水も滴るいい女
「なんかすごいな」
「ね。こんなにどうしよう」
準備も無しに始まった愛莉珠の誕生日会。
俺と水萌以外は今日愛莉珠の誕生日を知った為、当たり前だけどプレゼントの用意なんてしていない。
だからもう恒例みたいになっている『何でも言うことを聞く券』が愛莉珠の手元に四枚ある。
「困ったらこれ渡せばいいから気が楽になるよね」
「今回はありすが言ってなかったせいでもあるけどな」
「それは仕方ないでしょ」
「水萌には言ってたんだろ?」
蓮奈の時もそうだったけど、水萌だけは愛莉珠の誕生日を知っていた。
ずるい。
「言っとくけど、別に水萌お姉ちゃんだけに教えたわけじゃないからね?」
「つまりユダがいると?」
「水萌お姉ちゃんだけが私に聞いてきたの」
「あ、すいません」
確かに友達なら誕生日を聞くぐらい普通だ。
それをしなかった俺達が百悪い。
「まあ先輩には聞かれても教えなかったけど」
「なに、差別に泣けばいい?」
「ありすの胸に飛び込んでおいで」
「れんかちゃぁん、俺達の後輩がいじめるー」
「いきなりやめろばか」
最近は部下からのパワハラがあると言うし、後輩にいじめられる先輩がいても……普通にいるか。
要するに愛莉珠がいじめるからレンに慰めてもらおうとしたけど、顔を赤くしたレンに頭を叩かれた。
「痛い……」
「今のは先輩が悪いよ。今まで頑なに恋火さんの名前を呼ばなかったのにいきなり呼ぶんだから」
「なんかいい反応くれるかなって」
「反応は最高。だけど先輩今ありすの悪口言わなかった?」
「気のせいじゃない? 俺がありすの悪口なんて言うわけないでしょ?」
そう、俺は愛莉珠の悪口なんて言ってない。
ただレンに助けを求めただけだ。
屁理屈? なんのことだか。
今は可愛いレンを眺める時間なんだからそういうのは後回しだ。
「せーんぱい、今日の主役は?」
「本日の主役タスキ買ってくれば良かったかな。主役か誰だかわからなくなる」
「そういうこと言うと本気で拗ねていじけるけどいいんだね?」
「ありすがいつでも主役だよ」
愛莉珠に限らず女子は拗ねさせてはいけない。
これは去年一年で学んだことだ。
「なんか適当で嫌。やり直し」
「そんなわがままな君が好き」
「何かのコピペ?」
「わかんない。なんか頭に浮かんできたから適当に言ってみた」
なんとなく言いたくなったから言っただけで特に意味はないけど、確かに聞いたことがあるような気がしなくもない。
まあそんなことより、適当に言ったせいで愛莉珠が拗ねそうなのが問題だ。
「さてさて、プレゼントで挽回できるかな」
「先輩本人ぐらいのインパクトがないと許さないもん」
「じゃあ無理だ。ちゃんと吟味するから今回のプレゼントは無しということに──」
「泣いちゃうよ……?」
駄目だ、今日は愛莉珠に勝てない日のようだ。
だけどそうなると困った。
俺が用意したプレゼントはほんとに大したものではないから愛莉珠のお眼鏡にかなうとは思えない。
「舞翔くん、いいこと教えてあげようか?」
「お願いします」
「プレゼントは何をあげるかじゃなくで誰があげるかだよ」
「元も子もねぇ……」
水萌が真面目な顔をしてたから本当にいいことを教えてくれるのかと思ったら、誰もが知ってるけど知りたくない真実を告げられただけだった。
だけどその言葉を信じるなら、愛莉珠が俺のことを相当嫌いでない限りは何をあげても喜んでくれるということになる。
たとえそれが二分で選んだものだとしても。
「ありすに先に謝っとくけど、ぶっちゃけインパクトはない」
「つまり先輩はありすを泣かせるってこと?」
「結果的にはそうなるかもしれない。だからその時は……なんかする」
「え、キス?」
「話飛びすぎな」
さすがにキスはレンに怒られるどころでは済まないことになりそうだからしないけど、時間が無いからって二分しかプレゼント選びの時間を取らなかった俺がわるいから愛莉珠の望むことをするつもりだ。
内容は選んで。
「とりあえず渡すね」
俺はそう言って愛莉珠へのプレゼントを部屋の隅から持ってくる。
「隠さないで普通に見えるところに置いとくのがお兄様らしいよね」
「だって、これってプレゼントを渡す為の会なんだから隠す必要なくない?」
確かに普通、プレゼントは渡す相手に見えないようにしておくものかもしれないけど、一応ラッピングして中身は見えないようにしてるから別に良くないだろうか。
そこら辺の当たり前は俺にはまだ難しいから勘弁して欲しい。
「ありす的には?」
「特に? 逆に見えないと『無いのかも』って不安になるかもだし」
「つまり俺の勝ちだ」
「別に勝負してないし」
依の悔しがる顔(呆れ顔)も見れたことだし、愛莉珠にプレゼントを渡す。
「どうぞ」
「もっと子供っぽく渡して」
「どーぞ」
「可愛い」
「いいから受け取れ」
これ以上愛莉珠の機嫌を損ねてはいけないと思って言うことを聞いたが後悔した。
まあ、愛莉珠が微笑んだからいいけど。
「開けていい?」
「開けてくれないとありすが許してくれるかわかんないじゃん」
「別に本当に怒ってるわけじゃないのに。まあいいや。このプレゼント次第では先輩がありすに永遠の愛を誓ってくれるらしいし」
「誓わないから。とりあえず判断して」
ふくれっ面の愛莉珠を無視してプレゼントを開けさせる。
本当に大したものではないから、愛莉珠からのお願いを覚悟しなければならない。
結果は……
「あぁ、なるほどね。うん、なんか先輩っぽい」
「なんか想像の斜め上行ったんだけど?」
包装を開けて中身を見た愛莉珠が喜んで? 少なくともネガティブな感情は無く感想を言う。
「うん、なんかね、すごいホッとした」
「だからどういう感情だよ」
「嬉しい……違うかな。なんかね……ありすにもよくわかんないや」
愛莉珠が笑顔でそう言うと、目元から涙がこぼれる。
「なんで泣く?」
「泣いてないし」
「水も滴る?」
「いい女だからね。あれだよ、水の方がありすに寄って、来る……」
止まらない涙を愛莉珠が手のひらで拭う。
ほんとになんで泣いているのか。
俺があげたプレゼントが原因なのか。
「フォトフレームって泣く要素あるの?」
俺が愛莉珠にあげたのはどこにでもあるようなフォトフレーム。
この前はなんか微妙な感じで久しぶりの再会を済ましてしまったから、せめて家族で写真を撮って飾れればとか思ってあげてみたのだけど。
「無いよ! 泣いてもないし!」
「いい女には水が寄って来るんだもんな」
泣きじゃくる愛莉珠の頭を優しく撫でる。
すると愛莉珠が俺の胸に顔を押しつけてきた。
「これは泣かせた罰? それとも許しのご褒美?」
「罰だけどありすに抱きつかれるのはご褒美になっちゃうね」
「そうだな。とりあえずいい女じゃ無くなるまでこのままでいいんだよな?」
「じゃあずっとこのままだね」
「俺はいい女のありすよりも、いい子のありすがいいかな」
ただの言葉遊びだ。
だけど俺は、大人な愛莉珠よりも、子供っぽくませている愛莉珠の方が好ましい。
こうして、本当は親の温もりが愛しいのに素直になれないところも可愛らしい。
「早いうちに行きなね」
「……うん」
子供が親を嫌うのは別に構わないと俺は思う。
だけど、本心からのものではなく、その時の勢いで言ってしまったことが最期の会話になる可能性を考慮するべきだ。
その時がいつ来るかなんて誰にもわからないんだから。
だから後悔のないようにした方がいい。
なんて上手くまとめて愛莉珠には許された。
それからは水萌からの誕生日プレゼントとしてケーキが贈られたのでみんなで食べた。
その際ずっと愛莉珠が俺の腕にしがみついていたけど、レンから横目で睨まれるだけで済んだ。
人の気持ちに寄り添えるレンはやっぱりいい女ということだ。
知らんけど。




