実怜の充実
「さてさて、今頃お楽しみ中のお兄様に捨てられた女達の女子会を始めよー」
「捨てられたのは依ちゃんであって、私達を勝手に巻き込まないでくれる?」
舞翔くんの部屋で私と恋火ちゃんのお誕生日会をしてたけど、お誕生日っていう特別な日だから二人っきりにしてあげる為に私達はしーくんの部屋に来た。
きっと舞翔くんは私のお祝いもしたかっただろうけど、恋火ちゃんが拗ねちゃうから仕方ない。
「依ちゃんってまだまーくんのこと好きなの?」
「友達としてね。だからそんな真顔でうちのこと見るのはやめてください」
「浮気の現行犯だ。しゅっらっばー」
「ありすちゃんよ、人をからかうにしても時と場合は考えようね? これで紫音くんが闇堕ちしたらうちはお兄様と紫音くんを元に戻す旅に出なくちゃいけなくなるから」
「つまり紫音さんを利用して先輩とランデブーしたいってこと?」
「意味が違う。それを言うなら逃避行……じゃなくて!」
なんのコントを見せられてるのか。
依ちゃんをからかうのが好きなのは舞翔くんの悪癖が移ったのか、ありすちゃんもこうして依ちゃんをからかう。
依ちゃんはしーくんに勘違いされないように必死だけど、しーくんは恋火ちゃんと違って嫉妬深くないから平気なのに。
そもそも舞翔くんがなんで依ちゃんと二人っきりでしーくんを元に戻す旅に出るのか。
舞翔くんなら私達も連れて行ってくれるし。
「ありすちゃん、依ちゃんをからかうのはやめてあげてね」
「蓮奈さんが言うならやめます」
「うちが言ってもやめてよ!」
「依さんに言われてやめるならそもそもやりませんよ?」
「それもそっか。って、そういうことじゃないの!」
依ちゃんがふくれっ面になってありすちゃんを睨んでいる。
舞翔くんならあれを可愛いって思って眺めてるんだろうけど、今の私にそんな感情はない。
まあ今でなくてもないのだけど。
「水萌ちゃんはご機嫌ななめ?」
私がいつもと変わらない依ちゃんを呆れながら眺めていたら、隣に蓮奈お姉ちゃんが来てくれた。
「蓮奈お姉ちゃん。そういうわけじゃないけど、やっぱり舞翔くんにもっとお祝いしてもらいたかったなって」
「だよね。でも、恋火ちゃんに譲ったんだね」
「うん。去年の誕生日は色々あったけど、なんだかんだで私の方が構ってもらえてたから」
「そういうところ大人だよね。というか水萌ちゃんって舞翔君の前じゃないと無邪気キャラからクールキャラに変わるよね」
蓮奈お姉ちゃんが自分の膝をぽんぽんと叩くので、甘えてお姉ちゃんの膝の上に座る。
「ありすちゃんと似た感じだと思う。別に意識してるわけじゃないんだけど、舞翔くんには甘えたくて……だから?」
自分でもよくわからない。
舞翔くんには自分の可愛いところを見て欲しいのだろうか。
正直、今の私が舞翔くんの前の私を見たらあざとすぎて軽く引くと思うけど、それを無意識でやってしまう私にドン引きする。
「蓮奈お姉ちゃんは、あざとい私って嫌い?」
「うーん、私からしたらあっちが水萌ちゃんで、今のクールな水萌ちゃんの方が違和感あるんだよね」
「つまり、今の私が嫌い?」
「結局ギャップがすごくて好きぃ」
蓮奈お姉ちゃんが私に体重を掛けるように抱きついてくる。
なんだろう、すごくホッとする。
「水萌ちゃんは気にしてるのかもしれないけど、私だって舞翔君の前だと女子ウケ悪い感じになることあるし」
「蓮奈お姉ちゃんの天然はすっごい可愛いじゃん」
「やめなさい。それ以上は私の命が持たない」
「舞翔くんね、多分蓮奈お姉ちゃんと初めて会った時が一番反応良かったよ」
「やーめーなーさーいー」
照れた蓮奈お姉ちゃんが私の頬をうにうにしてくる。
やっぱり蓮奈お姉ちゃんは可愛い。
普段がちゃんとしたお姉さんだからこそのものなんだろうけど、私が男の子だったら絶対に好きになっている。
「蓮奈お姉ちゃんは誰かと付き合おうとかないの?」
「そっくりそのまま返そう」
「私は舞翔くん以外の男の子に興味ないもん。なんか、みんな私を対等に見てくれないのが嫌なの」
最近では舞翔くんとしか異性と関わってない私だけど、去年の初めまでは男の子にも囲まれていた。
その時に私を見る目がずっと不快だった。
舞翔くんと出会うまでは男の子の視線はそういうものだと思っていたけど、舞翔くんは最初私のことなんて見てなかった。
だから気になって私の方から見に行って、私のことを見てくれるようになって気づいた。
私は今まで『守らなきゃいけない存在』みたいに思われて下に見られていたんだと。
「舞翔くんは、私を対等に見てくれたの。同じ人として、同級生として」
「それね。私もそれのせいで舞翔君のこと気になっちゃったわけだし。今の私がいるのは舞翔君のおかげなわけだもん」
「天性の女の子キラーだもん」
「それよ、しおくん」
いつの間にかしーくんが私と蓮奈お姉ちゃんの隣に座っていた。
なんか少し離れたところで依ちゃんが丸まっていて、それをありすちゃんがつんつんとつついている。
「何したんだい?」
「別に何もしてないよ? ただちょっと浮気の罰を与えただけ」
「してるじゃんか。なんかさ、依ちゃんってほとんどが自爆なんだけど、見てるとちょっと可哀想に見えるんだよね」
「すぐ調子に乗っちゃうところが依ちゃんのいいところだから」
「それをわかってて泳がすのがしおくんと舞翔君の悪いところだからね?」
蓮奈お姉ちゃんが呆れながら私の頭を撫でる。
しーくんは悪びれた感じもなく「だってー」と楽しそうに言っている。
私としては依ちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないけど、いじめなら良くない。
「しーくんは依ちゃんをいじめてる?」
「それを言われると困るかな。結局いじめってやってる側はわかんないから」
「まあそうだよね。依ちゃん幸せそうだからいじめではないのかな?」
「依ちゃん自身、いじられるのわかってて調子に乗ってる可能性もあるからね」
「なるほど」
ちょっと心配したけど、自分からいじめられてるのならわざわざ心配する必要はなかった。
要するに依ちゃんはドMということなわけだから。
「なんかうちをいじって遊んでない?」
「私はそこまで暇じゃないよ?」
「水萌氏が冷たいよぉ」
「ツンデレツンデレ」
「デレ期が一年に一回ぐらいしか来ないんだよぉ」
蓮奈お姉ちゃんは余計な合いの手を入れなくていい。
それと私だって常に依ちゃんに冷たいわけじゃない。
多分、きっと、知らないけど。
「依ちゃんも復活したし、水萌ちゃんの誕生日のお祝いしよ」
「うちの命を奪ったやつが」
「え、キスして欲しいって?」
「じゃあまずは水萌氏が毎回王様の王様ゲームでもする? うちは水萌氏からの命令なら何でも聞いちゃうよ」
「じゃあしーくんとキス」
「任された」
「そ、そういうのは公序良俗に反す、紫音くん、にじり寄って来るんじゃない。い、いいのか、それ以上近づいたらうちはこのお誕生日会の間は目覚めないぞ」
「だって、水萌ちゃん」
「王様の命令は?」
「ぜったーい」
「な、ちょ、まっ──」
王様とはなかなかいいものかもしれない。
これは王様とは関係ないけど、蓮奈お姉ちゃんというふかふかのお布団に包まれて、そのお布団の中から依ちゃんいじめが見れる。
まあ舞翔くんには勝てないけど。
「水萌ちゃん嬉しそうだね」
「ふん。舞翔くんがいないから本当の意味では嬉しくないもん」
「そっか」
蓮奈お姉ちゃんが優しく私を抱きしめる。
なんとも心地いい。
「蓮奈お姉ちゃん」
「なーに?」
「私ね、お姉ちゃん大好き」
「私も、水萌ちゃんのこと大好きだよ」
今頃舞翔くんは恋火ちゃんと何をしてるのだろうか。
まあいいか。
私は今充実してるのだから。
そうして私達はイチャイチャしてる二人を放置して蓮奈お姉ちゃんの部屋に向かい、ケーキを食べたり遊んだりした。
とても楽しいお誕生日でした。
舞翔くんからのプレゼントのマトリョーシカから出てきたアレは、今度ちゃんと使わせてもらうからね。




