最強のアドバイザー
「先輩、どっちだ」
「普通に妹の月見里さんじゃん」
階段で待ち伏せされてからピンクの月見里さん、詩彩さんが俺が一人のタイミングを狙って待ち伏せするようになった。
俺が一人の時は基本的に移動教室の帰りなんだけど、詩彩さんは毎回ピンポイントで俺を待ち伏せしてくる。
「いい加減名前で呼んでくださいよ」
「詩彩さん」
「りーちゃんのことは呼び捨てなんだから詩彩も呼び捨てがいいです!」
「それ何回も聞いたけど、そんなに呼び捨てがいいの?」
こうして待ち伏せされる度に呼び捨てを強要されるけど、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
「まあ別に呼ばない理由もないからいいんだけ……」
「どうしたんですか?」
「詩彩さんが呼び捨てにされたいってのは詩彩さんの都合なわけだよね?」
「そうですね。先輩が嫌なら諦めますけど……」
詩彩さんの表情が言いながら暗くなっていく。
「なんかね、俺が相手の意見をなんでも聞くと怒られるんだよ。だから俺のお願いを聞いてくれたら呼び捨てにするんじゃ駄目?」
「詩彩は心彩と同じで貧相なので脱いでも楽しくないですよ?」
「ありすに何を吹き込まれたのか知らないけど、俺にそういう趣味はないから」
「なるほど、貧相な女の子に興味はないと」
変なことを言う詩彩さんに軽くデコピンして罰を与える。
なんか笑顔になって喜んでるように見えるけど、それはいい。
「先輩が女の子の中身にしか興味ないのは知ってますよ。だから詩彩は先輩が好きになったんですから」
「それはどうも。それでお願いなんだけど、俺に双子について教えて欲しいんだよね」
「それはつまり、心彩と詩彩のスリーサイズが知りたいってことですか?」
「ちょっと帰ったらありすを説教しとくから普通に話して」
愛莉珠は同級生に俺のことをなんと紹介してるのか。
別に関わりなんてないだろうから別にいいけど、変な噂なんて立てられたら鬱陶しいからやめて欲しい。
「それじゃあ先輩が聞きたいことってなんですか?」
「その言い方だとほんとにスリーサイズ以外に何を聞かれるのかわからないみたいに聞こえるんだけど、まあいいや。詩彩さんは現役の双子なわけで、双子って何をされると嬉しいのかなって」
愛莉珠が心彩さんと詩彩さんを紹介したのは、俺がレンと水萌の誕生日に何をすればいいのか相談したから現役の双子の話を聞かせる為だ。
結果的に時間がなくて話は聞けてなかったけど。
「そういえば先輩の彼女さんも双子なんでしたっけ」
「そう。あんまり双子感はないけど、二人の誕生日がそろそろなんだよ。二人をお祝いするのは当然として、今のところはその後に彼女と二人で過ごすことになってるんだけど、それは正解なの?」
「先輩ってほんとに鬼畜ですね。それを先輩のことが好きな詩彩に聞くなんて」
「逆に言うけど、俺に彼女がいることを知ってるのにマジ告白はするなよ」
「詩彩は愛人でもいいですよ?」
この子は真面目な顔で何を言ってるのか。
詩彩さんのように可愛い子に好かれることに嫌な気持ちはしないけど、それはそれとして、彼女がいる男に告白をするのはマナー違反ではないだろうか。
「百歩譲って先輩に告白したのは悪いと思います。でも、好きにさせたのは先輩なんですから責任取ってください」
「俺は何もしてないんだが?」
「先輩にいいことを教えてあげます。一卵性双生児の双子は、雰囲気で見分けられるとそれでけで嬉しいんです。それこそ好きになっちゃうぐらいに」
詩彩さんが少し照れくさそうに言う。
俺は双子どころか兄弟もいないからわからないけど、似てる人が身近にいるとそういう感じなのだろうか。
だけどそれなら心彩さんも俺のことを好きになってないとおかしいのだけど。
「心彩は心に決めてる人がいるので」
「そうなんだ。でも、二人がよく間違われるならテストとかで入れ替わって得意分野をやるとかもできるの?」
「先輩、悪いこと考えますね。入れ替わることはもちろんできます。多分この学校で髪留めを変えた心彩と詩彩を見分けられる人は先輩だけなので」
それはすごい。
やってることはカンニングと大差ないけど、見分けられない教師も悪いからなんとも言えない。
「まあやれないんですけどね」
「なるほど。学力も似てるのか」
「文系と理系で分かれてたら良かったんですけど、どっちも特に得意分野がなくて、平均なんですよね」
「そもそも入れ替わっても結局片方だけが良くなるだけでもう片方は落ちるから意味ないのか」
結局同じテストを同じ時間にやる以上入れ替わっても意味がない。
入れ替わりは最初に俺に告白した時のように、人を騙す時に使うものだろうし。
「まあでも、レンと水萌は間違われることもないから今更見分けられるとか関係ないよな」
「役立たずでごめんなさい……」
「何を謝る。俺は数打ちゃ当たる戦法を試してるからどんどんちょうだい。何かいいのくれるか三つ以上の双子情報くれたら詩彩さんのお願いも聞くから」
「それって、付き合ってくれるってことですか?」
「話飛びすぎな? 呼び捨てが別にいいならレンと話す権利はあげるけど」
「りーちゃんの話では先輩の彼女さんは怒らせてはいけないと言われたので呼び捨てでお願いします」
詩彩さんがおでこに手を当てて敬礼のポーズをする。
なをだろうか、愛莉珠が言うと無駄に説得力がある。
普段から一番レンに怒られてるのが愛莉珠だからだろうか。
「あ……」
「何か思いついた?」
「いえ、これは双子とは関係ないんですけど、先輩はプレゼントを何にするかは決めてるんですか?」
「聞いて驚け、今聞いて思い出した」
別に忘れてたわけじゃない。
何にしようかは考えてはいたんだけど、内容ばかり考えていてプレゼントを何にするかを後回しにしていた。
決して忘れてはいない。
「呆れた?」
「いえ、それだけ中身を大事にしてたわけですから。それに正直ホッとした自分がいます」
「なして?」
「……これは決して変な意味はないんですけど、もしも先輩がプレゼント選びに悩んだりするなら、ご一緒させてもらえないですか?」
「ほう」
「べ、別にデートがしたいからとかじゃなくて、いや、そういう気がないわけでもないんですけど……。ほ、ほら、双子目線と女の子目線があればプレゼント選びの役に立てるんじゃないかって思って」
詩彩さんがすごい早口でまくし立てる。
「え、えっと、迷惑でしたよね? すいません、調子に乗りました……」
「あ、駄目?」
「へ?」
「そのキョトン顔可愛い……じゃなくて、ぶっちゃけ俺ってプレゼント選ぶの苦手なんだよね。レンと水萌なら本当に何あげても喜ぶんだろうけど、やっぱり心から喜んで欲しいし。そういうこと考えると時間が足りないんだよ」
それがわかっているなら忘れてないでそれこそ一年前から考えておけばいい。
だけどそうなると来月にはもっといいものがあるのではないだろうかとか、誕生日がくる頃には無くなっているのではないだろうかとか考え出す。
優柔不断極まれりだ。
「だから双子目線兼女の子目線で見てくれるのは正直助かるんだけど、頼んでもいい?」
「……」
「駄目ですよね。告白断っといて何を調子のいいこと言ってんだよな。すいません……」
無言の詩彩さんに頭を下げて自分の愚かさを恥じる。
やっぱりプレゼントは俺が一人で選んで撃沈すればいい。
こういう時だけ詩彩さんを頼るのは調子がよすぎる。
「あ、ち、違います! キャパシティがオーバーして固まっちゃっただけで、先輩がいいなら喜んでついて行きます。むしろ行かせてくださいって土下座します」
「土下座はいいから。でもいいの?」
「はい! これを最初で最後のデートにして先輩を諦めます」
「俺のことは見限っていいけど、ありすの友達はやめないでくれたら嬉しいな」
「それはもちろんです。先輩のことも、先輩が許してくれるならこれからも先輩と後輩、あわよくばお友達になってくれたら嬉しいです」
「それはこっちからお願いしたいよ。土下座する?」
「お友達の証としてキ……ハグでいいですよ?」
「ちょっとひよったけど、そんなにひよってないんだよな」
どこか可愛らしい詩彩さんのおでこを人差し指で軽く押して階段を下りる。
とりあえずは心強いアドバイザーを味方につけられた。
一応全てを愛莉珠と依には伝えておくけど、さて、レンと水萌の誕生日は上手くいくのだろうか。




