可愛いに勝てるもの無し
「あ、先輩さんだ。偶然……いや、運命?」
「待ち伏せを運命と言うならこの世は運命に溢れるぞ」
移動教室の帰り道、階段を下りようとしたら見覚えのある水色の髪留めをした後輩が踊り場に見えた。
確か名前は……
「……」
「あーちゃんが会わせてくれないから会うのは昨日ぶりだけど、昨日ぶりだよ?」
「冗談だよ。月見里さんだよね?」
なんとかギリギリ思い出せた。
昨日、愛莉珠が俺に紹介した双子の一人。
結局なんで紹介したのかは時間がなくてわからないけど、そういえばあれ以来話題に出ていなかった。
「何か用?」
「用が無かったら会いに来たら駄目?」
「まあ、移動教室で時間少ないし」
「切実な理由」
この移動教室は選択授業だからレンはいない。
だから正直早く教室に帰りたいけど、何か大事な用があるのだろうから話ぐらいは聞く。
「じゃあ手短にね。前も言ったけど、わたし、先輩さんのことが好きになっちゃったです」
「……」
「無反応だ。嬉しくて固まっちゃった?」
「いや、まあ、うん。それで?」
「女の子の一世一代の告白を『それで?』で返すの酷くない?」
確かに一世一代の告白に対しての反応としては最低なのはわかる。
だけど俺もレンという彼女がいて、そのレンが教室で一人寂しい思いをしてる中、後輩の茶番に付き合ってるほど優しくはない。
「それさ、本当の気持ちじゃないだろ?」
「さすがにちょっぴり傷つきますね……」
「だってあなた──」
「見つけた、水色」
少し表情が暗くなった月見里さんに説明をしようとしたら、もう一人の月見里さんと愛莉珠が階段を不機嫌そうに上って来た。
「あーちゃん?」
「先輩には関わるなって言ったよね?」
「言われたけど従うとは言ってないよ?」
「こいつ……」
「りーちゃん。怒るとせっかくの可愛いお顔が……可愛いまま、だと……」
「ピンク頭は黙って」
あだ名なのはわかるんだけど、髪留めの色ってだけでちょっと酷さがあるのに、『ピンク頭』は普通に悪口ではないだろうか。
言われてる本人は特に気にしてる様子はないけど。
「あーちゃん、わたしはちょっと傷心中だから酷いこと言わないで。泣いちゃう」
「知るか。双子だから先輩の悩みの助けになるかと思って紹介したけど、しなければ良かった」
「りーちゃん酷いな。わたしの半身が泣く寸前だよ?」
ピンクの月見里さんが愛莉珠を諭すように言うが、愛莉珠は興味無さそうに鼻で笑う。
「自業自得」
「大変だ。りーちゃんが悪役令嬢みたいになってる。このままだと先輩さん争奪戦から追放されてしまう」
「うるさいピンク。いいからあそこで泣きそうな姉をどうにかして」
愛莉珠が辛そうにしている水色の月見里さんを指さしながら言う。
だけど今の発言が少し引っかかる。
「ちょっと確認していい?」
「なんですか、わたしの可愛い半身を泣かせた鬼畜先輩」
「泣かせたのはありすでしょ。そうじゃなくてさ、姉が水色の髪留めで、妹がピンクの髪留めで合ってる?」
「そこからって。つまり外道先輩は、心彩と詩彩のどっちかわからない状態で告白を受けて、どっちかわからない状態で振ったってこと? 最低」
ピンクの月見里さんがゴミを見るような目で俺を見てくる。
別にそれは構わないけど、これでなんとなくわかった。
「それなら余計に断るでしょ」
「わたしの半身の気持ちはどうなるの?」
「俺はキレればいいのか? それともとぼければ満足なのか?」
「どういう意味?」
「それはこっちのセリフな? 髪留めの色で覚えろとか言っといて二回目の今はなんで髪留め変えてんだよ」
最初からずっと不思議だった。
なんで妹の詩彩が姉が付けてるはずの水色の髪留めをしてるのか。
俺に告白をしてきたから、実は入れ替わっていて告白したのは違うドッキリでもしてると思ったから軽くあしらった。
それに加えて姉の心彩も詩彩がやってることを応援? しているし。
「何か変なことしてくるのは昨日のうちからわかってたけど、双子ならではの入れ替わりドッキリなら俺を責めるのやめてくれる? からかわれてキレられるとか普通に気分悪いから」
「……」
「……」
「うわ、バレて怒られたら黙って被害者感出すんすか。これ俺が完全に悪者になるやつじゃん」
これで俺の平和な学校生活は終わった。
明日からは後輩をいじめたクズとして白い目で見られるのだろう。
狙ってはないけどレンと距離を置いていて良かった。
俺だけが白い目で見られるのは別にいいけど、レン達も巻き込まれたら……
「心彩……」
「わかるよ詩彩。心彩も同じ気持ちだから」
「恋敵……」
「そういうやつじゃないから。とりあえず心彩達のアイデンティティを交換しよ」
「うん」
月見里姉妹が髪留めを交換する。
これで俺の知る本当の二人になった。
「先輩先輩」
「なに?」
「なんで入れ替わってるのわかったの?」
さっきまで不機嫌だった愛莉珠が興味津々といった顔で近づいて来る。
「雰囲気?」
「ふわっとした理由。ありすはピンクのフリした水色に足止め受けてたけど、全然気づかなかったのに」
「確かに二人って似てるけど、それは似てるだけであって同じじゃないわけじゃん? 多分そこなんだと思う」
アニメを見るようになったせいか、声の聞き分けが得意になった。
元々聞き分けは得意ではあって、レンと仲良くなったきっかけも、声でレンが可愛い女の子だと見破ったからだし。
「それに敬語使うのは妹の詩彩さんでしょ?」
「気をつけるって言ってたのに敬語使っちゃったんだ」
「あ、告白の時に言っちゃったかも」
「心彩の妹にドジっ子属性があったなんて」
双子だからって全てが同じわけではない。
お互いの考えてることはわかっても、好きになる人や、人への対応の仕方、感情の変化のタイミング。
探せばいくらでも違いは出てくるだろうから見分けることはそんなに難しいことではないと思う。
今まではたまたま気づかれなかっただけで。
「それで俺をからかう遊びは終わった? それなら早く教室帰りたいんだけど。休み時間終わる」
「そうそう、先輩をからかっていいのはありすだけなんだから」
「それも違うけどな?」
俺はからかう側であってからかわれる側ではない。
そんなことを思いながら教室に戻ろうと歩き出すと、制服の袖を詩彩さんに掴まれた。
「まだ何かある?」
「えっと、先輩さんに彼女さんがいるのはわかってます。だからこれは詩彩が言いたいから言うだけで、返事が欲しいとかじゃないです」
「うん?」
「先輩さん、しゅきでしゅ」
この場の時が止まる。
正確には詩彩さんの顔だけみるみる赤くなっていき、俺達三人は多分同じことを思って見合う。
「心彩さん、おたくの妹あざとすぎるぐらいに可愛いんだが?」
「心彩もびっくり。妹と禁断の恋を本気で考えるぐらいに可愛かった。心彩にはあんな可愛いこと出来ないよ」
「正直ありすは水色もピンクもそんなに好きじゃないけど、ピンクのことを詩彩ちゃんって呼びたくなるぐらいには可愛かった」
「もうやだぁ……」
詩彩さんがさっきとは違う意味で涙目になりながら崩れ落ちる。
それを俺達は三人で囲んで優しく慰める。
チャイムが鳴ったような気がするけど、まあ、どうにかなるでしょ。




