の前に行き、俺に「後でね」と手を振って出て行った。
俺は後何回この微妙な空気を味合わなければいけないのか。
そんなのを考える時間もなく次のペアが部屋に入って来る。




