目覚めのほにゃらら
「まーくん、最近お姉ちゃんがボーッとしてることが多いんだけど、どうしたの?」
「知ってるかどうかを聞くんじゃなくて知ってる前提で聞くんだな」
「だってお兄様だしね」
蓮奈が終わったら今度は紫音と依の番らしい。
呼ばれたのは依の家で、蓮奈のことが気になるとのこと。
「蓮奈にも春が来たってだけだよ」
「最近だと春なんて季節は無くなってるのにいいなぁ」
「依だって春が……そっか、今は燃え上がるような夏なのか」
「落ち着きを持った秋が余裕見せてんじゃないよ!」
依が頬を膨らませて俺を睨む。
言ってから思ったけど、蓮奈と真中先輩のことは話していいのだろうか。
真中先輩は聞かれたら話すみたいに言ってたけど、蓮奈がどう思ってるかはわからないし、そもそも俺が勝手に話していいことかもわからない。
「まあもう話しちゃったから今更なんだけど」
「そっか、お姉ちゃんも好きな人ができたんだね。相手は実怜さんだよね?」
「さすがにわかるよな。ちなみに紫音は真中先輩と話したこととかあるの?」
「無いよ。お姉ちゃんがよく話してくれるからなんとなくわかるぐらい?」
そういえば先輩は蓮奈の部屋に行くのはあの日が二度目と言っていた。
一度目は蓮奈の誕生日を祝った時で、どうやら俺はその両方に立ち会っていたようだ。
「紫音的には何か思うことあったりするの?」
「別に? お姉ちゃんが決めたことに僕が口を挟む必要ないでしょ?」
「それはそう。紫音のそういうとこが好き」
紫音の、悪い言い方をしたらサバサバした、良い言い方をすれば男前な考え方はとても好ましい。
「まーくんはそうやってすぐに好きとか言うのやめないとだよ?」
「それさ、絶対に俺悪くないよな? 『like』と『love』の違いぐらいそろそろわかってくれない?」
「僕が、悪いの……?」
紫音がしゅんとしてしおらしく聞いてくる。
わざとなのはわかってるけど、こういうことをされると俺が悪者になるからやめて欲しい。
まあ、嫌いではないんだけど。
「ねえねえ、うちが嫉妬するタイミングってどこ?」
「多分ね、俺が紫音に『好き』って言ったタイミングか、依を無視して話し続けてるとこかな」
「おけ、じゃあね、うちの紫音くんと仲良くしないでよ!」
依が紫音を抱き寄せながら俺を睨む。
俺が考えてた嫉妬とは少し違うけど、紫音がどことなく嬉しそうだからいいことにする。
「それで今日って何かすることあるの?」
「そういえば恋火ちゃんに追い出されたんだっけ」
「れんれんは、むぐっ」
紫音がノールックで依の口を手で塞ぐ。
その対応は、そういうことだと思っていいのだろうか。
「……」
「ちょい紫音。依の口を塞いだ自分の手を見て何を考えている?」
「……」
「無言でこっち見るのやめろ。それは俺に同意を求めてるのか? それなら『ご自由に』って答えるけど」
「いや待てい!」
俺から同意を得られた紫音が反射的に手を動かしたのを依が恋人繋ぎで握り、止める。
まあ、一瞬止まった紫音がそのまま依の手の甲にキスをしたが。
「ほんとに君らはいつでも真夏だよな」
「う、うるさいし!」
「手の甲でそんなに照れるなよ。レンか」
「まーくんって普通に彼女をディスるよね。それとさりげなく名前呼んでるけど、いいの?」
「イントネーション違うからセーフで」
別に俺とレンは名前を呼んではいけない縛りとかしてないから気にしなくてもいいんだろうけど、なんとなく時が来るまで呼ばないようにしている。
その時がいつなのかはわからないし、もしかしたら来ないかもしれないけど。
「そういう君らは呼び捨てにはならないの?」
「依ちゃんが嫌がるんだもん」
「だ、だって、好きな人に呼び捨てにされるの、恥じゅ……」
依の顔が真っ赤になる。
とりあえず紫音が暴走しないように体を押さえておくけど、なんとも微笑ましい。
「まーくん、大丈夫。さすがの僕でもこんなに恥ずかしがってる依ちゃんに変なことはしないよ」
「じゃあ何をする気だ?」
「言葉責め?」
面白そうなので押さえるのをやめた。
「まーくんってそういうところあるよね」
「離さない方が良かった?」
「どっちにしろやってたから変わんないかな。コホン、じゃあ始めよー」
紫音の表情が変わった。
さっきまでの無邪気な笑顔が、獲物を見つけたハンターのように。
やっぱり止めた方が──
「依、可愛い」
「くはっ」
「依が死んだ。誰かAEDを!」
依が紫音の言葉を受けて見事に死んだ。
死因はうれ死……恥ずか死?
どっちにしろ、お姫様が死んでしまったら王子のやることは一つしかない。
殺したのはその王子だけど。
「なるほど。目覚めのほにゃららをする為の自作自演か。ちょっと引く」
「そ、そういうつもりは無かったからね? 僕は依ちゃんが可愛かったからもっと可愛いところが見たくなっただけで」
「じゃあ目覚めのほにゃららはしないと?」
「……まーくん、五分くらい目を瞑っててもらってもいい?」
「五分も何する気だよ」
俺はそう言って目を閉じる。
五分も何をするのか気になるところだけど、キス魔の紫音が見られたくないと言うのだから何かあるのだろう。
依の方も気絶したフリまでしてるのだから仕方ない。
それから五分間、俺は何が起きても目を開くことはしなかった。




