変わらぬ双子
「なんで私は恋火ちゃんも一緒なの!」
「お前とサキを二人っきりにしたら何するかわかんないからだよ」
ということで今日は水萌の番らしく、久しぶりに水萌の部屋にやってきた。
そうしたらレンも居て、こちらも久しぶりに三人だけになった気がする。
「俺が追い出されるのはわかってたけど、レンも追い出されていいの?」
「オレは追い出されたんじゃなくて自発的に出てきたんだよ」
「出てこなくていいのに」
「聞こえてんぞ。オレだって本当は出てくるつもりなかったけど……なんでもない」
「水萌と一緒に居たかったんだって」
「違うわボケ!」
レンの小さな拳が俺の顔目掛けて飛んできたが、さすがに俺も慣れたのでその手を両手で包み込んだ。
そしたら逆の拳にお腹を射抜かれた。
「て、照れ隠しが過激……」
「自業自得だ馬鹿」
「もう、恋火ちゃんはそういうことなら言ってくれればいいのにー」
「お前もコレと同じ目に遭いたいか?」
「舞翔くんと同じならいいよ?」
「こいつがヤバいやつだって忘れてた」
レンが呆れたようにため息をつく。
いくら手加減してるとはいえ、一応彼氏である俺の顔を殴ろうとして、失敗したからとお腹を殴る方がヤバいとは思ったけど、俺も命は惜しいので口には出さないでおく。
「雰囲気に出てんだよ」
「以心伝心だな」
「その減らず口がどこまて持つか試すか?」
「レンが優しくしてくれたら俺は黙るかもよ?」
「そんなわけ……あるな」
俺はああ言えばこう言うだから、逆に優しく諭すようにしてくれれば何も言わずに押し黙る。
そして優しくしてくれたら愛でる。
「それもそれでウザいんだよなぁ」
「じゃあ諦めて俺の減らず口を受けるんだな」
「恋火ちゃんは嫌そうだから私が代わりに舞翔くんとお話する」
「水萌と話すと水萌のペースになるから俺のああ言えばこう言うが無くなるんだよな」
完全に無くなるわけではないけど、水萌には反論することが少ない。
何を言っても肯定してくれるからそう感じないだけなのかもだけど。
「紫音と同じタイプ」
「紫音は何か言ったら圧かけてくるだけだろ」
「つまりレンから見た水萌はただの優しいいい子だと」
「恋火ちゃんにそんなこと言われたら照れちゃうよぉ」
「あぁ、ウザい……」
レンが呆れながら水萌とレンが二人で使っているらしいベッドに向かう。
「レンってやっぱりベッドが好きだよな?」
「ベッドはお前らと違ってウザくないからな」
「じゃあ恋火ちゃんは舞翔くんよりもベッドの方が好きってこと?」
「時と場合による」
「え、それって……」
水萌が何かを言いたげに俺を見る。
言いたいことはわかる。
だけどそんな深刻そうな顔をされると不安になるからやめてくれ。
「水萌、レンは確かにベッドに浮気してるけど、レンは俺よりもベッドを選んだってだけの話なんだよ。それだけ……」
「舞翔くん……」
「そういう茶番をウザいって言ってんの。オレはサキだけを愛してるから」
「うるさい! どうせベッドにもそう言ったんだろ」
「ホッとしたのが顔に出てるから。やっぱりオレが素直になるとサキの反応が面白いんだよな」
レンが何か意味のわからないことを言い出す。
素直なレンなんてただ可愛いだけなんだからやっぱり捻くれてもらわないと困る。
「水萌、レンがいじめるんだけど」
「恋火ちゃん最低。私が慰めてあげるからおおで」
水萌が聖母のような優しい笑顔で両手を広げる。
「昔の俺なら躊躇いなく抱きついてたんだろうな」
「来ないの?」
「吹っ切れたレンは強いからな。見ろよ、睨むんじゃなくて寂しそうな顔してんの。あんな顔されたら飛んで火に入るよな」
俺はこれでもレンの彼氏。
彼女であるレンが寂しそうな顔をしていたら他を無視してでもレンの元に向かうのは必然だ。
たとえそれがレンの罠だったとしても。
「捕まえた」
「ほんとにどうした? 今日可愛すぎて俺が尊死するんだが?」
「サキってほんとチョロいよな。オレは水萌にだけは絶対に負けたくないだけだよ」
俺越しにレンと水萌が睨み合う。
どうしてこの双子はこんなに喧嘩するほどなのか。
見てて可愛らしいものならいいのだけど、双子だからなのか、リアルな喧嘩をするからこっちまでヒヤヒヤする。
「舞翔くんだって優しい子の方がいいよね?」
「サキは優しい子とかじゃなくてオレがいいんだよ」
「そうやって調子に乗ってると足元すくわれるよ」
「すくいに来てるやつが何言ってんだよ」
「……」
いつものことだけど、とても気まずい。
レンも水萌もお互い喧嘩してるつもりはなく、ただ言いたいことを言い合ってるだけだからすぐにいつもの仲良しに戻るのだけど、俺はそれまでの間ずっと言い合いの真ん中にいなければいけない。
もしも仲裁にでも入ろうものならさっきはたまたま流れた流れ弾が俺に当たる。
とりあえずはこのまま空気になって成り行きを見守って──
「舞翔くんはどっちがいいの?」
「だからサキはオレが──」
「恋火ちゃんには聞いてない」
どうやら俺の人生もここまでのようだ。
俺が答えるべきことと、水萌の求めてることはわかる。
だけど本当にそれを言っていいのだろうか。
事態が悪化しそうで怖い。
「いいよ、言ってやれ」
「うん、私も舞翔くんの口から聞きたい」
「……俺が答えたら仲直りしてくれると約束できるか?」
「私は別に喧嘩してないよ?」
「オレだって別に喧嘩はしてない。そもそも喧嘩は同じレベルじゃないと起こらないだろ」
「そうだよ。沸点が幼い恋火ちゃんと私じゃ喧嘩なんて起こらないから」
「わかった、俺が悪かったからほんとにやめて」
変なことを言わずにさっさと答えれば良かった。
もしも何かあればその時に止めればいいんだし、後のことは未来の俺に任せる。
「俺はどんな優しい子が現れようとレンだけを好きでいるから」
「舞翔くんならそうだよね」
「はっ、負け惜し、に!?」
「いちいち煽るな」
これ以上は俺の精神衛生上よろしくないのでレンの下唇を軽くつまんで黙らせる。
「俺を煽るのは別に構わないけど、水萌は俺にとってレンの次か、同じくらいに大切な人なんだから、その水萌が煽られたら俺も怒るからな?」
「……」
「水萌を特別扱いするのかって? してないよ。水萌がレンを煽るなら俺だって水萌を怒るよ。同じ方法で」
「恋火ちゃんの……ばか?」
水萌には人を煽る才能がない。
レンと喧嘩してる時は我を忘れてるのか煽り性能が高くなるけど、普段の水萌は人を煽ることなんてできない。
「私も怒って!」
「おいで」
俺に怒られる為に精一杯の煽りをしたのだろうけど、全然煽れてないし、何より和んでしまったから怒れない。
だから水萌を呼んで頭を撫でる。
「同じじゃない!」
「嫌?」
「んーん。もっとー」
「仰せのままに。不機嫌そうなレンさんは『いつまで続けんだ』って言いたい? レンの唇やわっこくて俺の指が離れない」
いくらジト目を向けられても離れないものは仕方ない。
レンが不機嫌な理由は他にもあるんだろうけど、そっちはすぐに解決するから別にいい。
「冗談抜きで一生触ってられるからそろそろ自重しないと」
「……ったく」
「ちょっと残念がった?」
「んなわけないだろ!」
俺はレンの唇から指を離した瞬間の「あっ」という顔を見逃さなかった。
どうせレンのことだからすぐに人を煽るんだから明日にでもまたやってあげるのに。
「ということで、レンはベッド下りて水萌の隣に正座」
「は?」
「『は?』じゃなくて、さっさと下りる」
「なんでだよ」
「そりゃ、説教するからだけど?」
「は?」
だから『は?』ではない。
懲りずに喧嘩したのと、気まずい雰囲気を作ったことを説教しないとこいつらはまたやる。
だからそろそろ本格的に説教をしないと俺が困る。
「それとも毎回気まずい雰囲気無視してレンを物理的に止めればいいか?」
「説教はよ」
いつの間にかレンが水萌の隣に正座していた。
ほんとにわかりやすく扱いやすくて助かる。
こういうところは水萌も見習って欲しい。
「水萌、手を離せ」
「や!」
「離さないなら俺は水萌を嫌いになるよ?」
「や!!」
「ありがとう」
「コントはいいからさっさとしてくれ」
レンに呆れられたので、水萌に「離せ」と少しマジなトーンで言うと水萌が少しビクついて俺の手を離してくれた。
謝るのは後にして、ちょっと真面目にお説教をしてみました。




