去年を超える大所帯
「今年は大所帯だこと」
「ほんとに。蓮奈の家以外みんな来てるからね」
今日は毎年恒例の父さんのお墓参りの日だ。
去年も去年で大所帯だったけど、今年は更に増えている。
「うちのお父さん、去年は一人で来てたみたいだけど、今年はせっかくだからって仕事抜けてきたみたい」
「さくらちゃ……んも、店長の仕事を他の人に押し付けて来たんだって」
そう、今年は依のお父さんの吾郎さんと、店長もとい、咲良ちゃんも父さんのお墓参りに来てくれている。
蓮奈も挨拶がしたいと言って来ようとしてたけど、父さんと接点が無いことを気にして来なかった。
「ありす、その名前で呼ぶなって言ったよな?」
「言われた。だけど呼んだ」
「それはつまり覚悟はできてるってことだな?」
咲良ちゃんが指をボキボキと鳴らしながら愛莉珠の前に立つ。
いつの時代のヤンキーなのか。
「そこの坊主も後で相手してやるから安心しろ」
「うわ、ほんとに誰にでも喧嘩売る昭和のヤンキーだ」
「泣かす」
煽り耐性ゼロのヤンキーが愛莉珠から方向転換して俺に向かって来る。
普通だったら俺と愛莉珠はここまで店長を怒らせることはしないけど、今日は違う。
なぜなら店長がいくら怒ったところで俺達には絶対の守護神がいるから。
「咲良さん、墓前では静かにしてください」
「……これって私が悪いのか?」
「お、俺に聞かないでくださいよ」
「お前が味方にしたい方に従えばいいんだよ」
「それって、敵に回した方に俺殺されません?」
「さすがにこいつの墓前でそんなことはしない。私はちゃんと半殺しで許してやるよ」
「三上先輩が悪ノリしたのが悪いと思います。ということで陽香さん、守ってください」
蛇に睨まれた蛙の悠仁さんが母さんに助けを求めている。
だけど母さんは笑顔を向けるだけで何もしようとしない。
つまり……
「一発で楽にしてやる」
「大翔、俺もそっちに逝くよ……」
悠仁さんが天を見据えて覚悟を決めた。
店長が拳を腰のあたりで構え、その拳が悠仁さんに……当たることはなかった。
「咲良さん、まだ続けますか?」
「……」
母さんの圧のある雰囲気に負けたのか、店長が拳を収める。
やっぱり母さんは怒らせてはいけない。
「……」
「……」
「なんで俺を見るの?」
「「いや、別に……」」
なんかレンと水萌か意味ありげな視線を向けてきたが、笑って誤魔化された。
「何かあったの?」
「さあ。多分俺が何かしたんじゃない?」
「そこで自分を疑えるまーくんってさすがだよね」
紫音にまで呆れ笑いをされるが、大抵のことは俺が知らないうちに起こっている。
少し前になぜか俺がレンと水萌の部屋に泊まった日があって、眠る前の記憶が少し無い。
二人はその時のことを絶対に教えてくれないけど、もしかしたらその時に何かあったのかもしれない。
「そういえば依が静かだけど声帯潰れた?」
「喋らない理由じゃなくて喋れない理由を最初に出すのもさすがまーくんたよね。確かに依ちゃんは歩くスピーカーだけど」
「紫音、それ普通に悪口。言うなら嘘がつけない残念天使とかにしとけ」
「そこはお兄様もうちを貶すとこでしょうが!」
依がやっと喋った。
なんか怒ってるみたいだけど、まあどうでもいい。
「一応言っとくと、今の別に褒めてない」
「……ほんとじゃんか!」
「あれなの? 依は余計なことばっかり言っちゃうから黙らされてる系?」
「うちをいじめるお兄様には何も教えないもん。……そうだけど」
不覚にも可愛いと思ってしまった。
絶賛拗ねてそっぽを向いている依の頭を紫音の手を使って撫でる。
「なんで僕の手?」
「俺が直接撫でるとレンが怒るのと、依も紫音からの方が嬉しいでしょ?」
「依ちゃんは僕よりもまーくんに撫でてもらえる方が嬉しいよ?」
「依、それはどうかと思う……」
「う、うちは何も言ってないじゃんか!」
依が慌てた様子で否定する。
そう言うならせめてまっすぐ目を見て宣言して欲しいのだけど。
「ほ、ほんとにお兄様の方がとかじゃなくて、お兄様がテクニシャンだからであって、紫音くんに撫でられるのだって好きだから」
「最後の『に撫でられるの』を抜いて言ってみて」
「紫音くんだって……って何を言わせようとしてんだ!」
「そうだよ。それだとまーくんと僕は同じぐらい好きになっちゃって依ちゃんがまだまーくんに未練があるのがバレちゃうでしょ!」
「それはそれで違うから!」
ほんとに依は毎回大変そうだ。
俺一人でも相手をするのに疲れるだろうに、紫音までからかってくるからその疲れは紫音と付き合う前の倍になっている。
だからって俺が依をからかうことをやめるつもりはないけど。
「感心するぐらいならもう少し手加減してくれていいんだけど?」
「依をからかわない俺って俺じゃなくない?」
「うん。だからうちが疲れない程度でからかって」
「難しい注文するな。俺がからかって疲れた分を紫音に回復させてもらえよ」
「それでお兄様の分は回復できても紫音くんが疲れさせるの」
依がニコニコ笑顔の紫音にジト目を送る。
「紫音さんが依さんに疲れるような慰めを……」
「はいそこ、勝手に言い換えて勝手な妄想しない」
「でもしてるんですよね?」
「うちと紫音くんは健全なお付き合い中だから変なことはしてないよ」
「つまり本当はしたいけど未成年という壁が邪魔をしてできないってことですね?」
「拡大解釈しすぎじゃないかな?」
「じゃあしたくないと?」
「……ノーコメント」
愛莉珠が俺に視線を送ってくる。
言いたいことはわかる。
だけどもう紫音が依を抱きしめてるから俺達が何かを言う必要はないのだ。
それよりも。
「近くに人居ないからいいけど、そろそろお墓参り済ませようか。母さん達の方も終わったみたいだし」
「そうね。こんな大所帯だと邪魔になっちゃうもの」
店長達がみんな正座させられてるのは多分突っ込んだら駄目なやつだから無視をして、お墓参りの準備を始める。
今年も父さんの墓前は大騒ぎだ。




