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言いたいことを言ってしまう

舞翔まいと、今年は大翔やまとさんと話さなくていいの?」


「うん。十分元気だって伝わったでしょ」


 みんな一通り手を合わせ終わったタイミングで母さんが聞いてきた。


 去年までは父さんに恨まれていると思っていたから謝罪の意味を込めて一人残っていたが、それは俺の勘違いだと言われたので信じることにした。


 だからさっきのやり取りで元気な姿を見せられたからきっと父さんも満足だろう。


「いつの間にか人が集まるのは遺伝なのかね」


「なんですか、人をコンビニの明かりみたいに言って」


「お前は私達を光にたかる虫だって言いたいのか?」


「店長は父さんっていう光に引き寄せられる闇ですかね」


 店長に無言で頭を叩かれた。


「そうやってすぐに暴力を振るうのは昭和的ですよ」


「最近のガキは何かあればパワハラだなんだって言ってるけど、こっちだって仕事でやってんだからやることやれよ」


「今は仕事中じゃないですけど?」


「躾のなってない子供を躾けるのが大人の仕事だ」


 昭和的な発想がまた始まった。


 店長の言いたいことはわかる。


 ちゃんと働いた対価として給料が発生してるわけで、まともに仕事をしてないのにお金を渡さなければいけない店長がキレるのは当たり前だ。


 まあそれはそれとして。


「だって、母さん」


「おま、陽香ようかに投げるのは反則だろ」


「俺を躾けたのは母さんですし」


「それはそうだけど……」


 店長が顔を引き攣らせながら母さんの方に視線だけを向ける。


 母さんの今の表情は『無』だ。


 あの顔の母さんは何を考えてるのかわからないからちょっと怖い。


 悲しでる可能性もあるし、怒ってる可能性だってある。


 今回は……


「舞翔が決めていいわよ」


「俺が?」


「そう。『躾がなってない』って言われて舞翔がどう思ったのかを咲良さくらさんにそのまま伝えてあげて」


「わかった」


 それなら簡単だ。


 店長の相手は母さんに任せた方がいいと思ったから自分を抑えたけど、母さんがそう言うなら……


「なんか安心してますけど、俺は母さんと違って優しくないんですよ?」


 母さんではなく俺に対応を任されたからなのか、店長が安心したような顔になっている。


 なんか腹立つ。


「陽香が優しいって、やっぱりお前は甘やかされてんだよ」


「あんたに何がわかる?」


「あ?」


「『あ?』じゃない。そうやって上から圧をかければ相手が黙るとか思ってるのは思考放棄ですからね? あなたの言う『子供』相手に口で勝てないからって黙らせようとか、そっちの方がよっぽど小さいですけど?」


 多分今の俺は少しキレている。


 父さんが死んで、放任主義ではあったけど俺を一人で育ててくれた母さんが全否定されたんだ。


 キレない方がおかしい。


 それに『子供の躾』と言うなら父さんも全否定されてることになる。


「ありすと関わることから逃げてたあなたが何を偉そうなことを言ってるんですか?」


「私が悪かったよ。そんなマジに──」


「いいですよね、自分に不利益なことが起こると大人はそうやって逃げれば良くて」


「言わせておけば──」


「ちょ、ちょっと先輩、口で勝てないからって手を出すのはさすがに大人気ないっていうか、人としてどう──」


「うるせぇ!」


 俺に殴りかかろうとした店長を悠仁ゆうじさんが羽交い締めにして止めたが、店長が悠仁さんの顔面に自分の後頭部をぶつける。


 痛みで拘束が緩み、店長が俺に向かって来る。


 どうやら俺も父さんの元に向かうようだ。


 さらば人生……


「舞翔はすぐに諦めないの。咲良さんはおすわり」


 俺の顔目掛けて飛んできた拳を母さんが軽く止め、どういう原理かそのまま店長が地面に座らされた。


「俺は母さんを信じただけだよ」


「嘘ばっかり。言いたいことは言ったけど咲良さんに酷いこと言った自覚はあるから殴られる覚悟してたでしょ」


「俺がそんな殊勝な子に見えるの?」


「見える人ー」


 母さんがレン達に向かって聞くと、痛みに耐えている店長を含めた全員が手を挙げた。


「店長まで手を挙げたら今のが茶番なのがバレるでしょ」


「私は結構真面目にキレてた」


「大人気ない。ちなみに俺も結構キレてました」


「これに関しては私が完全に悪いから謝る。だから手を離してくれないか?」


 店長が真剣な眼差しで母さんに言うが、母さんはのほほんとした表情で無視している。


「なんか嬉しくなっちゃった。私は親としては不出来で、舞翔のことをずっと一人にしてきてた。だから咲良さんの言う通り私は舞翔を躾られてなんかない。だって舞翔はそんなのなくてもこんなに立派ないい子になってるんだもん」


 母さんが嬉しそうに言って俺の頭を撫でる。


「だから舞翔が私の為に怒ってくれたのはほんとに嬉しかったよ。でも、怒らせちゃってごめんね」


「ううん、店長だってなんとなく察してただろうし、俺は言いたいこと言ってただけだから」


「それが嬉しいの。舞翔、大好きよ、大翔さんの次に」


「俺も母さんのそういうところ結構好き」


 俺の言いたいことを言ってしまう悪い癖は母さんからの遺伝だろう。


 そして話を聞く限り、俺がこうして母さんに抱きしめられても恥ずかしさを感じないのは父さんの遺伝なのだろうか。


 それとも俺を抱きしめてるのとは逆の手が未だに店長を拘束してるからなのか。


「あ、あの、舞翔も気にしてないみたいだし、そもそも陽香がやらせたことなんだからそろそろ手を離してくれないか?」


「え?」


「いや、確かに殴ろうとしたのは私が悪かった。だけどそれは舞翔が私を煽るからだろ?」


「え?」


「なんで陽香がそんなキレてんだよ。お前がやらせた──」


「え?」


 俺を抱きしめるのをやめた母さんが空いた手で店長の頭を掴んだように見えた。


 きっと見間違いだろうけど、それ以上は見たら駄目な気がするので俺はそそくさとレン達の元に逃げることにした。


「ただいまー」


「お前結構余裕だな」


「気にしたら負けだから気にしないようなしてるだけ」


「ほんと器用だよな」


 なんか呆れられてる気がするけど、いちいち全部気にしてたら疲れてしまう。


 それなら気にするだけ無駄なことは考えないのが賢く生きる道だと何かで聞いた気がする。


「先輩をあそこまで煽れるのは大翔と舞翔君だけだよ」


「ほんとに。俺は想像しただけで気絶する自信あるのに」


「血は争えないって、こういうことなのね」


 呆れ顔の悠仁ゆうじさんと吾郎ごろうさん、そしてゆいさんまでもが店長を見捨ててこちらに来た。


「そういえば舞翔君、おめでとう」


「はい?」


 悠仁さんがいきなり俺を祝ってきた。


 一体なんなのか、それと肩をピクつかせたレンも。


「あれ? 違ったんだっけ?」


「いや、合ってるはずだけど。今日って舞翔さんのお誕生日では?」


 そういえばそんな日もあった。


 少し前までは覚えていたんだけど、誰からも俺の誕生日の話が出ないから今年は何も無いと思って記憶から消していた。


 まあ、そんなことは良くて、レン達の雰囲気が変わった気がするのは俺だけだろうか。


「あーあ、これは駄目なやつだ」


「唯さん?」


「あ、もしかして、舞翔さんには内緒で誕生日のお祝いの準備をしてたと……」


 吾郎さんが目を見開いて口を閉ざす。


 そういうやつか。


「俺は何も聞いてないし、何も理解してないよ」


「せっかくうちが黙ってたのに全部台無し。ほんとお父さんのそういうところ嫌い」


 よりの言葉を受けた吾郎さんが胸を押さえて崩れ落ちた。


 依も同じようにすぐに喋るから黙らされていたのだから特大のブーメランなんだけど、それを突っ込む空気ではなくなった。


 とりあえずこの少し重い雰囲気やめようよ。


 そんなことを思ってはみたけど、結局雰囲気が変わることはなく、俺達は帰路に着いたのだった。

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