語彙力の大切さ
「さてさて、変態粘着系ストーカーの話を聞こうか」
「連れ込み系誘拐犯が何か言ってる」
あと少しで未成年立ち入り禁止の場所に連れ込まれそうになったところを、割って入ってきた双子の警察の心彩と詩彩に助けられた。
そして俺は詩彩に、愛莉珠は心彩に連行され、今は近くのカフェにいる。
「ありすは同意を得てたじゃん」
「ありす、『同意』って言葉を辞書で調べた方がいいよ」
「先輩だって浮気することに乗り気だったもん」
「俺はありすと一緒にいることは好きだけど、そういうのは嫌だから」
「ありすが嫌いだから?」
「むしろ好きだからでしょ」
愛莉珠のことか大切だからこそ、そういうことを適当にやってはいけない。
まあ、愛莉珠自身も本気で連れ込もうとはしてないだろうけど。
「先輩ってそうやって全部許しちゃうからあーちゃんが調子に乗るんだよ?」
「そこが先輩のいいところであり、悪いところなんですよね」
「ありすが先輩と仲睦まじく話してるところに入ってこないでくれる?」
愛莉珠が仲良くミルクティーを飲んでいる双子へジト目を送っている。
確かストーカーをしてた誰かに話を聞こうとか言ってた気がしたけど、俺の気のせいだろうか。
「先輩はどっちの味方なの?」
「俺はからかったらいい反応してくれる方の敵」
「せーんーぱーいー」
愛莉珠が今度は俺にリス顔を向けてくる。
思わず『可愛い』が出そうになったけど、我慢を覚えたから何とか耐えられた。
「先輩のばか」
「あーちゃん可愛いな」
「恋する乙女は総じて可愛いものだよ。つまり詩彩も可愛い」
自分で言うなと言いたいところだけど、実際詩彩は可愛いのだから何も言えない。
「そういえば心彩……さんも好きな人がいるとか」
「呼び捨てでいいよ? ちなみに今更だけど敬語の方がいい?」
「喋りやすい方でいいよ。年下にタメ口使われて怒るならありすと仲良くしてないし」
学年が一つ違うだけで敬語を使えなんて言いたくない。
むしろタメ口で話された方が壁を感じないから嬉しいと思ったり思わなかったり。
「じゃあ詩彩もタメ口にした方がいいですか?」
「だから喋りやすい方でいいって」
「先輩的にはどっちの詩彩が可愛いです?」
「普段は敬語なんだけど、たまにありすとか心彩に話すみたいにタメ口になってわざわざ言い直すか、一瞬気づいて止まるんだけどそのまま続けるのとか?」
「すごい具体的だ。なんか依さんが話してるみたい」
愛莉珠が呆れたような顔を俺に向けてくる。
まあ確かに今のはオタク脳全開だったけど、それでも依と一緒にされるなんて心外でしかない。
「頑張ろ」
「ピンクはまだ先輩諦めてないの?」
「恋人になるのは諦めたよ? だから先輩の愛人にでもなろうかなって」
「ありすと同じこと言ってるな」
「一緒にしないでよ! ありすはあわよくば先輩の彼女枠まだ狙ってるもん」
それはむしろ駄目ではなかろうか。
そろそろ俺のことは諦めて愛莉珠には自分の幸せを考えて欲しい。
本心で俺といるのが幸せと言うのならそれでいいけど、そうでないなら俺も何かしらした方のがいいのだろうか。
「実際あーちゃんは先輩に女として見られてないんだから諦めればいいのに」
「水色が何かほざいてる」
「ちょっと話は聞いたけど、今日のデート? ってあーちゃんが勝手に言ってるだけで実際は暇つぶしの散歩なんでしょ?」
「デートですけど?」
愛莉珠の睨みつけを無視して心彩が話を続ける。
「先輩、先輩は彼女さんとデートする時にまず何が気になる?」
「レンとデートをした時……」
レンと付き合う前にしてた放課後デートを抜けば、俺がレンとデートをしたのは二回。
その二回で俺がレンに思ったこと……
「ピンクにいいことを教えてあげよう。先輩は彼女よりも付き合ってない女の子とデートすることの方が多いのだ」
「うわ、想像以上に最低なクズ男だった」
「失礼なこと言うのやめてくれる? 俺とレンはインドア派なの」
一体なんなのか。
確かに俺はレンとデートをするよりも愛莉珠達と出かけることが多いかもしれないけど、別にデートは特別な時にだけすればいいと思う。
付き合う前なら一緒に居る時間を増やしたいからデートの頻度は多いのかもしれないけど、付き合ってしまうと毎日一緒に居るからわざわざデートをする必要性を感じない。
普通に俺とレンは外に出るのが嫌いなのもあるけど。
「うーん、でもそれだと判断つかないか」
「何を聞きたいの?」
「いやね、先輩は気づいてても言わないタイプだろうけど、デートの時って最初に女の子の服装とか褒めない?」
「あぁ、九割の男子ができないって本で読んだかも」
さすがに盛っているだろうけど、確かに俺も思ってはいてもわざわざ口に出すことはしない。
だって似合ってるのは当たり前だし、可愛いのもその時だけ特別なわけでもないから。
「先輩は普段から『可愛い』って言いすぎて可愛い待ちしてる時は言わないんだよね」
「不意に言ってくるから良くないんだよね。心彩は言われたことないけど」
「ん? 心彩は可愛いよ?」
言ったことなかっただろうか。
でも思い返してみたら、俺は心彩と二人きりになったことはないし、無いかもしれない。
「自分から誘っといて言われたら恥ずかしがるのやめてくれない?」
愛莉珠が耳まで赤くした心彩に抱きつかれて鬱陶しそうにしている。
「心彩だけずるいです! 詩彩は?」
「詩彩も可愛いよ。でもそうだよな、今も詩彩はいつでも可愛いから『可愛い』って言えるけど、本当ならどこが可愛いかを言わなきゃ駄目なんだよな」
俺にとって、レンも他のみんなも、何を着ても、何をしても可愛いと思える。
だけど、おめかしした女の子を褒めないのはよろしくない。
つまり今回のデート(仮)は、そういうことに気づけるかの実験だったということか。
「心彩と詩彩は双子コーデってやつ? 個人的にそれ好き」
心彩と詩彩は色違いで同じ服を着ている。
心彩がピンク色のシャツをはおり、下にキャミソール? を着ている。
詩彩は水色のシャツをはおっている。
今日から語彙力勉強中だからこれが限界だけど、なんとなく俺はこういう服装が好きみたいだ。
「せ、先輩に口説かれた……」
「水色、拡大解釈して話を進めるんじゃない。それとピンクはピンク通り越して真っ赤になってないでさっさと離れろ」
俺の語彙力が酷いのもあれだけど、その語彙力でこんなになるのもどうかと思うのは駄目なのだろうか。
そもそも心彩に関して言えば、心に決めた人がいると詩彩が言っていたのだからこんなことて恥ずかしがるなよ。
「先輩にいいこと教えてあげよう。ピンクの心に決めた人ってアニメのキャラなんだって」
「まさかのこっち側かよ。これからは仲良くしていこうか」
「や、その、無理……」
まさかの拒絶。
いや、まあ元から心彩は俺のことが嫌いだったろうから『まさか』ではないんだけど。
顔も完全に逸らされたし、そこまで嫌いならなんで俺と愛莉珠の後をついて来ていたのか。
「なんなのこのピンク。チョロすぎじゃない?」
「心彩の心に決めた相手って、先輩みたいな人なんだよね。だからってのがあるかも?」
「それなのに嫌いとかほざいてたの?」
「現実と混同したくなかったんじゃないかな。詩彩はアニメとか詳しくないからわかんないけど」
心彩の気持ちはわかる。
俺もアニメと現実は一緒にされたくない。
アニメや漫画で好きなキャラは、第三者視点から見てるから好きなんであって、現実でそういう人が現れても好きになるかと言われたらわからない。
実際に接してみたら思ってたのと違って冷める可能性もあるから接したくないのだろう。
「そういうんじゃないもん」
「可愛い」
「ん〜!」
「先輩はそうやってからかわないの。めんどくさいピンクの相手するのはありすなんだからね?」
とか言いつつ心彩を受け止めている愛莉珠が睨んでくる。
別にからかったわけではなく、いつものが出ただけだ。
うん、俺は我慢ができないらしい。
「なんかりーちゃん不機嫌?」
「ピンクがウザい」
「それだけじゃないよね?」
「水色もウザい」
「あぁ、そういうこと。先輩、りーちゃんが『なんでありすのことは褒めてくれないの』だって」
詩彩がそう言うと愛莉珠が頬を膨らませて詩彩を睨む。
そういえば愛莉珠の服装はタイミングを逃して褒めてなかった。
「もちろんありすも可愛いよ。俺の語彙力とオシャレ知識じゃ表現しきれないけど、ありすのあどけなさと合っててとても良いと思う」
愛莉珠の今日の服装は、フリルのついたトップス? で、スカートを履いている。
俺には『可愛い』としか言えないけど、とりあえず可愛い。
「……」
「詩彩、この無視は俺が悪いやつ?」
「悪くないですよ。むしろばーか?」
「その罵倒可愛いからたまにお願い」
「先輩にそんな趣味があったなんて。会う度にやりますね」
別にそういう趣味があるわけじゃないけど、今はいい。
今は固まった愛莉珠をどうにかすることを考えようかとも思ったけど、愛莉珠に隠れていた心彩に隠れてしまったのでどうしようもなくなった。
結局レンから帰る許しが貰えたから一緒に帰ろうとしたけど心彩から離れようとしなかったから二人に愛莉珠を任せて一人寂しくレン達の元に帰りました。




