プレゼントは私
「先輩先輩」
「なんだいありす」
「『プレゼントはあ・り・す』ってやったら怒る?」
「うん、レンが」
俺の生誕祭の準備でみんなが一旦散り散りになった。
だけど愛莉珠だけは部屋に残って俺の話し相手になってくれているようだ。
内容は意味がわからないけど。
「念の為に服の下で赤いリボン巻いてるんだけど、やっぱり恋火さんの前だとやらない方がいっか」
「その言い方だとレンがいないところでやるみたいに聞こえるんだが?」
「先輩のえっちー」
愛莉珠がニマニマと嬉しそうに俺を見ながら肩をチラッと見せてくる。
そこには確かに赤いリボンらしきものか見えている。
ちょっと愛莉珠が心配になる。
「あれ? なんか思ってた反応と違う?」
「どんな反応求めてたの?」
「リボンをチラ見しただけで欲望を抑えられなくなった先輩に襲われるような──」
「真面目な方」
「呆れられるかありすの狙いを言い当てるかなって」
呆れられる自覚があるのなら最初からやらないで欲しいものだけど。
ちなみに愛莉珠の狙いは、ちゃんと下に下着または肌着を着ているけど、それを知らずに恥じらう主人公を見るみたいなことをしたかったんだど思う。
「なんかさ、ありすって何もしなくても男が寄って来るのにそういう悪いこと覚えたら怖くない?」
「ありすの可愛さが爆増するから?」
「余計に変なのが寄って来そうじゃん」
さすがに愛莉珠もそこまで馬鹿ではないだろうから誰彼構わず俺にするようなことをするなんて思ってない。
だけど俺は愛莉珠の全てを知ってるわけでもないし、何かの間違いで凶行に走る可能性だってある。
その時にできるレパートリーは少ない越したことはない。
「先輩がありすを大切にしてくれれば安心なんだけどなー」
「ありすを大切にしてくれる相手はもういるだろ」
「誰?」
「心彩と詩彩」
愛莉珠の顔が『無』になった。
「呆れるとか嫌そうな顔するとかじゃなくて真顔」
「いやだって、先輩が意味のわからないこと言うから」
「わからないことないだろ。あの二人がありすのことを本心で好きなのは知ってるでしょ?」
女子の友好関係は上辺だけなんてのはよく聞くが、全ての女子がそうなわけでもないと思いたい。
実際愛莉珠やレン達だってみんな仲は……
「いいよね?」
「恋愛が絡んでるグループの女子を舐めない方がいいよ。男子の思ってる十倍はドロドロしてるから」
「うわ、怖。で、実際は?」
「アットホームな関係です」
何とも信用できない返答をありがとう。
まあ女子というのは本当に仲が悪い時は仲が良いように振る舞うから不安感を煽ってるうちは多分大丈夫だろう。
……
「大丈夫だよね?」
「いや、ごめんて。少なくともありすはみんなのこと大好きだよ」
「それなら良かった。レン達もありすのこと大好きだから」
「先輩も?」
「当たり前でしょ」
「口説かれたー」
もう慣れたので何も言わない。
愛莉珠もそれがわかっているからそれ以上何か言うこともない。
「それでみんなはいつ頃戻って来るの?」
「ありすに飽きた?」
「飽きてないよ。普通に事前準備してたわりに遅いなって思っただけ」
多分準備は夏休みが始まってからしていたんだと思う。
それに蓮奈は俺達がお墓参りに行ってる間もこの部屋に居て準備はできたはずだからすぐに帰って来るものだと思っていた。
「それはですね、今はありすが先輩を独り占めする時間だからなのですよ」
「な、なんだってー」
「もうちょっと心込めない? ありすが泣いてもいいの?」
それは良くないので泣いたフリをしてる愛莉珠の頭を撫でる。
「つまり、これから俺は個人面談をしてくってこと?」
「簡単に言うとそうかな」
「難しく言うと?」
「依さんと紫音さんは二人で来るから個人じゃなくて、先輩はみんなの悩みを聞いてもらいます」
「悩み?」
俺の誕生日なのに俺が悩みを聞く方なのかという疑問はどこかに投げ捨てるとして、愛莉珠達に悩みがあったのは初耳だ。
他のみんなに話してるのかは知らないけど、こうして俺が一人の時に話してくるのなら大事な悩みなのかもしれない。
「ありすの可愛さがとどまるところを知らないのが悩みなの」
「茶化すなら俺は答えないぞ?」
「って言うのは冗談で、多分みんなそうだと思うけど、将来のことなんだ」
「結構マジな悩みなのね」
俺達はもう高校生で、蓮奈なんかは三年生だから本格的に将来について考えないといけない時期になっている。
これはちょっと難しいお悩み相談になりそうだ。
「ありす達って大人になっても仲良しでいられると思う?」
「悩みってそっち?」
「え、他に何があるの?」
愛莉珠が不思議そうに首を傾げる。
「いや、なんでもない。でもそうか、確かに俺達が今どれだけ大人になってもずっと一緒って言ってても実際どうなってるかなんてわからないんだよな」
もちろん俺は大人になっても愛莉珠達と仲良くしていたい。
だけど学生時代の友達が大人になってもそのまま仲良しとは限らない。
仕事によっては休みは違うだろうし、仕事が終わる時間も違うだろう。
そうなると今みたいにとりあえず俺の部屋集合みたいなことも出来なくなる。
「真面目な話さ、先輩と恋火さんがこのまま恋人でいられるかもわからないわけじゃん?」
「可能性で言ったらな。結局俺がどれだけレンを好きでいたとしても、レンが俺のことを捨てる可能性はあるわけだし」
俺は絶対にレンを嫌いになることはないけど、レンからしたら俺と同じことが言えるし、別に嫌いにならなくても関係が終わることだってある。
恋人でそんな不安が生まれるのなら、友達関係だと余計に不安になる。
「ありすね、先輩だけがいればそれだけで良かったの」
「それは光栄なことで」
「思ってない癖にー」
愛莉珠が俺の肩を拳でグリグリとしてくる。
思ってるに決まってる。
出会った時の愛莉珠は全ての人間に恐怖心を持っていた感じがした。
そんな愛莉珠が俺に気を許してくれたのは本当に嬉しい。
「それで、今は?」
「今はね、先輩だけじゃ物足りないの。多分お母さん譲りの浮気者なんだろうね」
「また怒られるぞ」
愛莉珠と愛莉珠の両親に会いに行った時に愛莉珠はお母さんである京さんの浮気をお父さんにバラした。
その時は何もなかったけど、後日愛莉珠が京さんに会いに行った時に結構真面目に怒られたらしい。
ちなみに京さんの浮気とは動物カフェに行くことで、本当に浮気をしてるわけではない。
「お、お母さんのことはいいんだよ。それよりも、ありすは先輩一筋からみんなが大好きな浮気者に変わっちゃったの」
「そっか、それは良かったよ」
もしもあのまま愛莉珠が人に恐怖していたらどうなっていたか。
それも結局起こってないことだからわからないけど、多分いい方向に行ったと思う。
それを俺のおかげとは言わないけど、あの頃の愛莉珠に出会えて本当に良かった。
「先輩のおかげだよ」
「ありすがいい子だったからそうなっただけだろ」
「先輩は頑固だから絶対に認めないんだろうね。だからありすが勝手に先輩のおかげにするからいいよ」
「さいで。それで悩みは解決したの?」
「全然。結局解決しないってことで解決しそうだからもういいよ。なので先輩待望のプレゼントタイムだー」
愛莉珠がそう言って手をパチパチと叩く。
なんだか愛莉珠には悪いけど、多分愛莉珠の言う通りいくら話しても解決はしないと思うから仕方ない。
愛莉珠が無理やり納得してくれたのだから甘えることにする。
「じゃあ洋服脱ぐね」
「だからそれはやめろっての」
「でもありすそれしかプレゼント用意してないよ?」
「俺はありすと一緒に居られるだけで嬉しいからいいよ」
「えー、それだとありすが納得できないよ」
「じゃあなんでもいいからちょうだいよ。俺はシャー芯だろうと喜んでみせるから」
「それはどうなの? まあいいや、何でもいいんだね?」
「ばっちこい」
「じゃあ失礼して」
愛莉珠はそう言って体を俺の方に向ける。
そして一つ息を吐いてから俺の頬に顔を近づけ……
「……」
「……」
「……か、感想は?」
「……うん、ありがとう?」
「ど、どうもです」
なんか変な空気になった。
愛莉珠からの誕生日プレゼントは『頬にキス』ということでいいんだろうか。
なんか暑くなってきた。
「せ、先輩照れてるー」
「耳まで赤い後輩に言われたくない」
「だ、だって、誕生日プレゼントって相手の喜ぶものをあげるわけで、本当にプレゼントは私ってやつをやるのは自分が相手にとって喜ばれるものだって自覚してやるわけじゃん。つまりほっぺにキスもそれが喜ばれるって思ってやってるわけで、ありす自意識過剰すぎるんだもん!」
愛莉珠がものすごい早口で説明してくれた。
確かに愛莉珠の言う通りだけど、別に自意識過剰ではないと思う。
「俺は嬉しかったからプレゼントとしては破格だよ」
「うぅ……、先輩がいじめる」
愛莉珠が両手で顔を隠してしまった。
「理不尽がすぎるな」
「うるさい後輩をいじめて楽しむドS王子!」
「誰が王子だ」
「ドSは否定しないんだな。ありすが世界で唯一嫌いにならないいじめっ子なんて知らないんだ!」
愛莉珠が「べー」っと舌を出しながら逃げるように部屋から出て行った。
「逃げ方が可愛い後輩だこと」
頬に残る感触にため息をつきながら次に入って来た相談者に意識を向ける。




